昭和31年1月 原子力航空機の話題

群馬大学教授

山本峰雄

 

研究は大分前から行われた

 

1951年、米国海軍は原子力潜水艦をエレクトリック・ボート・カンパニーに発注しましたが、この世界最初の原子力潜水艦は既に進水して、目下試験中であります。原子力飛行機に就いては、これより前に米空軍と米国原子力委員会が、4ヵ年計画でフェアチャイルド飛行機会社と契約して、飛行機用原子力エンジンと、これを用いた原子力飛行機の可能性に就いての研究を行わせていましたが、1951年には、この研究にはゼネラルエレクトリック会社、ゼネラルモーターズのアリソン部、コンチネンタル発動機、アブコ会社ライカミング・スペーサー部、ユナイテッド航空株式会社のプラット・エンド・ホイットニー部、ライト航空機株式会社、ウエスチングハウス会社、ノースロップ飛行機会社、フレデリック・フレーダー会社の9社の外に数ヵの研究所及び技術顧問が参加しました。

 

放射能を防ぐのが大問題

 

この研究の結果、原子反応炉を動力源として用いる飛行機の最大の問題は、放射能の影響から乗員や貨物及び計器などを護るための、遮蔽装置の重量にあることが明らかとなりました。例えば出力100馬力の原子力エンジンは、放射能遮蔽装置を含んで実に50トンの重量となることが判りました。勿論エンジンの出力が100馬力で、エンジンの総重量が50トンでは、飛行機として成立する筈がありません。しかし大型機になれば、この位の動力装置の重量は搭載が可能となることは、言うまでもありません。原子力エンジンの場合は燃料は極めて僅かで済みますから、普通のピストンエンジンやジェットエンジンの場合の莫大な燃料の量を計算に入れると、重量からだけ見れば、両者何れが重いとも言えません。

例えばコンヴェアB-36D型戦略爆撃機の場合は、PW-4360-53型3800馬力ピストンエンジン6台と、J47-GE型ジェットエンジン(推力2360㎏)4台を装備していますが、この10台のエンジンとその燃料、滑油との総重量は75トンに達しております。しかしエンジンの総出力は41800馬力ですから、もしこれを原子力エンジンで置き換えるとすると、遮蔽装置の重量は非常に重くなりますので、B-36D型機の全備重量(約180トン以上)では、まだよほどの改良をしないと、原子力エンジンを積むのに充分ではありません。

また、ある最近の研究によりますと、40000馬力の原子力エンジンの遮蔽装置の重量は、現在の進歩した方法によると45トンの重量であがることになっています。更に幸なことには、原子力エンジンの遮蔽装置の重量は、エンジン出力が増加しても馬力に比例して増加するものではなく、75000馬力でも約60トンであります。これらの研究はまだ完成したわけではなく、従って遮蔽装置の重量と、飛行機の設計に役立つデータははっきりしていないのが現状です。しかし原子力エンジンを用いると、遮蔽装置の重量が大きくなり、従って飛行機の全備重量は少なくとも100トン、多分200トンを超す大型となることは確実です。即ち小型の原子力飛行機というものは、現在のところ考えられません。

 

原子力航空機の魅力は何か

 

1951年に終った米国の原子力飛行機の第1期研究に引続いて、第2期研究としてジェネラル・エレクトリック(GE)会社が原子力エンジンの研究を行い、原子力飛行機の建造は、大型機の製作に最も経験の深いコンヴェア飛行機会社が行うこととなりました。コンヴェアはB-36型機と同じ位の大きさの飛行機を建造して、最小必要な原子力エンジンの飛行試験と、機体の研究を行うこととなっています。またこの最初の飛行機には、原子力エンジンの外に普通のエンジンを補助として装備して万全を期することとなっています。この世界最初の試験用原子力飛行機は、早ければ今年あたり飛行するかもしれません。

さて、このような原子力飛行機の魅力はどこにあるかというと、これは原子力潜水艦や、その他一般の原子力発電と同じで、燃料が非常に少なくて、しかも長時間飛行が出来る点であります。例えば、ウラニウムの同位元素の一つであるU-235を原子反応炉の燃料に使用した場合、僅かに0.0225㎏で45000㎏のガソリンに相当するエネルギーを出します。これは勿論、次に述べる原子力エンジンの構造と性能によるもので、もっと性能の良い原子力エンジンも、今日では可能になっています。従ってB-36くらいの大きさの飛行機に、数キログラムのU-235を燃料として持って行けば、地球を赤道で数十回も無着陸で飛びまわれる訳です。

 

3種類の原子力エンジン

 

現在考えられている原子力エンジンは、3種類ばかりあります。これらは、一般の原子力発電用んエンジンや、艦船用のエンジンと原理に於て、大して変ったものではありません。飛行機用としては、何れもターボジェット、或はターボプロップなどのエンジンの燃焼室の代りに、原子反応炉を用いる形式であります。

