赤猫のブログ

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茨城県での琉球舞踊の活動報告

この前、「さとうきび畑」の曲を聴いて思い出したことがありました。

 

若いころの夢です。

若く情緒不安定な十代の頃、不思議な夢をよく見ていました。

 

その日の夢は、青空しか見えませんでした。

大きなススキの葉が大きく揺れ、その間から見える青い空を、かすかに力なく仰ぐ手、どこまでも青い空は、とても悲しく見えていました。

 

ただ、それだけの悲しみで目が覚めたのでした。

 

だれの記憶なのだろう・・・・

 

家のリビングには、軍服を着た青年の写真があります。


それは、父の兄で、とても父を可愛がってくれたそうです。


その写真に向かって心の中で「あれは、伯父さんの記憶なの?」と問いかけたのですが、当然返事はありません。


その夢のずっとあとになります。

父は摩文仁の丘で海に向かいながら「兄貴の遺体を探して、遺体の山を探して回ったな・・・」というような事をボソっといったのです。一瞬の一言でしたがゾッとしました。

 

父の兄は、探しても探しても見つからず、諦めかけた頃、目の前に大きな蝶が現れたそうです。

その蝶は誘っているかの様に目の前を飛んで、山奥へ連れていってくれたそうです。

 

そこに父の兄は居たそうです。

もう息絶えていたそうです。

 

 体の一部がもげてたりとかなく、飢えによるものか、空を見るように横たえていたそうです。

 

大きなススキのようなものは、サトウキビだと思います。沖縄南部は斜面が多く畑も斜面にあります。

 

力尽きていく伯父の目には、青く美しく見えるはずな空は、ただただ深く悲しく見えてたのだと思います。


「さとうきび畑」を聞くとあの時の夢そのものでした。伯父を思い出す曲です。


沖縄で「木ノ上の軍隊」という番宣を見ました。凄くあの時代の沖縄の人の思いを伝えてくれていると思います。まだ、私も見ていませんが、是非見たいと思います。


誰が悪いとかではなく、悲しみを知ってほしい。

早く世界の戦争が終わりますように