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Take it Easy

三度の飯より旅好き、映画好き。
本と映画と旅行の話が半分、日々の徒然話が半分。
不定期にひっそり更新中です。

さくらももこのエッセイ。


「あこがれのまほうつかい」を読んで、さくらももこにはまってしまった、と言うわけではなく、

バングラにいると日々色々難しいことを考えてしまい、頭が疲れるので、

軽く読めて、間違いなく面白いであろう本、ということで、ついつい選んでしまった。


このエッセイはさくらももこが妊娠した時の出来事を記したもの。私にはまだ遠い話…。

妊娠初期に軽く鬱っぽくなった話とか、 絶対にならないと思っていた便秘になった話とか、

情緒不安定になった話とか、そして帝王切開で幽体離脱に近い感覚を経験した話とか。

妊娠・出産を通して、あー人間の体ってなるべくように、そういう風にできているんだなー、

というさくらももこの実感・実体験をつづった本である。

寝る前に読んだら、妊娠する夢を見てしまった。

つまり、けっこう赤裸々&リアルに妊娠中の様子が書かれている、ということです。



私の姉にも今年子どもが生まれた。出産した時、姉はすでに旦那さんと住んでいたが、

まだ東京で私と暮らしていた時期、姉のつわりはピークで、かなりしんどそうだった。

そして、何もやる気が起きないようで、家でひたすらゴロゴロしてる姿をよく見かけた。

その後も、少しずつ大きくなっていく姉のお腹。

妊婦をこんなに近くで観察するのは初めてのことだったので、何だか不思議な気分だった。

日に日に変わっていく姉の体…。


私はこれまで手術というのを経験したことが無く、大きな病気にもかかったことがない。

基本的に体が鈍感なのか、ここバングラでもピンピンしている。

ただその分、鼻水がひどい、偏頭痛がする、お腹が痛い、倦怠感がある、などなど

日々ちょっとした体の不調を感じると、すぐに弱音を吐いてしまう。
最近はあまりないけれど、以前は、生理前になると恐ろしく鬱な気分になった時期があった。

仕事をしていた頃で、品川駅を歩きながら、この世のサラリーマンみんな消えればいいのに、

という世紀末的な気分になるくらい、情緒不安定になった。

他にも、生理前だと、頭が痛くなったり、体が恐ろしくだるくなったり、眠くなったり、色々ある。

毎月、この時期をびくびくしながら過ごしていた。最近は比較的楽になったけれど。


しかし、妊娠とは、それを上回る、様々な変化が自分の身に起こるわけだ。

想像するだけでも嫌。10ヶ月間も、そんな時期が続くなんて、考えただけで不安。

(気が早い。まだ妊娠の予定なんてないけど。)

バングラにいると子どもがかわいくて、子ども欲しいわ、なんて簡単に口にしちゃうけれど、

正直、それと同じレベルで妊娠・出産は恐怖だ。

どうして他の動物みたいに、2,3ヶ月でポンって生まれないんだろうって思う。

それでも、産みたい:怖い=6:4くらい。



ほんの数年前まで、子どもが可愛いとか、自分もいつか産みたいとか、考えもしなかった。

いったいいつから、どうして、そう思うようになったんだろう…。

たぶん、仕事を辞めよう、と思った去年の夏ごろから、そんなことを思っていた気がする。

ただただ、自分のために働き、自分の好きな事をして、自分のためだけに生きる。

それはそれで楽しいけど、これから先もそうやって生きて行く自分はちょっと違うと思った。

それから、実家に帰って久しぶりに親と過ごしたり、母親と旅行したのもきっかけだったかも。

両親は両親で自分の人生があり、2人の生活があり、自分はもうその世界の外に居る。

自分が帰る場所は、もうここではないのだと。


でも、もちろん、子どもが生まれたとしても、私は私なりの人生を歩んでいきたいと思ってる。

さくらももこが、生まれてきた子どもとの距離を冷静に見ている、この言葉が私は好きである。


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子どもは私のお腹の中にいた。そして、私のお腹から出てきた。

