生物倫理文化センターの創設者で理事を務め、映画製作者でもある

 

Jennifer Lahl 氏の投稿記事を一部抜粋しました。

 

 

 

5月12日、全米女性連盟(NOW)は「トランス女性は女性です」とコメントし、

 

彼ら(彼女たち)の権利を守るべきだとツイートした。

 

「彼女たちは、機会均等、ヘルスケア、安全なコミュニティと職場、そしてスポーツをする

 

権利がある。また、認識されている性別や性同一性の基準に合わせることなく、

 

自分のアイデンティティーを尊重してもらう権利がある。我々はあなたの味方だ」

 

ツイッターは炎上した。

 

 

NOWはアメリカで最も古い歴史をもつフェミニスト団体である。

 

同団体の使命は、女性が男性と同等の権利を行使し、

 

アメリカの主流社会で活躍できる場を広げることである。

 

 

残念ながら、その使命は「男性も女性になれる」という、愚かで非科学的な考え

 

によって損なわれた。

 

女性を正確に定義できなければ、女性を守ることはできない。

 

 

「トランス女性は女性」という主張は誤りである。

 

トランス女性は、たとえ男性器を切断し、豊胸手術を受け、大量のエストロゲンを

 

投与されたとしても、生物学的には男性である。

 

体にヒレを縫い付けた人間がイルカになれないのと同様に、

 

男性が女性に変わることはできない。

 

 

例えば、犯罪現場に残された血痕を基にDNA鑑定を行ったとする。

 

結果が「男性、XY」と出たら、警察はトランス女性ではなく、男性を追跡中

 

と発表するだろう。

 

いくら女性のように振舞っていても、XYの染色体を持っている限り、

 

その人は男性である。生物学は嘘をつかない。

 

 

トランス女性が求めているのは、異性の空間を利用する特権である。

 

彼らは女性刑務所や女性シェルターに入りたいと要求するが、

 

これらは本来、DVや虐待から女性を守るための場所である。

 

彼らが女性トイレを利用する権利に至っては、間違いなく一般女性を不快にさせるだろう。

 

 

また、NOWは「トランス女性にもスポーツをする権利がある」と訴えるが、

 

誰もそれには反対していない。

 

生物学的に男性の身体を持つ人は、他の男性と共に競い、スポーツを楽しめばいい

 

のである。これが公平というものだ。

 

スポーツをするのはアイデンティティーではなく、身体である。

 

身体的に、男性は女性よりも圧倒的に有利であり、

 

これは合成ホルモンを投与して変わるものではない。

 

 

更に、NOWはトランス女性のアイデンティティーを尊重するべきだと主張する。

 

一見すると、これは多様化する社会において、合理的で公正なことのように思われる。

 

しかし、ここにはトランスジェンダーの人々が求める権利が、

 

トランスジェンダーではない人々の権利を侵害してしまうという問題が残る。

 

一部の人々のアイデンティティーを認めるために、他の人のアイデンティティーを

 

消し去る必要があるとしたら、それは公平でも平等でもない。

 

しかし、このトランスジェンダー運動は、まさにその兆しをみせている。

 

 

例えば、最近では「母親」「母乳育児」「女性」という言葉が消失し、

 

代わりに「出産する人」「胸で乳をあげる人」「子宮を持つ人」という非人間的な

 

言葉が生まれている。

 

女性のアイデンティティーを表現する言葉を奪うことは、

 

本物の女性にとって公平だろうか?

 

 

全米最大を誇るフェミニスト団体は、

 

今や男性器を持つ「女性」を支持し、真の女性に反旗を翻したのである。