昭和18年7月 戦時に於ける木製機の意義

東大助教授

航研所員

山本峰雄

 

1 最近に於ける金属機の材料問題

最近、敵イギリスに於て木製の双発昼間爆撃機モスキートが製作され、更にアメリカに於てもアルミニウム合金の不足に伴い、将来木製飛行機が第一線機して現れる可能性が見えて来つつあり、既に軍隊輸送機の一部は木製となりつつある。

かくの如き木製機の復活は如何なる理由に基づくのであろうか。云うまでも無く世界大戦下における航空工業の未曾有の拡張により、アルミニウム資源の不足が今や漸く深刻化したのが、その重大なる原因である。

しかし一方に於て木材の加工方法が進歩し、積層材、硬化木材等の発達とその機体構造への応用の方法が発達し、信頼性が大きく重量が軽くて、且つ強度の大なる機体構造の可能性が生じて来た事にも因るものである。

先ず現下世界の航空工業に於て要求せられているアルミニウム合金の所要量の概数を見積もって、この間の消息を窺って見よう。

欧州大戦に引続く大東亜聖戦の勃発に伴い、世界の航空工業は過去4ヵ年の間に急速に膨張し、今なお急激に生産量は上昇の一途を辿りつつあるが、本年末における世界の航空機生産量の概数は大約年産30万機と見積もって差支えないであろう。

この数字はアメリカの誇称する膨大なる生産から、敗残のフランスに於て急速に復活しつつある航空工業までを入れた推定概数である。

勿論この中には全備重量30トン以上の超重爆撃機から、小型練習機までを含むものである。

而してこの厖大なる航空機生産量の中の6割が、所謂第一線軍用機であるとし、この半分が戦闘機、偵察機であり、他の半分が爆撃機であって、残りの4割が軍隊輸送機その他の第二線飛行機であるとする。

今これら各機種の平均全備重量を戦闘機及び偵察機では4.5トン、爆撃機では15トン、その他の機種では5トンとする。

戦闘機及び偵察機の平均全備重量が高いのは双発遠距離戦闘機、夜間双発戦闘機、或は遠距離偵察を考慮に入れたものであり、爆撃機の平均重量は最近に於ける爆撃機、哨戒用飛行艇等の大型化の傾向を考えたものである。

更に爾余の第二線機の全備重量は軍隊輸送用大型機、グライダー曳航機等大型の飛行機と、練習機の如く小型の飛行機との平均を考えたものである。斯くして以上の数字を仮定する時は、各機種の平均全備重量は7.5トンと見積る事とする。

以上の数字は勿論ある程度推量の域を出ないものであるが、非常に大きな誤りは無いものと考えて論を進める。

次に全備重量に対する自重の割合であるが、これについては従来の多数の各種の飛行機に就いての統計があるから、これを参考として大体自重は全備重量の65パーセントと考える事が出来る。

第三に構造重量の問題であるが、これも従来の統計に依れば大体に於て自重の50パーセントと考えて差支えない。

最後に構造重量のうちアルミニウム合金、鋼、木材等が現在の飛行機において如何なる割合に使用されているかという問題が残る。

これに関しては幸いに今から三年前にアメリカ陸軍ライト飛行場材料研究所の調査があるから、これを採択する事としよう。

今研究所に於てアメリカ陸軍に使用せられている総ての飛行機の使用材料を調査した結果に依ると、昭和15年において機体構造重量の大部分を占めるものは勿論アルミニウムであって、構造重量の76パーセントを占め、鋼は20パーセント、木材その他が残余を占めている。

この傾向は決してアメリカに限らず、日、英、米、仏でも何れも同じ割合であろうと考えられる。ドイツに於てはアルミニウム合金の外マグネシウム合金が比較的多く使用されているが、これも構造重量から言えば比較的に少量であって、この割合から非常に距ってはいない。

