昭和15年1月 最近の飛行艇展望

東大助教授

帝大航空研究所所員

山本峰雄

 

はしがき

私は嘗て本誌にマーチン130型飛行艇の記事を書いた事がある。その際この飛行艇が画期的の飛行艇である事を述べた。而して昭和11年1月「最近の飛行艇の進歩」と題して比較的詳しく飛行艇の進歩の趨勢を論じて置いた。そして其の際当時の飛行艇の性能優秀なるものは、同じ全備重量の陸上機と同等の性能を有するまでに発達して来た事を指摘した。最近コンソリデーテッド31型飛行艇を始め多数の優秀なる飛行艇が久しぶりで現れて、この方面の関心を有する者に色々の刺激を与えてくれた。この機会に再び飛行艇のその後の進歩を検討して見たいと思う。

 

一般的考察

今から3年前に飛行艇で時速300㎞を超える飛行艇は僅かにシコルスキーS-43型水陸両用飛行艇と、同じくS-42型飛行艇に過ぎなかった。然し今日に於ては各国の新しい飛行艇は特別の例を除いて320㎞/h乃至340㎞/hの最高速度を有し、巡航速度は280㎞/h乃至315㎞/hであり、当時に比較すると平均して最高速度に於て30㎞/h、巡航速度に於て30㎞/h程度の向上を示して居る。この数字は3年間の進歩としては物足りないと誰でも感ずるに違いない。戦闘機の最高速度が去年から今年にかけて100㎞/hに近い飛躍的の進歩をした事等を思い起すと特に此の感を強くする。実際後述するコンソリデーテッド31型飛行艇を除いて3年前の飛行艇と現在の飛行艇を比較するに、根本的の進歩というものは認められない。例えば翼端浮舟の引込にしても当時に於て既にコンソリデーテッドP3Y-1型飛行艇に採用されていたもので、最近の飛行艇ではドルニエDo26型飛行艇が翼端浮舟の完全引込を実施している外は、他の飛行艇では半引込式、或は全然引込みをやっていないと云う現状である。その他空気力学的に観ても水力学的見地から観ても、根本的の変革は起らなかった。

然し翻って考えて見ると色々な意味で飛行艇はこの3年間に相当の進歩をしているとも考えられる。それはとりもなおさず飛行艇の大型化と安全化とである。即ち飛行艇の全備重量は年毎に漸次増大する傾向を示し、後述する如く最近は40トン以上の飛行艇が出現し、更に将来はより大型の飛行艇の出現が予約されている。而して全備重量の増大は必然的に性能の低下を招来するものであるにも拘らず、一般空気力学的の知識の向上及び水力学的の研究の結果の累積、更に発動機性能の進歩、構造の改良により飛行艇の性能は前述の如く一般的に改良されて来たのである。これを更に詳細に述べると特殊下げ翼の使用により翼面荷重を増加し、一般外形の改良と発動機の出力増加によって速度の増大を計り、空気抵抗の減少と全備重量の増加、即ち燃料搭載量の増加、発動機の燃料消費の減少及び構造重量の軽減は相俟って航続距離の延長となり、また全備重量の増加と構造重量の減少は搭載量の増加となって現れて来た。

これ等の傾向は取りも直さず北大西洋横断定期飛行の開設が、独、米、英、仏の四か国間に熾烈なる競争を誘起し、これ等の各国が争って輸送能力の大きな、而して航続距離と巡航速度が大きくて安全なる定期航空を実施し得る大型飛行艇の建造に着手し、斯くして昭和13年末より14年の中ば迄に多数の新型飛行艇が各国に現れたのである。