我が子である事は間違いない。だが“私のもの”ではない。

この子は私ではなく、私とは別の1個の個体なのだ。

これから先、この子は私とは全く別の自分の人生を歩んでいく。


彼は私の分身ではなく、彼以外の何者でもない。


私は、“親だから”という理由でこの小さな生命に対して特権的な圧力をかけたり、

不用意な言葉で傷つけたりするような事は決してしたくない。

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それにしても、妊娠だ出産だ、ということを考える時にいつも思うのが、

「男は絶対に女を超えられない!」、ということです。男性のみなさん、すみません。 


逆男女差別だ、と言われれば、そうだと思う。もちろん、体力的には男性が優位なのも事実。

ただ、人生を生き抜く力、というのは女性のほうがやっぱり強いなーと思う。

そもそも、この出産・妊娠・はたまた生理、を含め、女性の体には様々な“大変な事”が起こる。

精神的にも不安定になる。だからこそ、女性は心身ともに、それに耐え得るようにできている。

それから、女性は長く歴史的に被抑圧者であり、人口だけ見れば男と同じ数だけれども、

メインストリームの外にいた(いる)という点で、云わばマイノリティーとしてスタートするわけで、

その時点で、圧倒的に、女性のほうが生きて行く上での困難は多い、というのが私の考えだ。

その分、女性は強く、したたかに、生きて行く術を身につけていくと思う。


たとえ、日本が男女機会平等だとか言っても、この構造はそう簡単には崩れないだろう。

書きだすとキリがないけど、色々な場面で、「リミット」というのが女性には付きまとっている。

それを思うと、日本社会、というか日本人のマインドが、女性にとって生きやすいとは思えない。

その分、女性はしたたかにやっているとも思う。上手いこと、転職しちゃったりとかしてね。

男性のほうも、一度組織に身を置くと身動き取りづらくなったり、生きにくい時代かな、とも思う。


バングラに居ても、女性は本当によくやっている。旦那なんてはっきり言って妻に頼りっきり。

子どもたちも、息子だろうが、娘だろうが、本当に母親を大事にする。

父親の話題なんて出てこない。それくらい、母親の存在は大きい、と言うことだ。



しかし、世の中には、自分はジェントルマンだとか、女に優しいとか、社会を変えるのだとか、

そんな言葉を吐く輩に限って、本当の意味で女のこういう状況を理解していなかったりする。

女は守らなければならない存在だ、とか、女も男と全く同じように働ける、それこそ平等だ、とか、

そんなのは、女の本質でもなんでもない。

しかし、悲しいかな、世の中はいまだそういう男を中心に回っている、というのが私の実感だ。



完全っにモチベーションが下がっていた、ここ数日。2日間丸々家で引きこもっていた。

理由は、まあだいたい分かってる。でも引き金になったのは、たぶんアレルギー性鼻炎(笑)。

バングラは今乾季に突入しているせいか、乾燥していて、町中の砂埃もひどい。

そのせいかは分からないけど、休日(金曜日)の夜から鼻がぐずぐず。頭がぼーっとした。


土曜日はオフィスにちょっと遅れて行ったところ、スタッフがみんな出かける準備をしている。

てっきりみんなフィールドに行くのかと思っていたら、「ミーティングがある」とのこと。

そんなの知らないし。そういうイベントごとがあるって、なんでいつも当日知らせてくるかね…。

とりあえず、やることがないので私もミーティングに参加した。そこでもぐずぐず、ぼー。


で、翌日、翌々日とお休みしてるわけです。一応、熱が出たってことになってます。

熱は上がるかなという気配があったけれど、上がらず。そして、モチベーションも上がらず。


モチベーションが下がった理由。


1.突然の外出制限令。

  進行中のプロジェクトに関して、配属先に敵意を抱いているグループがいるらしい。

  以前何度か行った村落へはしばらく行けなくなり、暗くなってから同僚と出歩くのも禁止に。

  行くならあっちの地域に行きなさい。とりあえず1週間はオフィスで仕事をしなさい。

  行ってOKな地域とNGな地域の違いは何なの?その1週間の期限って意味があるのか?

