2011年3月11日 2時45分頃
私の住んでる宮城県は謎の巨大地震に襲われた
9日の昼前に一度少し大きめの地震があって、その余震が続いていたので、今回もそうかと思っていた
そして当日、弱めの地震
そしてすぐに大きな地震
慌てて水槽を押さえる私
水槽の水がすごい勢いで私にかかる
服はずぶ濡れでビショビショ
クローゼットから段ボールや雑貨
ラックからはDVDやゲーム機が次から次に落ちてくる
これで終わればまだ良かった…
次の瞬間
ドガドガドカドガ!!!
立ってられなくなった
もう限界だ!
危ない!
逃げなくちゃ!
そう思ったがなかなか立ち上がる事が出来ない
中腰になり部屋の扉を開けようと…
だが、激しい揺れで扉までたどり着けない
転びそうになりながらやっとの思いで扉を開け、手すりに掴まりながら階段を掛け下り、外に飛び出した
自分の車が激しく揺れていたので、
サイドブレーキを引き必死にしがみ付いた。
ジーッと地震がおさまるのを待つ
家を眺めている間も、家の中からドーンという音やガシャーンという音がひっきりなしに聞こえてくる
外は隣の家の瓦屋根がパリンパリンと音をたて崩れ落ち、電柱や電線が見た事もないくらい揺れている
足が震える
心臓も激しく脈打つ
地震が少し落ち着いた頃、恐怖心を必死に押さえつけ恐る恐る家の中に入る
有り得ない光景に唖然となった
テレビやらタンスはもちろん硝子扉は外れふすまは穴だらけ、電気傘も落ち家の中はメチャクチャ
そして次の写真は廊下と私の部屋です
二階にある洗面台が外れ一階の部屋は雨漏り
私の部屋には、大好きだった熱帯魚の水槽が何本かあったが、すべて床に割れ落ちていた
熱帯魚は全て全滅
部屋中水びたし
フローリングは水槽が落ちた反動で穴があきかなり歪んでしまった
我が家は少しばかり大きめで、阪神大震災の後に立てたので、割としっかり立てたそうだ
だが階段付近や玄関の吹き抜け周辺はヒビがかなり入った
もう一度同じ地震がきたら持たないだろう
庭にも地割れが数箇所
あらゆる所で道路が隆起している
信じがたい現実だ
それともう一つの恐怖
津波だ
私は海沿いの町に住んでいる
警報に耳をすます
でも何を言ってるか聞こえない
かすかに聞こえてきたのは隣の地区の名前だけだ
近所の人達は避難してなかったのでとりあえずその日は家にいた
停電になったので、夜はロウソクを付け、余震に恐怖しながら家族で過ごした
次の朝、水がでなくなっていた
家族総出で水の確保
食糧があまりなかったので買い物にも並んだ
私は水汲み担当で車を走らせた
その時、ほんとの現実を目の当たりにした
我が家から隣町まで1キロもない道のりを走らせる
『えっ?』
辺り一面湖になっていた
ほんとに信じられなかった
津浪の影響でと思われる残害や、
港はまだまだ先なのにボードがあちこちに逆さまになって転がっていた
しばし車を走らせる事が出来なくなった
もう少しで我が家も木端微塵に流されるとこだったのだ…
流された家を見て、家があるだけほんとに幸せだと思った
それから毎日水汲みと食糧品を確保する為、朝から夕方まで何時間も並んだ
何日かたち、義母のお姉さんが見つからない事がわかった。
私もその人の事をよく知っていて、
大好きなおばちゃんだった
おばちゃんは地震当日、仕事で海が目の前にある老人ホームに行っていたという
その老人ホームはほぼ跡形もなくなったらしい
役場や近くの体育館に行ったが名前はない
考えたくない現実が頭をよぎる
お願い
どうか無事でいて
そして今も寒い中頑張っている被害者の方々、寝ずに頑張っている職員やスタッフの方々の為にも、自分が出来る精一杯の事をやっていきたいと思います
最後に…
病院早く復活してくれー
具合が悪くてかなわん
私の住んでる宮城県は謎の巨大地震に襲われた
9日の昼前に一度少し大きめの地震があって、その余震が続いていたので、今回もそうかと思っていた
そして当日、弱めの地震
そしてすぐに大きな地震
慌てて水槽を押さえる私
水槽の水がすごい勢いで私にかかる
服はずぶ濡れでビショビショ
クローゼットから段ボールや雑貨
ラックからはDVDやゲーム機が次から次に落ちてくる
これで終わればまだ良かった…
次の瞬間
ドガドガドカドガ!!!
