昭和18年1月 成層圏飛行と大型機の今後

航空研究所

山本峰雄

 

我々は何故に成層圏に対し憧れを持っているかと言うと、先ず第一に成層圏に於ては空気の密度は非常に小さくなる。飛行機の機体抵抗は空気の密度に比例するものであって、従って成層圏の如き高空に於ては、もし発動機の馬力が低下しないとすれば非常な高速が得られる筈である。次に成層圏に於ては気象の変化が少しも無いという魅力がある。我が国の国土に於ては高度11000m以上が成層圏である。太陽熱が先ず地表面を熱し、地表面に接する空気は温められて上昇し、上空に行くと冷されてこれが雲となり、霧となり、また突風を発生し、雷雨を発生したりする。この範囲を対流圏と言っている。即ち地表面の空気の対流のある範囲である。対流圏以上は即ち成層圏であって、ここでは空気は層状をなして平衡して居り、従って突風や雨や霧雲と云うようなものは発生しない。ただ地球の自転に依り恒風が吹いて居るだけである。空は常に暗紫色に晴渡って居る。この空気を田中館博士は曾て高天原と唱えて居るのである。

 

この飛行の理想的条件を満足する成層圏を飛ぼうと云うことは、既に十数年前から各国でいろいろな研究を行って来たのである。併しこれはいろいろの障害が伴う。先ず第一に気圧の減少であるが、地表面に於ては大気圧は水銀柱760mmであるが、11000mの高度では水銀柱170mmに低下する。気圧の低下に依って先ず影響されるものは勿論乗員であるが、乗員の外に発動機もまた気圧が下がったことに依って馬力を低下する。大体大気圧に比例して馬力は低下して行くのが普通である。この馬力の低下を防ぐ方法は、上空で取入れた希薄な空気はこれを過給機と称する空気圧縮機で圧縮して、濃い空気として発動機に供給してやればよいのである。過給機は発動機の曲転で駆動され、その回転数は曲転回転数の8乃至13倍の速さである。過給機は上空に行くに従って使い、或る高度で一杯に使う。そうすると発動機の馬力は上空に行くに従って増加し、ある高度では最大馬力を出す。そしてそれからは大気圧に比例して減少する。高空飛行のためには過給機の回転数を二段に変化させる二連過給機、空気を二段の過給機で圧縮する二段過給機等が使われるが、更に成層圏飛行を行うためには三段過給機も必要になる。

 

次に温度の低下であるが、温度は対流圏では1000m上がる毎に大体摂氏6度づつ低下する。それであるからして、地表面の温度が摂氏15度の場合でも、11000mに昇れば温度は零下65度半に下ることになる。これがために機体を構成する材料はあるものは強度が低下し、また潤滑油は凍結し、そして乗員には防寒装置が必要となる。

また乗員の生理的問題であるが、乗員は上空に行くに従って空気の密度が減じ、大気圧が減ずるために、酸素の不足を来たし、生理的に異常を来たすのである。現在に於ては大体4000m以上の高度を飛行する時は、乗員は総て酸素吸入をやることになって居る。併し更に上空に昇ると酸素吸入だけでは不十分であって、大気圧の低下に依って肺の中の圧力が低下し、血液の中に酸素を吸入し得なくなる。このために大体7000m乃至8000m以上の高度に於ては酸素吸入をやるだけではなく、身体全体に圧力を掛けてやる必要がある。これが即ち気密服、或は気密室である。即ち飛行服に圧力を掛けるか、或は乗員の入っている客室を気密にして、その中の圧力を高度2000m乃至3000mの圧力にするのである。このような方法を取っている飛行機は最近数種類現れて居る。

 

特に米国に於ては成層圏飛行の準備として、所謂、亜成層圏飛行と云うものが発達して居って、亜成層圏旅客機が、二、三出来て居る。米国の所謂亜成層圏飛行は高度6000m乃至7000mの所を飛行する為に気密室を持ったものであるが、未だ成層圏飛行には遥かに遠いものである。併しながらこの亜成層圏飛行に依って気密室に関する種々なる経験を積んで居るのである。またフランスに於てはファルマンの飛行機会社がサントル2234型と云う亜成層圏輸送機を製作して居る。この飛行機は860馬力の発動機4台を装備して、客室は酸素補給気密室となっているのである。昭和14年10月13日、この飛行機はアフリカのダカールから南米のリオデジャネイロまで最大高度9000m、平均高度7500mで飛んで居る。

将来は成層圏飛行の利点を利用して、益々高く飛行することが研究されると思われる。現時の大戦では既にドイツで14000mの高度を飛ぶ偵察機が現われて居ると云うことである。また米国の空の要塞の如きは10000mの高度を飛行して居ると言われている。

 

飛行機の最近の傾向である大型飛行機がどう云う利益があるかと云うと、先ず搭載量の増加とこれに伴う航続距離の増加とが主なる利益である。この外、大型になると共に客室、操縦席の内部が広くなって快適な飛行が出来る点とか、また飛行艇であるとその耐波性、即ち波に対する抵抗性が大きくなるとか、いろいろの利益がある。更に飛行機が大型になると発動機や乗員、旅客等を翼の中にすっぽり入れてしまう可能性があり、従って空気抵抗は大いに減少せしめ得る希望が持たれる。