  イマイチ状況がつかめない。ボスとカウンターパートと同僚の話が微妙に食い違ってる。

  ボスと改めて話そうとしたが、カウンタパートには「必要ない」と。

  自分のことなのに、ちゃんと状況を掴みたい。なんかはぐらかされてる気がする。


2.フィールドに行かなくてもオフィスで仕事ができると思われてる。

  今更ながら、カウンターパートに「フィールドに行くのが最優先事項なのか?」と聞かれた。

  そうだって前から言ってるじゃん。何回言わすんだよ!このハゲ!アホ!ボケ!死ね!

  私がフィールド周ってかき集めてきた情報って何なんだろう。そんな価値のないものなの?


3.モニタリング結果が活用されてない。

  私のフィールド訪問の報告は、配属先モニタリングスタッフと内容的にかぶる部分がある。

  私もモニタリングスタッフも、先日の全体ミーティングで報告をしたのだけれど…。

  問題は山積み。でも、モニタリング結果が今後どう活用されるか、きちんと改善されるのか。

  全くその気配がない。なんかモニタリングしたことで満足しているように見える。意味ない。



3については、一瞬脱力したけど、今後配属先に提案して、改善されてく可能性はあると思う。

問題は1と2ですよ。カウンターパートはいい人だけど、でも彼と一緒に仕事をすればするほど、

どんどん信頼できなくなる。口ばっかり。私の存在は彼にとってメンドクサイ存在でしかない。 

もともと、ドナーを持って来ることを期待されてて、それは私の活動ではないと主張したところで、

簡単に相手の考えを変えるなんてできない。やっぱりどっかで期待してて、がっかりしたはず。


正直、彼に何かを働きかけても物事は進まないように思う。

フィールドのことだったら、フィールドのスタッフか村人に直接働きかけたほうがスムーズだ。

でも、1の状況。せっかく村落巡回が軌道に乗り始めたと思ったのに…。



そんなわけで、2日間引きこもった。暇過ぎて、さすがに明日はオフィスに行かなきゃと思った。

こんな状況は、JOCVの現場では日常茶飯事。それでもみんな折り合いを付けて活動してる。

この2日間、だらだらしつつも、一応いろいろ考えて、少し前向きになった。



最近、一気に読んだ、2冊の本。


「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」 by米原万里

「シェイクスピアの人間学」 by小田島雄志


どちらも扱うテーマは全く違うんだけど、なんとなく、私には同じことを言っているように思えた。

『世の中、白黒つけられないこともあるんだよ』と。

100%の善人も100%の悪人もいなくて、みな自分の中に矛盾を抱えている。それが人間。


確かにそうだと思う。人間はみな不完全だ。だから面白く、愛しいと感じるのだと思う。

でも、そう思うと同時に、好ききらいがはっきりしていて、白黒はっきりさせたがる自分がいる。

自分の中の価値基準が思いの外強固で、曖昧な状態を受け入れられない自分がいる。

どうしてみんな、納得できない環境の中で、図太くやっていけるの?どんだけ鈍感なの?

そうな風に考えて、私は人一倍繊細なのだ、だから折り合いを付けられないのだ、と考えてた。


でも、最近思った。実はみんな同じこと考えてるんじゃないかって。

日本にいても、開発の現場にいても、納得できないこと、矛盾に感じる事、みんな気付いてる。

もちろん、大小はあるけど。その中で、自分の進むべき道をなんとか歩こうとしてるのかなって。

それが私にとっては、偽善とか、矛盾した行為に見えたとしても、本人だってそう分かっていて、

それでもそうしてるってことだってあるのかもしれない。


そんなことを考えてたら、少し心の筋肉が緩んだ、と言うか、もうちょっと素直になろうと思った。

素直じゃない自分も好きだし、白黒はっきりさせたい自分も捨てがたいけど、それと、これとは別。

少しでいいから、曖昧なもの・矛盾を受け入れる余裕を持とう。自分への試練だと思って…。



楽しむリスト

・ベンガル楽器の教室、行ってみる!

・ミサンガづくりを同僚とやってみる!

・日本語をちゃんと教えてみる!


ここバングラデシュも最近めっきり涼しくなってきて、いよいよ本格的な冬到来!?

