昭和27年3月 速度記録はジェット戦闘機でつくられた
山本峰雄
ジェットエンジンの発明
航空機の推進に噴流を用いようという試みは随分古くから世界の発明家や学者の研究の対象でした。
ライトが人類初の飛行機による飛行に成功した1903年から僅か6年を経たばかりの1909年にはフランスのマルコネは空気取入口から入る空気をルーツ式送風機で圧縮して、その空気を気化器に入れて、ガソリンを気化させ、その混合気を燃焼室に入れて燃焼させて、拡散筒を通して後方に吹出して推力を得る、主として航空機用の動力装置の特許を取っているのであります。彼はまた扇車を用いて混合気を圧縮し、分配器を経て燃焼室に導く方法なども同時に提案しています。
またフランスの有名なロランは、この前年の1908年に普通のピストン式のエンジンの気筒の頭に拡散筒を取付けたジェットの特許を取っています。
これらの発明は今日の航空用ガスタービン、特にジェットエンジンの元となったもので、その原理に於ては、今日のジェットエンジンによる推進と少しも変わらないものです。
特にマルコネのものは離陸の時と空中を飛行する時は拡散筒の長さを変えるようにしてありました。
これらのジェットエンジンは、その後多くの人の研究により段々と進歩して、1921年にはフランスのグィロームが始めて今日のターボジェットと全く同じ原理の原動機を発明して、特許を取りました。これはラトー式の扇車を持っていて、前から入って来る空気を圧縮しこれをその後方にあるガスタービンに当ててタービンの軸を回転させた後、後方に噴出して推力を得るものでありました。扇車式圧縮機もガスタービンも数段のものが使われるようになっていたのであります。そしてタービンの軸は圧縮機の扇車の軸をまわす設計でありました。
米国でも1090年には早くもレイクが噴流推進の飛行機の特許を取りましたが、そのジェットエンジンの拡散筒には空気の入る孔をあけてあって、燃焼ガスの中に新鮮な空気を入れて推力を増加する方法が最初に提案されました。
有名な英国のフランク・ホイットルは1930年に既に特許をとりましたが、これは今日も使われている遠心式圧縮機とガスタービンを使ったものでありました。
これらの発明と前後して多くのジェットエンジンの発明が行われましたが、遂に1937年4月にホイットルのジェットエンジンが運転に成功して、今日のジェットエンジンの成功の基礎を作りました。
然しドイツでもこの当時は既に英国に対抗してジェットエンジンの研究が行われていましたが、1939年8月にはハインケル飛行機会社のHe178型双ジェット機が出来上って試飛行に成功しました。これはちょうど第二次大戦が欧州で始まる直前であって、当時ドイツに居た我々に新しい時代が大きな速度で近づいていることを感じさせたのでありました。
ジェットエンジンの二つの型式
英国のホイットルのジェットエンジンは空気を圧縮するのは遠心式の送風機を使っていたことは前に述べた通りですが、英国政府は1939年にホイットルのジェットエンジンをつけたグロスターE28/39型ジェット機をグロスター社に注文し、それ以来この種の遠心式空気圧縮機を持ったターボジェットが盛んに使用されました。
これに対してドイツでは上に述べた軸流送風機(または軸流式空気圧縮機)をつけたターボジェットが実戦に使用されました。
米国では初めにホイットルのターボジェットを輸入して用いましたが、1944年にはこの模倣から脱して軸流送風機式のものを作るようになりました。英国でもその後、軸流送風機を用いるものが現われました。
この二つの空気圧縮機の差は遠心式のものは扇車の回転によりその側の方向に空気を押しやって圧力を高めるのに対し、軸流式では扇車の回転により空気を扇車の回転軸の方向に押しやって圧力を高めるのであります。
従って軸流式の方が直径が小さくて済みますので、前面面積(前から見た最大断面)の面積が小さくなります。それでありますから、これをジェット機に取付けた場合には胴やナセルの最大断面積も小さくなります。
今最近の軸流式空気圧縮機を持ったジェットエンジンと遠心式空気圧縮機を持ったジェットエンジンの前面面積一平方米当りの推力を比較しますと、遠心式が大体に於て50㎏乃至99㎏であるのに対し、軸流式のものは100㎏乃至160㎏であります。
エンジンの重量は軸流式の方が空気圧縮機の扇車の段数が多くてエンジンが長くなるので推力1㎏当りの重量が重くなっておりましたが、最近は段々改良されて僅かに重くなる程度であり、うまく設計すればかえって軽く作ることが出来るようになりました。