航続距離は従って最近は北大西洋の安全なる横断飛行の為、及び米国に在ってはサンフランシスコ、ハワイ間の安全なる横断のために著しく延びて来た。茫漠たる大洋を、陸上に比し不完全な天候通報を頼りに安全に飛行する為には、大なる航続距離の予猶を持たなければならない事は容易に首肯し得るのである。航続距離6440㎞と称せられたマーチン130型飛行艇を以てしても、大洋横断定期飛行に必要な諸要点を積込んで実際の旅客輸送に従事して見た結果は、ハワイ、サンフランシスコ間3860㎞の飛行で燃料を消費し尽して、危くサンフランシスコに着水する事が出来たと云う事も再三であったと云う事は、筆者が米国に滞在した際聞いた所である。斯くしてより大型な、実際大洋横断飛行の場合の航続距離の大きな飛行艇が要求され、ボーイング14型飛行艇が生れて来たのである。然しこの飛行艇も太平洋横断飛行の最長コースたるサンフランシスコ、ハワイ間の飛行の場合には最大許容全備重量を37.5トンと制限されて居る結果、5時間分の燃料の予猶を持って行けるだけである。勿論このコースはラジオビーコンが完備しているから之で充分であろうと思われるが、各種の航法計器の整備、機体の試飛行、点検、乗員の身体の好調保持には実に慎重なる規則を設けて万全を期している次第である。

以上述べた様に最近3年間の飛行艇の進歩は、主として長距離定期輸送飛行機関として、安全性を増加したという事に帰する事が出来る。然し一方に於てこの事実こそは飛行艇の本質上極めて重要な発達であった事は明瞭である。

 

最近の飛行艇

以上述べた事は一般論であるが、最近の飛行艇の中でたった一つの除外例とも云うべき偉大なる成果を収めた飛行艇がある。それは前述のコンソリデーテッド31型飛行艇である。順序としてこの飛行艇の要目と性能とを掲げて見よう。

コンソリデーテッド31型飛行艇(第1図、並びに三面図参照)

要目

全幅                     33.52m

全長                     22.25m

全高                     6.70m

最大翼長              4.20m

搭載量                  8000㎏

全備重量              22600㎏

発動機                  ライト「デュープレックス・サイクロン」18気筒二重星型発動機2基、離昇馬力各2000馬力

プロペラ              ハミルトン・スタンダード・ハイドロマチック・プロペラ、三翼、直径4.87m

 

性能は情報まちまちで判然した所は判らないが、最大速度実に400㎞/h、航続距離は乗客28人を乗せた場合に6400㎞以上であるとのことである。

本飛行艇はコンソリデーテッド会社が社内試作機として製作し、設計製作を僅かに10カ月を以て完了し、本年5月5日最初の試飛行を行ったものである。軍用飛行艇としては哨戒爆撃用であり、昼間旅客輸送用としては52人の乗客を、夜間旅客輸送用、或は北大西洋横断用としては25人の寝台を取付ける事が出来る。乗員は操縦者2人、機関士1人、無線手1人、航空士1人、計5人である。

全機アルクラッド製で、主翼、尾翼、胴体水中部分等は全て沈頭鋲を使用して、空気力学的の性能と水力学性能の改良に資し、離着水の為にはロッキード14型機に取付けられて居るファウラー下げ翼を初めて飛行艇に使用した。その操作は油圧式である。翼端浮舟は第1図及び三面図に見るが如く半引込式である。艇体は二重甲板で9個の水密隔壁に区分せられて居る。また本機は初めて2000馬力と云う大出力の発動機を取付けて双発としているから空気抵抗は4発動機の場合に比し著しく小さいものと思われる。

この飛行艇の最も大きな特徴は、近時における航空力学上の最も大なる進歩を表現する、所謂「低抗力翼断面」を始めて実際に使用した事である。本機に使用している「低抗力翼断面」はデイヴィス型翼断面と名付けられているもので、翼表面の限界層が翼弦長の三分の二の点まで層流限界層であると称せられて居る。

翼表面の限界層は、普通の翼断面に於ては前縁より少し後方で既に乱流限界層となり、この為に流れの剥離が早くなり、また翼表面の摩擦抗力も著しく大きくなる。故にもし翼表面の限界層を前面に亘って、或は少なくとも後縁に相当近い所まで層流に保つことが出来れば、翼の断面抗力は著しく減少するのである。もし斯くの如き限界層の制御が可能であれば、普通の翼断面の場合の数分の一の抗力で済むのである。斯くの如き翼断面は肉が薄くて、その最厚部が普通の翼断面より後方に在るものでなければならない事は、最近判って来たのである。即ち普通の翼断面の最厚部が翼弦長の30%付近であるのに対し、40%乃至50%にその最厚部を有するのである。従って前縁部が比較的尖った形をなして居る。

