愛着があって夢のある「三岐」(さんぎ)という呼称
「三岐」とは三重県と岐阜県を指す言葉ではあるが、北勢地域出身の私は三岐鉄道をイメージする。
私は毎日この電車に乗って高等学校へ通学していた。
そして、子どもだった私に生前の祖母が三岐鉄道開通の歌(?)をよく歌ってくれたものだ。
その歌は祖母が小学生だった頃のもので、嬉しそうに歌う姿は今でも思い浮かぶ。
祖母の卒業した小学校は「西藤原」にあった。終着の駅である。
また、当初の鉄道会社の社名は「藤原鉄道」だったが、開通前に三重県と岐阜県を繋ぐという意味の「三岐鉄道」に改名された。
祖母の歌からは、鉄道が開通する喜びが強く伝わってきたのを覚えている。
90年前のあの地域では三重県と岐阜県が鉄道で繋がるのが現実味ある夢だったのかもしれない。
だが、残念ながらこの90年もの間の終着駅は「西藤原」のままである。
2026年度に東海環状自動車道の「北勢ー養老」間が開通する予定である。
これは自動車道ではあるが、およそ100年の月日を経てようやくあの地域にとっての「三岐」が貫通し夢が叶う。
この三岐貫通によって、三重県にある美味しいものを岐阜県の人にも楽しんでもらいたい。「新鮮な鯛」「美味しいお茶」「四日市のラーメンやそうめん」など。また大好きな従兄弟や友人たちとの距離も近づく。
少し長くなってしまったが、「三岐」という呼称には夢が詰まっていて、愛着があるということが言いたかった。