第1の形式は第1図に示したもので、エンジンのディフューザーから入った空気を軸流圧縮機で圧縮し、中間冷却器を通したのち、更に軸流圧縮機で圧縮し(この過程は勿論1段の圧縮機でもよい)、圧縮された空気を反応炉のU-235を含むエレメントの上を通して、反応炉の高熱によって熱し、その空気を反応炉から空気タービンを通して、後方に噴出して推力を出します。即ち普通のターボジェットでは、燃焼室の中でガソリンなどを燃焼させて出来る高温高圧のガスを得るに対して、空気を原子反応炉で高温に膨張させるだけの差です。しかし空気は、熱伝導率が悪いので、この方法は効率が悪いことは止むを得ません。そこで第2の方法として、徳に出力が大きいエンジンの場合には、液体を媒体として用いる方法が考えられます。(第2図)。この方式では、高温でも気化しない、そして炉から出る放射能を受取ることの少ない液体を、エンジンと炉の間にポンプで循環させ、液体は炉で高温に熱せられたのち、エンジンの空気圧縮機とタービンの間にある熱交換器に入ります。熱交換器の中空部を通る圧縮空気は、これによって熱せられて膨張してタービンを回転したのち、後方に噴出します。液体としては、上に述べた性質を持ったものとして液体ナトリウム、軽水、重水、水銀、トリチウム、蒼鉛、ナトリウムとカリウムとの合金、鉛と蒼鉛との合金など、色々のものが考えられています。この中でも、液体ナトリウムは比重が小さく(98℃で0.93で水より軽い)、熱容量が大きく、熱伝導率が大きいので、ポンプの仕事は蒼鉛や水銀を使った場合の5分の1で済み、値段も安いので、特に飛行機用としては最適です。この種の原子力エンジンは、媒体として液体の外にヘリウム、アルゴン、窒素、酸素などのガスを使ってもよい訳ですが、熱容量や熱伝導率の点で、液体に劣ります。また水は非常に入手しやすく、値段も安いようでありますが、中に不純物や塩類があると、反応炉の熱伝達面に沈殿物を生じて効率が落ちますし、沸騰するのを防ぐために、高圧で使用しなければならないために、水循環系統が重くなります。

第3の方法は、第3図の蒸気タービン式原理力エンジンであって、水は先ず沸騰しないように、高圧を加えた状態で反応炉に送られ、ここで圧力が下り、蒸気となってタービンをまわしたのち、復水器を通ってポンプを経て反応炉にかえります。タービンは前方の空気圧縮機を動かし、圧縮された空気は、復水器を通って或る程度膨張して、エンジンの後方に噴出して推力を発生します。これらの図では、エンジンは何れもターボジェットの形ですが、ターボプロップとしてエンジンを駆動する方式の方がよいという事を唱えている人達もあります。

 

原子力エンジンの反応炉

 

航空用原子力エンジンの反応炉については、一般反応炉と同じく、多くの研究が行われています。例えば多量のモデレータ(中性子緩速剤)を用いて、中性子のエネルギーを小さくして炉の中の反応をやわらげる方式の熱反応炉、またモデレータを用いない高速反応炉や、これらの中間のものなどが研究されています。また燃料とモデレータとの配置は、モデレータと燃料とをそれぞれ交互にかためて配置する方式と、この二つを一様に混合して溶液状にした均質反応炉などがあります。これらは、それぞれ長短があって、飛行機用として何れの方式がよいかについて、現在研究中です。更にウラニウムのU-238及びU-233やプルトニウムPu-239などの利用についても、研究が進められていますが、これらは原子物理学の範囲ですから、ここではその方には触れません。

 

材料は何が使われるか

 

最後に、原子力飛行機を作る上の最も大きな問題は何かというと、それは材料の問題であります。エンジンの始動や停止、または出力の増減のときに起る熱の急変(これを熱衝撃という)に耐え、同時に高温に耐え、中性子によって犯されないものが要求されます。材料は一般に規則正しく格子状にならんだ原子からできているが、中性子がこの原子に衝突すると、原子炉はその正規の位置からずれてしまいます。そのために材料はかたく、且つ脆くなってしまいます。なるべく中性子が原子に衝突することが少ないようなもので、且つ原子の位置がずれても性質が余り変化しないものが欲しい訳です。合成樹脂などの有機化合物は原子の大きさが大きくて、中性子と衝突しやすく、また影響を受けやすいために、原子力飛行機用の材料としては適当ではありません。この点ではステンレススチールは相当よい性質があり、ジルコニウムなども同様です。また放射能を持ったエンジンの各部分は、その他の色々の害を材料に与えます。例えば、冷却液が反応炉の高熱部の材料をとかして、循環系統の比較的に低温の部分にこれを沈殿させて、冷却液の通路をふさいだりします。

放射能が人体に及ぼす影響については、我々は原子爆弾とビキニの灰で身に沁みていますが、原子力飛行機の乗員や貨物などは、余程注意しないと、その害を受けます。

 

熱心に研究するアメリカ

 

現在米国では以上の問題を解決するために、コンヴェア、GEなどの他ノースアメリカン飛行機会社、P&W発動機工場、リパブリック航空機会社などで、原子反応炉を作ったり、放射能の人体と材料に対する影響を研究したりして、将来の原子力飛行機時代に備えています。ノースアメリカン飛行機会社のみでも3台の原子炉を持ち、他の1台(ナトリウム、黒鉛反応炉)を建設中です。また一方に於て、水素爆弾のように軽い水素のような原子核同士が結合する時に出る莫大なエネルギーをゆっくり放出させて、これを動力として使用する方法も研究されています。これは現在の、重いウラニウムやプルトニウムの原子核の分裂をするときのエネルギーを利用する方法に比べて、研究が始まったばかりですから、20年も先のこととなると思われますが、これが成功すれば、原子力飛行機は更に発展して、やがて宇宙旅行用のロケットのエンジンに使用されることになるでしょう。