イタリア及びソ連に於ては資源の関係上、木材、鋼等アルミニウム以外の材料が相当に使用されている。

かくて世界全体のの平均を考える時は、アルミニウムはソ連、イタリアの事情を考慮して、大体構造重量の70パーセントと考えられるであろう。

以上の数値に依って世界に於ける本年来の機体用アルミニウムの所要量を計算して見ると、次の如き莫大なる量に達する。

(7.5トン×0.65×0.5×0.70)×300000=512000トン

以上は機体用アルミニウム合金の所要量であるが、この外に発動機及び補器類、その他に要するアルミニウム合金の量は、機体用アルミニウム合金の所要量の大体20パーセントと見積り得る。これを加えて航空機用アルミニウム所要量は大体614000トンである。

しかしアルミニウム合金の所要量は現時に於ては単に航空機ばかりではない。その軽量で且つ強度が大なる特徴は、自動車、機甲部隊用車両、船舶、鉄道車両、電気機械、計測器、建築、日常什器等、あらゆる方面に利用されている。これ等の所要量は国情によって大いにその利用率が異なる。

ドイツに於ては戦前、アルミニウム消費量の約三分の一は航空機に、他の三分の一は自動車、鉄道車両に、残りの三分の一は建築用に用いられていた。航空機以外の使用を奨励していたのは、戦時に於いて急速に膨張する航空機用アルミニウム合金の需要を満たすための巧妙なる生産量維持策であると思われる。

これ等を参考にして航空機以外のアルミニウム所要量の総和を、航空機のアルミニウム消費量の50パーセントと仮定する。この数値は決して多い方ではない。然る時は全世界に於けるアルミニウム所要量は現在921000トンという事になる。

これに対してアルミニウム生産量はどうかというと、1938年度におけるアルミニウム生産量は全世界に於て580000トンと見積られている。

今次大戦勃発以来、独、米に於てはアルミニウム生産量は航空工業の大拡張に伴い急激に増加し、ドイツは1938年の生産量166000トンが最近は300000トンに達し、アメリカは同年の生産額130000トンであったものが、最近では380000トンに達する計画を発表している。

しかし米、英、仏の如く枢軸軍によりアルミニウム資源を奪われた国々の生産量は、上昇の率は実は比較的少ないが、或は低下していると見なければならない。特にアメリカはアルミニウム資源を全然喪失したイギリスの要する数万トンのアルミニウムを製造しなければならない訳である。更にアルミニウムの精錬にトン当り二万キロワット時の電力を要する事をも考えれば、アルミニウム増産もそんなに簡単なものではない事情をも考慮しなければならない。

斯くして現在全世界のアルミニウム生産量は恐らく80万トン乃至90万トンと見積り得る。即ち以上の結果から見ると所要量に対して生産量は大体一杯か、或は10万トン近く不足していると考える事が出来る。

但しこれらは全世界の平均であって、アルミニウム資源を失った英、米等においては不足を来たし、フランス及びバルカン半島のボーキサイトを手に入れたドイツ及びマライ半島、ビンタン島の資源を手に入れた我が国では、充分な所要量を得ていると見られる。

何れにしてもアルミニウム資源は航空機工業が現在の勢いをもって拡張されつつある時、特に期待が各機種に亙り大型化され、これが多量生産されつつある趨勢下に於ては、近き将来不足を来たす可能性があり、特に敵米英側では既にその段階に達していると見てよいであろう。

 

2 木製機の登場とその命数問題

以上の如き情勢下において、先ず反枢軸側の米英に於て木製機の登場が報ぜられた事は、真に当然であるといわなければならない。

そこで従来金属機で作っていた機体を木製機で製作した場合に如何なる点が問題となるか、並びに如何なる機首を木製機とすべきかという問題を考えて見よう。

木製機が登場する場合に、先ず第一にその金属機に対する重大なる欠点と考えられるのは耐久性、或は機体の命数の問題である。

木製機はこれを運航している内に湿気を吸い、太陽光線によって木質は老化し、また全体として幾分変形を起すのが通例である。時に雨、日射を直接受ける事大きく、その老化は著しい。