然し飛行機の大型化と云っても、比較的に小型の飛行機を、単に幾何学的に相似に大きくするだけでは役立たない。今簡単に考えても、飛行機を支える主翼の面積は飛行機の寸法の自乗に比例して増加し、また構造重量はこの場合、ほぼ三乗に比例して増加するから、飛行機の搭載量の全備重量に対する割合は、大型機になると急激に減少する。故に大型機が成立するためには、大型になればなるほど翼荷重を急速に増加して、主翼面積を小さくして、構造重量の大部分を占める主翼荷重を減らすようにしなければならない訳である。全備重量100トンの飛行機は極く近い将来現れる気運にあるが、こんな大きな飛行機では翼荷重は毎平方米300㎏以上となるであろう。そうすると問題になるのは着陸速度である。斯くして大型機では小型高速と同様、着陸用下げ翼の優秀なるものが必要となってくる。また陸上大型機では機体の重量を三個の車輪で支えなければならないから、降着装置の強度や、飛行場の地面の硬さが問題となって来る。

 

次に飛行機が大型になると共に舵の面積も大きくなって来て、舵に掛る空気力が大きくなり、従来の如く手や足の力で舵を動かすことが不可能になる。故に操縦装置の中に中継装置を入れ、先ず人力で中継装置を動かし、中継装置の発生する動力で舵を動かすと云うことが必要になる。中継装置は現在の大型機でも既に使用して居るものがある。

以上述べたように、大型機にはいろいろ技術上困難な問題が存在して居るが、もし大型機の設計に成功すれば搭載量が多くなるから、多量の爆弾や貨物を積むことが出来、武装や防弾装置が強化され、また燃料搭載量も著しく増加して航続距離が大きくなると云う利益がある。

ここに一言注意しなければならないことは、大型機の航続距離が大きくなると云うことは、決して燃料1㎏を消費して飛行できる距離が大きくなると云うことではない点である。それどころか大型機は小型機に比して1㎏の燃料で飛行出来る距離は遥かに小さいのである。換言すれば大型機は小型機に比して遥かに不経済である。例えば練習機や小型スポーツ機のように全備重量500㎏前後の飛行機では、1㎏のガソリンで15㎞以上の距離を飛行出来るが、全備重量が大きくなると共に燃料1㎏当りの飛行距離は急激に減少し、10トンの飛行機になるともう1㎏当りの飛行距離は1㎞程度となる。

 

さて現在の飛行機の全備重量はどこまで達しているであろうか。

既に昭和5年、ドイツで満載全備重量52トンの飛行艇が出来て居る。これは有名なドルニエDoxと云われる大型飛行艇であって、800馬力の空気冷発動機12台を取付け、主翼面積は実に467.7㎡あった。またその後ソ連に最大全備重量53トン、主翼面積476㎡のANT20

型(マキシム・ゴーリキー)旅客機が出来た。これ等の飛行機は構造力学や空気力学が今日ほど発達して居ない当時の設計で、未だ前述の如き大型機設計の要点が判って居なかったために性能、搭載量が充分なものとは云い難かったのである。

今日に於ては更に大型の、然も性能のよい飛行機が出来て居る。

現在世界最大の飛行機は昨年6月米国で進空した米陸軍の超重爆撃機ダグラスB19型機である。この飛行機はライト・デュプレックスサイクロン2000馬力発動機4台を装備し、全備重量は満載で74400㎏、常時全備重量は63500㎏であり、翼幅64.42m、全長40.6mと云う大きさを持っている。然し大型機として前述したような特徴は未だ充分発揮出来て居ないために、僅かに337㎞/hの最大時速を出すに過ぎない。航続距離は12460㎞と云われて居るが、これは爆弾を積まない場合の話である。

その後米国では満載全備重量70000㎏の超大型爆撃哨戒艇マーチンXPB2M-1が進空して居る。この飛行艇は翼幅61m、全長35.7m、主翼面積370㎡であって、航続距離は爆弾を搭載しない場合13000㎞と云われる。発動機はライト・トルネード2500馬力発動機4台を装備して居る。

以上の二つの大型機は何れも1台試作されただけで、然もB-19型の如きは進空以来、杳としてその消息を聞かないのである。

 

現在大量生産されている大型機は、以上述べた大型機に比して遥かに小さいものである。米国では例の空の要塞と呼称しているボーイングB-17型機や、コンソリデーテッドB-24型等の爆撃機、コンソリデーテッドPBY2-2型爆撃哨戒飛行艇等があり、ドイツではフォッケウルフ会社やハインケル会社でこれと匹敵する、或はこれ以上の大型機が大量生産されて居る。これ等の大型機は大体20トン以上30トン以下の全備重量のものである。米国では更に40トン級の大型機を大量生産する計画があるようであるが、この計画は現在のところ紙上の計画に過ぎない。

飛行機の航続距離を伸ばす方法は、大型にする事も一つの方法であるが、与えられた全備重量では、先ず飛行機全体の揚抗比を大きくしなければならない。揚抗比と云うのは飛行機全体の揚力と空気抵抗との比である。揚抗比は主翼の迎角(翼弦と飛行機の進む方向とのなす角)に依って著しく異なる値を取るが、最大揚抗比は普通15前後である。然し長距離記録用の記録機であると、最大揚抗比は18以上に達して居る。飛行機の航続距離は揚抗比に比例する。飛行機全体の揚抗比を増加するためには飛行機全体の空気抵抗、特に有害抵抗を減じ、また主翼自身揚抗比の高いものを使わなければならない。主翼の揚抗比を高くする方法の一つは翼幅が大きく翼弦が短い翼、即ち細長い平面形の翼を使うことである。長距離機は何れも細長い翼を持って居る。