飛行機にエンジンを積込む場合にもう一つ重要な特性は燃料消費量でありますが、今推力で1時間に消費する燃料の重量を割った数で比較して見ますと、1943年から1944年頃のジェットエンジンでは海面上の最大推力をとると軸流送風機の方がこの燃料消費が多かったのですが、今日では改良を重ねた結果、かえって軸流式の方が燃料消費が少なくなって来ました。
このように軸流式のジェットエンジンは総合的に見て勝れているのでありまして、今日の高性能のジェット機はこのおかげで性能を向上したのであります。
尤も軸流式も遠心式も共に以上の三つの点は年と共に改良されているのでありまして、前面面積1平方米当りの推力は代表的な1944年の遠心式ジェットエンジンでは46㎏であったものが1949年には82㎏となっております。
推力1㎏当りの重量は1944年の代表的エンジンでは0.55㎏であったのですが、現在では0.40㎏となっております。
また燃料消費の多い事はジェットエンジンのピストン式エンジンに対する最大の欠点とされていますが、最近のジェットエンジンの燃料消費は段々少なくなって来ています。例えば1944年頃のジェットエンジンの燃料消費量は海面上の最大推力1㎏当り1時間につき1.25㎏を消費しましたが、現在多量生産に入っている普通のジェットエンジンでも1.05㎏になっており、これはまだまだ少なくなる傾向にあります。
燃料消費を少なくする有力な方法の一つはピストン式エンジンの場合に圧縮比を大きくして燃料消費を減らすことが出来るのと同様に、圧力比を大きくすることであります。圧力比というのは圧縮された後の空気の圧力と空気圧縮機に入る前の空気取入口に於ける空気の圧力との比でありまして、これは数年前のものは4位の圧力比でありましたが、現在では7位の圧力比のものが試作されています。
圧力比を大きくとれば燃焼室に圧縮空気が入って燃料を燃やした時の燃焼ガスの勢いは強くなり推力は大きくなります。
以上のような改良はジェット機の速度を増加し航続距離を増すのに非常に大きな役割を演じたのであります。
再熱器その他の推力増加装置
ジェットエンジンの推力を増加する方法は色々考えられ試験されていますが、その最も有力な方法として英、米及びソ連等で近頃実用されて来ましたのは、再熱器またはレヒーターを用いる方法であります。
これは燃焼室で燃料を燃やした空気の中の酸素は普通全部使用されてしまうものではなく、一部は残っておりますから、タービンを通過した後ろの所に長い筒をつけて、タービンを通過して高速で吹出すガスの中に再び燃料を噴射しますと、ここで再び燃焼が起りガスの速度が増加して推力を増します。
この再熱器の燃料噴射ノズルに送る燃料は低圧のポンプで送られます。また高空の大気圧の低い所でも燃焼が止まらないように強力な点火装置をつけます。また再熱器の出口、即ち全体のエンジンの出口には普通貝殻式の扉があって、ガスの噴出口の面積を加減出来るようになっています。再熱器を使わない場合はこの扉を閉めて出口の面積を減らし、再熱器を使う場合には開いて出口面積を大きくしてガスの流量に応ずるようにしてあります。この扉は電気油圧または空気圧で自動的に作動するようになっており、再熱器を用いた場合も用いない場合も飛行状態と出力の状態に適応してエンジンが最もよい性能を出すようにしています。
このような再熱器を用いると、海面上の静止推力(飛行機が止まっているときの推力)は3割から4割も増加し、音速付近の速度で飛んであるときの推力は倍近くにもなります。
然し再熱器の燃料消費は非常に大きく推力1㎏(再熱器をつけたための推力の増加であります)当りの消費量は1時間2㎏から3㎏になります。それでありますから再熱器は離陸上昇または空中戦等のような、本当に推力が必要な時だけに使うのであります。即ち防空用、または迎撃戦闘機などには有難い装置であります。
再熱器の重量は1㎏の推力増加に対し大体0.35㎏から0.45㎏でありますから、エンジンの重量は3割程度増加することになります。
ジェットエンジンの推力を増加するもう一つの方法は、例えば水をエンジンに噴射する方法です。ピストン式エンジンの場合でも水噴射やメタノール(メチルアルコール)を噴射して出力を増加する方法が使われましたが、原理はこれと全く同じでありまして、タービンに入るガスの温度を下げて、多くの燃料を燃やしてもタービンの温度が危険な程上がらないようにする事が出来、従って多量の燃料を燃やした多量のガスを高速で噴出させる事が出来ます。推力は噴出するガスの質量と速度をかけ合わせたものに比例しますから、水などの噴射により推力を増加する事が出来るのです。
この水噴射により海面上の静止推力を2割位増す事が出来ます。
ジェット機の空気抵抗はどうして減ったか