また胴体と主翼との取付部の如き狭い隙間には、塵埃が集積して木材の衰損を促進する。たまたま斯くの如き部分に滑油、作動油等の油が入ると、その衰損は特に甚だしく、しばしば破損の原因となる。更に木材と鋼製金具の取付点に於ては、木材の吸湿性によって鋼製金具の腐蝕を来たす事がある。これ等の全ては木製機の寿命を著しく短縮する結果となる。

今、参考のために数年前に筆者が航空研究所に於て行った木製機の強度試験の結果を掲げることとする。

試験に使用したのは、当時我が航空輸送の主力機であったフォッカー・スーパー・ユニバーサル旅客機の主翼であった。この飛行機は大日本航空輸送会社がアメリカから同時に購入した一聯の旅客機であって、これを我国の航空輸送路に就航せしめ、ある飛行時間を経たものを航空研究所において順次荷重試験を行ったものである。

第一機J-BATO機は飛行時間894時間、第二機J-BAWOは飛行時間1504時間、第三機J-BAXOは飛行時間2216時間、第四機M-117は飛行時間2750時間であった。第三機までは前記の如くアメリカ製であり、第四機は某国製のものである。

これら4機の主翼をAの場合、即ち大迎角の引起しの場合に対して破壊試験を行った結果は第1図に示した結果を得た。即ち飛行時間1504時間の第二機までは破壊負荷倍数は8.0で変化しないが、2216時間飛行した第三機では既に破壊負荷倍数は7.0に低下し、更に2750時間飛行した第四機では5.0と急激に低下した。

国際航空条約に依り本機は要求せられているA場合の破壊負荷倍数は6.3,またドイツ規程による時は4.6である。我国の強度規程に要求されている破壊負荷倍数は此処にはわざとあげない事とする。

斯くして本機の寿命は大体2400時間乃至2800時間の程度である事が判るであろう。

木製機の命数に関する斯くの如き実験は世界に類例がないので、他の木製機の命数に関しては一般普遍的な事が言えない。また上記の機体は外国製のものを日本に於て運航したものである。従って国産木材を用いたものの命数については何とも言えない訳である。

然しそれにも拘わらず、本実験は木製機の命数に対して或る基準となる事は云うまでも無い。

これに対して金属機の命数はどうであろうか。金属機の命数に関する以上の如き統計的な実験は殆んど行われていないが、ドイツその他に於ける軍用機の使用状態から考えて、金属機の命数は少なくとも5000時間を出ている事は確かである。即ち木製機は金属機に比し約半分の命数しか持って居ない事となる。

もし熱帯地方で木製機が運用されるとすれば、その衰損はスコール、強烈なる日射の反復に依り更に大なるものであろう。特に英米あたりの北方産の木材を使用した場合は、その衰損は恐るべきものがあるだろうと想像される。

 

3 木製機の製作法における最近の進歩とその多量生産

木製機の近年の進歩に就いては、筆者が嘗て本誌上に紹介した事があるから、ここには簡単に要点を述べる事とする。

上記の如く木製機はその命数に於て著しく金属機に劣るのであるが、これ等は従来の普通の木材をそのままカゼイン膠で結合した場合であって、最近の如く積層材、或は強化木材が発達し、且つその接着剤として尿素系樹脂、或は石炭酸系樹脂が使用される場合には、その命数は著しく改善され、且つ多量生産も容易となり、更に強度が大となるため薄翼の使用が可能となって、性能が改善される可能性がある。積層材を翼付根の桁フランジに使用して、翼厚比11パーセント程度の薄翼の設計が可能となりつつある事は注目すべき点であろう。

なお型に依って大型のオートクレーブ中で一度に主翼、または胴体を作る工作方法は、最近アメリカで小型機に就いて実験的に行われているが、この方法に依り翼表面の粗さは非常に小さくなって、翼表面の摩擦抵抗は著しく減少する可能性がある。

積層材及び強化木材が特に耐天候性に於て優れている点は、各種の研究室の実験によって証明されている。例えば積層材の吸湿性に就いて、ドイツに於て行われた実験の結果に依れば、次の如き成績が出ている。