斯くの如き翼断面の風洞実験は乱れの少ない風洞で行わなければならない。何となれば乱れの相当に多い風洞では翼表面の限界層は速やかに層流より乱流に移るからである。故に特殊の乱れの少ない風洞か、或は乱れの最も少ない大気中で試験しなければならない。これに加うるに寸法効果の問題があって、斯くの如き低抗力翼の研究はなかなか簡単ではない。この問題は最近米国のNACAで取上げられて、現在も盛んに研究中であり、詳細は発表されて居ない。然しドイツに於て数年前、最も入念に仕上げられた表面を有する翼の実物飛行試験を行って、この場合に著しく空気抗力が低下する事を発表した事があり、最近の「低抗力翼」の研究の端緒を作り、最近はドイツでも乱れの少ない風洞に於ける実験を行って米国の実験結果として比較しているから、低抗力翼の研究はドイツでも行われて居るものと考えられるのである。何れにしても本機はNACAの研究とは別個に、同じ考えを以て設計された翼断面を使用し、このために空気抗力が著しく減じ(翼の抗力は飛行艇全体の抗力の大きな部分を占める)従って速度が著しく増加して居る。ある雑誌には最高速度576㎞/h、巡航速度450㎞/hと報ぜられているが、大体に於て上述の如く400㎞/h程度と判断して置けば問題無いようである。何れにしても「低抗力翼」の採用によって飛行艇としては画期的な高性能が期待されるのである。本機の翼の前後が尖っており、薄翼である事は第1図からも良く観取される。

また本機は前述の如くファウラー下げ翼を用いて225㎏/㎡という大きな翼面荷重を持たせているが、この値も若しこれが事実とすれば、飛行艇としても陸上機としても画期的なものである。

この飛行艇の判然した資料は未だ入っていないので、確たる事は判らないが、最近の飛行艇の中で最も興味のあるものである。

次に最近の主なる飛行艇を順次に検討して見よう。先ず米国の飛行艇で筆者の印象に残っているものは、ボーイング314型飛行艇である。筆者が昨年11月シアトルのボーイング飛行機会社を訪ねた時に、第一台目のボーイング314型飛行艇が出来上り、ワシントン湖で最初の試験飛行を終了した直後であった。この飛行艇はパン・アメリカン・エアウェイスの北大西洋横断飛行、及び太平洋横断飛行のために製作されたものであるが、本年に入ってこの飛行艇による、サンフランシスコ、ハワイ、ミッドウェー島、ウエーク島、グアム島、マニラ、マカオ、香港間の定期飛行は既に開始され、また北大西洋横断定期飛行(ニューヨーク州ポートワシントン、アゾレス群島ホルタ、アイルランド・フォリン、リスボン、マルセイユ等寄港)の試験飛行を行った。尤も試飛行の時はワシントン湖で水上安定が悪い為に、傾いて翼端を水につけたり、また空中の横安定が不十分な為に一枚であった安定板を二枚に増加し、更に三枚にしたり、滑水の際の欠点を除く為に滑水鰭の角度を変更したり、相当大きな改修をやって漸く満足になった様であり、筆者がボーイングを訪ねた時には製作中の6台の飛行艇の尾翼の外鈑を全部剥して大改修をやって居り、出来上った二台の飛行艇は滑水鰭の角度を直した所であった。

本飛行艇(第2図参照)の要目性能は次の如くである。

要目

翼幅                     46.36m

全長                     33.24m

自重                     21930㎏

搭載量                  15530㎏

全備重量              37460㎏

性能

最大速度              322㎞/h

巡航速度              280㎞/h

最小速度              113㎞/h

実用上昇限度       4870m

航続距離              6400㎞(乗員40名の場合)

