二世、三世でない人を探すのが難しいほど根づいている世襲制の見直しを自民党が言い出し、企業、団体からの政治献金を今までいやというほど貰ってきて、その責めを検察から追及されるに至っている民主党の党首が、全面禁止を言い出す。そんなことできるわけがないのではないか。最近の自民、民主両党の地盤とカバンをめぐる改革競争を見てる人たちは皆、半信半疑に違いない。


 先週末に告示された宍粟市議選の事務所開きで、公明党の新人候補の応援演説に立った私は、まずこのように述べた。定年制のために今回降りるベテラン候補に替わって、全くの市民の代表として、つまりは政治の素人として立つことになったこの候補は初々しく、爽やかな印象を聞く人たち全てに強く与えた。公明党も立党されて45年が経ち、決して新しい党とはいえない存在だが、党を最前線で支える地方議員は、新陳代謝ともいうべき、新旧交代が適宜行われていることは周知の通り。要するに、公明党では、巧まざる自己革新が常に行われているわけだ。


 国会、とりわけ衆議院議員の世襲制を禁止するかどうかは、自民、民主両党ともこれからの推移を見なければならないが、とても難しいだろう。私は、親から子へと政治家の地盤は委譲されるべきものではないと思う。全面的禁止は出来ずとも、少なくとも同一選挙区からの出馬は禁止されるべきだと思う。出たければ、全く違う選挙区からでればいい。


 他方、世襲とは無縁の普通の市民から選挙に出るケースにあって、最大の課題は地方議員の報酬が余りに少ないこと。このため、なかなか議員を志望する人が少ない。いくら理想に燃えていても、生活が厳しくなるうえ、定年後の生活の見通しが全くつかないといったことでは、困る。それでも、公明党の場合は大衆のための政治実現への情熱、責任感溢れる有為な人材が集まってくるのは特筆すべきことだ。


 50歳半ばにして新たな挑戦を志した後輩同志の前途に限りない希望をみた。