今日のジェットエンジンは上に述べたように現在大きな改良が行われ、その性能は非常に良くなって来ているのですが、これと併行して音速に近い速度から音速を越す速度までの飛行を行うために、空気力学的に種々な改良が行われたのであります。後退角付の翼が亜音速から音速に近い所では空気抵抗が少ない理由については、既に本誌でその理由をお読みになった事と思いますので、ここでは省略いたします。また町音読のマッハ数(飛行機の速度と空中の音波の速度との比をマッハ数といいます)1.4位までは三角翼またはデルタ翼が良いこともドイツや米国及び英国の研究で判っている事は皆さんもよく御存知でしょう。
ここでは更にこれらの根本的なジェット機の空気力学的の改良の外にどんな改良が行われたかを付け加えて述べる事としましょう。
1944年1月9日に試飛行に成功したロッキードP-80(後にF-80)シューティングスター型ジェット機は機体の表面に特殊のラッカーを塗ってそれを焼付け、それをバフで磨いて、新しい自動車の車体の表面よりももっとピカピカに光らせたのであります。これは言うまでも無く高速になると空気の摩擦抵抗を出来るだけ少なくして、抵抗を減らすためであります。ジェット機のような高速機では、このように表面のごく僅かな凹凸も問題でありますから、従来のような鋲の頭などが出ていれば問題は重大になります。こんな僅かの凹凸でもそこから衝撃波が発生して空気の流れは乱されて余計な空気抵抗の増加が起ります。
このような状態でありますので、一番問題になるのは戦闘機などの無線のアンテナでありました。
英国と米国では現在残されている唯一つの有害抵抗とも言える戦闘機のアンテナの空気抵抗を無くするために研究を行っていますが、アンテナは飛行機の速度が大きくなると共に空気抵抗で切れてしまう恐れがあるので、是非とも機体の中に入れなければならないのです。この点については英国では無線通信用のアンテナとして機体自身を使うことに成功しています。通信用のアンテナは大型ジェットなどでは長さが70m近くもありますので、空気抵抗が大きく、この方法の成功は性能を良くする上に大きな効果があり、戦闘機などにも利用できるので便利であります。また方向探知器用ループアンテナは操縦室の天井の内側に取付けるものが作られています。またILS即ち計器着陸用無線のアンテナなどの空気抵抗を無くすことも研究されています。
最近のジェット機の性能
最近のジェット機の性能がどの位の所まで来ているかを国際航空連盟(FAI)の速度記録から見てみましょう。ジェット機はジェットエンジンの改良と高速空気力学の研究とによって年々速度を増加して来ています。
例えば戦後のジェットエンジンを付けた陸上機の速度世界記録の進歩を見てみますと、1945年11月7日に英国のグロスターミーティア戦闘機が975.875㎞/hの速度を作りましたが、翌1946年9月7日には同型ジェット戦闘機が991㎞/hの速度記録を作り、更に1947年6月4日には米国のロッキード型ジェットP-80R機が初めて1000㎞/hのマークを越して1003.811㎞/hの速度を出したかと思えば、2か月後の8月20日にはダグラススカイストリークが1031.178㎞/hの記録を作り、その5日後の8月25日には同じ飛行機が1047.536㎞/hの記録を作ったのであります。そして翌1948年9月15日にはノースアメリカンF-86セイバーが戦闘機が1079.841㎞/hの速度記録を出しています。これが昨年8月1日現在の世界速度記録であります。
これらの記録は上に述べた事から判るように、全て戦闘機を使って作られたもので、大戦前の速度記録の大部分が特殊の記録機で作られたのとは違って、非常に大きな実用的の意味を持っています。即ち今日では実用機の性能が、即ち最先端を行っているものであると言えるのです。
以上は基線の速度記録ですが、100㎞コースの速度記録のような、もっと実用的の意味ある記録では、寧ろ実用機がいつも現在の公認速度記録を破っているという珍しい状態であります。100㎞コース上の速度記録は1948年4月12日にデハビランドDH-108、VW-120型機が974.0259㎞/hの速度を出したのが昨年までの記録であり、FAIの9月7日現在の記録もそうなっていますが、昨年8月17日にデトロイトで行われた米国航空競技のトムソン杯レースの前の試験飛行では米空軍のアスカニ大佐がセイバー戦闘機で1022㎞/hの記録を出して実用機で簡単に新記録樹立しており、トムソン杯競技でも1012㎞/hの速度を出して、記録を破ったのでした。
このようにジェット機の速度は実用戦闘機が先端を切って破っているのであります。