即ち50層より成る樺積層材を50時間水中に浸漬し、その後の含水量は20パーセントであったのに対し、樺の原材は実に56パーセントに達したのである。山毛欅積層材に於ても同様に良好な結果を得ている。

また積層材の膨張及び収縮は普通の材木に比して比較にならないほど小さく、従って変形も少ない。また積層材は油その他による影響も少ない。

積層材のこれ等の長所は、何れも木材繊維の中に樹脂が浸透している事に依るものである。従って強化木材に於ては更にこの長所は大きくなっている事は容易に想像されよう。

ただ積層材の欠点としては含水量に依る圧縮強度の変化が普通材に比して比較的に大きいが、これも或る含水率までの話であって、一定の含水率の上では強度の変化は却って少なくなる。

これに反して引張強度及び曲げ強度は、含水率が増加すると却って強度が増加する。

以上述べた如く積層材は普通材に比して著しく耐天候性に於て有利である。

次に接着剤の問題であるが、最近に於いては従来のカゼイン膠に代わるに、積層材間の接着に尿素系樹脂が使用されるに至り、その信頼性は高く、接着作業は容易になって来た。

カゼイン膠が時日の経過と共に褐色を帯びて脆くなる欠点はよく知られているが、尿素系樹脂に就いては未だこのような非難がない。

斯くして木製機は昔日に比してその信頼性は益々増加し、特に積層材、強化木材の使用に依って木材の欠点が分散されて、強度上均質な材料を得られる事となった事は、今日の木製機が昔の木製機と異なる点である。

また木製機の製作は治具、緊圧用具、接着剤の進歩に依り、昔に比して著しく多量生産的となった。

木製機が多量生産に適せずという論者もあるが、この点は前世界大戦当時の木製機の生産状況を見れば必ずしも然らざる事を発見するであろう。

この好例はアメリカであって、大戦前飛行機の生産量が零であったアメリカが、英仏の制式機の設計を入手し、参戦第一カ月目には月産9台となり、大戦末期には月産1222台となり、当初より参戦したフランスは大戦前月産96機であったものが、大戦末期には2912機を生産し、イギリスは大戦前8乃至9機の生産量であったものが、大戦末には2961機となっていた。

25年前に於て木製機の斯くの如き大量生産が実行されたのであるから、今日に於ては必要に依って更に大規模なる木製機の多量生産を行う事は、必ずしも不可能ではない。

殊に木製機の多作には金属機の製作と別個の人的資源を利用し得る事に想到する時、アルミニウム資源の不足する現下に木製機の製作が注目される事は真に当然であるといわなければならない。

 

4 木製機の実現範囲

以上に於て筆者は主として木製機の寿命という点から今日の木製機の可能性を論じたのであるが、実は木製軍用機の熱帯地方における運航経験というものは、各国共殆んど得て居ないといってよい。僅かにその領土に亜熱帯圏を有し得た我国と、熱帯地方にも領土を有していた英、米、仏が幾分その経験を持って居たに過ぎない。

新しい木製機の熱帯における運航の経験に至っては皆無であって、これは将来の問題になるであろう。

次に木製機が軍用機として用いられる場合に問題となるのは、被弾不時着に依る木製機の破壊が乗員に危険を及ぼす点である。

即ち被弾不時着の破壊に於て、木材は同じ変形に対して吸収エネルギーが少ないため、破片となって飛散して乗員に重大な損傷を及ぼし、且つその破壊は徹底的である。

以上の如く木製機の寿命の短命の点と損傷の事を考えるは、木材を軍用材として用いる時は、そこに自ら制限があるべきである。即ち輸送機、軍隊輸送用グライダー、練習機、等に限られるべきであろう。

然し爆撃機、戦闘機等に於ても従来アルミニウム合金で作られていた部分を木製部品で置き換える可能性は極めて広い。

例えば爆弾倉の扉、フィレット、床鈑、扉、座席等従来盲目的に金属で作られている部品は一応再検討を要するであろう。

斯くの如き二つの方策に依り木製機及び木製部品は、現下の大戦が進捗すると共に広く用いられることとなるであろう。