と思ったら、また暑くなったりして、しかも乾季で虫が増えて、毎日床の掃き掃除してます。

でも、涼しくなると、今度は水シャワーがしんどくなる。

毎回、お湯を沸かして、バケツに入れて、水と一緒に混ぜて、適度なお湯で水浴び。

けっこうめんどくさい。なので、暑いのがいいのか、涼しいのがいいのか、迷いどころだ。


最近は、母親から荷物が届いたので、ダッカに取りに行ったりしていた。

荷物の大半は本とたらこパスタ・めんたいこパスタのもと。

しかし、気付いたのだけど、任地でスパゲッティ売ってるのみたことない…。探さなくっちゃ。

読みたかった本がたくさん届いて、何から読もうかなーってワクワクする。



最近読んだ本の感想を覚書き程度に。



「肩越しの恋人」 唯川恵


軽いんだけど、エッジが効いてて面白かった。女の幸せの形も10人10色ってことかな。

未だに“婚活”とか言って、結婚が全てだと思ってる人は、この本を読んだらいいと思う。

女が女であることを楽しみながらも、強く逞しく生きる姿に共感。



「世界は使われなかった人生であふれてる」 沢木耕太郎


タイトルに惹かれて読んでみたら、なんと映画評でした。びっくり。

この本を読んで、日本に帰ってから見たい映画リストが増えた。作者の願い叶ったりだ。

沢木さんはあくまでも本業は作家・ライターであって、映画評論家ではありません。

この本も、沢木さんがある雑誌に連載していた映画評を1冊の本にまとめたもの。

だから、基本的にお勧めの映画ばかり。それがいい。どの映画も好意的に書かれてる。

はっきり言って、つまらない映画の批評ほどつまらないものはないのです。

誰にとってもメリットがない。それでも書かなきゃならない評論家の仕事ってしんどい。



「あこがれのまほうつかい」 さくらももこ


初めて読んださくらももこのエッセイ。読みやすく、笑える。ル・カインへの愛を感じる。

さくらももこには、“好きこそものの上手なれ”という言葉がぴったりだと思う。 

絵を描くこと、絵を見ること、可愛いモノを集めること。

理由なく、心惹かれるもの。ワクワクすること。自分の“好き”を大事にしようって思える本。



「となり町戦争」 川崎亜紀


地方自治体が戦争を日常業務のように扱う、というちょっとSFチックなお話。

“私たちの日常は誰かの犠牲のもとに成り立っている”、というのが作者のメッセージだ。

モチーフは面白いし、今の社会に対する作者の視点も理解できる。

でも、何かが足りない・・・。



最近の日本の若手小説家の本を読んで(といっても、そんなにたくさん読んでない)思う。

今の社会のここがおかしい、ここが危険だ、日本社会はこういう方向に向かっている、

今の若者はこういう理由でこういう感情を抱いてる、そういう分析と視点には共感する。

でも、そこに作者の怒り・憤り、そういう感情が見えない。

今の社会はこうですよ、と現実に対する分析を提示され、でもそこにあるべき感情がない。

別に、声高々に、「日本社会を変えたい!」とか、そんなことを言う必要はない。

でも、この社会がおかしい、不条理だ、と思うなら、その感情の一片でも感じさせてほしい。


今の若い人のクールな感覚、というのか、それが小説の世界にも反映されてる気がする。

こういう小説って時代性はあっても、将来的には残っていかないように思う。

正直、私にはちょっと物足りない。


そういう意味で、金城一紀の「GO」は面白かった。間違いなく、作者は怒ってる、憤ってる。

不条理を身を持って体験したことのある人間が持つ、怒りのエネルギーを感じる本だった。



不条理な世の中に対する怒り、それはいつの時代にも芸術を作り出すエネルギーになる。

不景気になるといい音楽が生まれる、とは誰が言ったか。でもロックとはそういう音楽だ。

ピカソだって、チャップリンだって、スタインベックだって、みんなどっかで怒ってた。

その感情こそが、いつの時代の人間にも響く、普遍的な作品を生み出すのだと思う。