立ってられなくなった
もう限界だ!
危ない!
逃げなくちゃ!
そう思ったがなかなか立ち上がる事が出来ない
中腰になり部屋の扉を開けようと…
だが、激しい揺れで扉までたどり着けない
転びそうになりながらやっとの思いで扉を開け、手すりに掴まりながら階段を掛け下り、外に飛び出した
自分の車が激しく揺れていたので、
サイドブレーキを引き必死にしがみ付いた。
ジーッと地震がおさまるのを待つ
家を眺めている間も、家の中からドーンという音やガシャーンという音がひっきりなしに聞こえてくる
外は隣の家の瓦屋根がパリンパリンと音をたて崩れ落ち、電柱や電線が見た事もないくらい揺れている
足が震える
心臓も激しく脈打つ
地震が少し落ち着いた頃、恐怖心を必死に押さえつけ恐る恐る家の中に入る
有り得ない光景に唖然となった
テレビやらタンスはもちろん硝子扉は外れふすまは穴だらけ、電気傘も落ち家の中はメチャクチャ
そして次の写真は廊下と私の部屋です
二階にある洗面台が外れ一階の部屋は雨漏り
私の部屋には、大好きだった熱帯魚の水槽が何本かあったが、すべて床に割れ落ちていた
熱帯魚は全て全滅
部屋中水びたし
フローリングは水槽が落ちた反動で穴があきかなり歪んでしまった
我が家は少しばかり大きめで、阪神大震災の後に立てたので、割としっかり立てたそうだ
だが階段付近や玄関の吹き抜け周辺はヒビがかなり入った
もう一度同じ地震がきたら持たないだろう
庭にも地割れが数箇所
あらゆる所で道路が隆起している
信じがたい現実だ
それともう一つの恐怖
津波だ
私は海沿いの町に住んでいる
警報に耳をすます
でも何を言ってるか聞こえない
かすかに聞こえてきたのは隣の地区の名前だけだ
近所の人達は避難してなかったのでとりあえずその日は家にいた
停電になったので、夜はロウソクを付け、余震に恐怖しながら家族で過ごした
次の朝、水がでなくなっていた
家族総出で水の確保
食糧があまりなかったので買い物にも並んだ
私は水汲み担当で車を走らせた
その時、ほんとの現実を目の当たりにした
我が家から隣町まで1キロもない道のりを走らせる
『えっ?』
辺り一面湖になっていた
ほんとに信じられなかった
津浪の影響でと思われる残害や、
港はまだまだ先なのにボードがあちこちに逆さまになって転がっていた
しばし車を走らせる事が出来なくなった
もう少しで我が家も木端微塵に流されるとこだったのだ…
流された家を見て、家があるだけほんとに幸せだと思った
それから毎日水汲みと食糧品を確保する為、朝から夕方まで何時間も並んだ
何日かたち、義母のお姉さんが見つからない事がわかった。
私もその人の事をよく知っていて、
大好きなおばちゃんだった
おばちゃんは地震当日、仕事で海が目の前にある老人ホームに行っていたという
その老人ホームはほぼ跡形もなくなったらしい
役場や近くの体育館に行ったが名前はない
考えたくない現実が頭をよぎる
お願い
どうか無事でいて
そして今も寒い中頑張っている被害者の方々、寝ずに頑張っている職員やスタッフの方々の為にも、自分が出来る精一杯の事をやっていきたいと思います
最後に…
病院早く復活してくれー

具合が悪くてかなわん