発動機はライト・サイクロン空気冷式二重星型14気筒1500馬力発動機4台である。本飛行艇の構造、及びその他飛行艇を使用している太平洋横断飛行の現状は、紙面にも限りがあるから割愛しよう。ただ内部の構造については第3図を参照されたい。この外米国にはコンソリデーテッド28型商業用飛行艇及びマーチン哨戒飛行艇がある。

次に最近のドイツの飛行艇としてはドルニエDo24型及び同じくDo26型飛行艇を挙げる事が出来る。前者はドイツ空軍に使用されている耐波性の高い全金属製軍用飛行艇であって、その要目性能は次の如くである。

ドルニエDo24型飛行艇(第4図)

要目

翼幅                     27.00m

全長                     22.00m

全高                     5.45m

主翼面積              108.00㎡

全備重量              18500㎏

性能

最大速度              315㎞/h乃至340㎞/h(発動機の馬力は700乃至900馬力、三発)

航続距離              3500㎞以上

 

次に最近のドルニエ会社の傑作であるDo26型輸送用飛行艇の要目性能を述べよう。

ドルニエDo26型飛行艇(第5図、第6図)

要目

翼幅                     30.0m

全長                     24.5m

全高                     6.85m

主翼面積              120.0㎡

自重                     10200㎏

搭載量                  9800㎏

全備重量              20000㎏

郵便物搭載量       900㎏

性能

最大速度              335㎞/h

巡航速度              310㎞/h

着水読度              110㎞/h

最大航続距離       9000㎞以上

本飛行艇はユンカース・ユモ205E型ディーゼル発動機4台を2台宛二組串型に主翼上に配置し、離水滑走の際は後部発動機はその延長軸を覆いと共に10度上方に傾け、プロペラに掛る水沫を避ける様にして居る点、また側方浮舟が完全引込である点(第7図)等が極めて新しい点である。その航続距離も、ディーゼル発動機の使用によって、現在の飛行艇中最大の航続距離を有する。また本飛行艇はドイツの多年経験を積んだ母船からの射出器による発射を考え、全備重量で発射し得る様に設計されている。この飛行艇に関しては相当詳しい記事が既に我国にも紹介されて居るし、紙面にも限りがあるのでこの位に止めて置こう。

 

次に簡単に英仏の最近の飛行艇を調べて見よう。

英国の最近の飛行艇はショート・サンダーランド飛行艇(第8図)、ショートG級ゴールドン・ハインド(第9図)、サンダースロー・ラーウィック(第10図)等である。サンダーランド型飛行艇は880馬力ブリストル・ペガサス星型空気冷発動機4基を装備した哨戒飛行艇であり、ゴールドン・ハインド飛行艇はG級飛行艇の第一号としてブリティッシュ・オーバーシーズ・コーポレーションの大西洋横断定期飛行に使用する為に製作された旅客輸送用飛行艇である。全金属製でブリストル・ハーキュレスⅣ型空気冷式1375馬力発動機4基を装備し、その要目、性能は次の如くである。

ショート・ゴールドン・ハインド飛行艇

要目

翼幅                     41m

全長                     34m

全高                     12.35m

主翼面積              201㎡

自重                     17100㎏

全備重量              33340㎏

翼面荷重              166㎏/㎡

馬力荷重              6.1㎏/馬力

性能

最大速度              336㎞/h(高度1870m)

巡航速度              280~290㎞/h(高度1524m)

航続距離              4000㎞(高度1524m、向風64㎞/hに於て)

 

正に米国のボーイング314型飛行艇に対抗する飛行艇であり、英国に於て現在までに作られた最大の飛行艇である。この飛行艇により、散々失敗を重ねたショート・エンパイヤ級飛行艇以来の恥を雪ぐ事を得るか否か実に見物である。

最後にサンダース・ロー・ラーウィック哨戒爆撃用飛行艇はブリストル・ハーキュレス二重星型空気冷1375馬力2基を装備し、機関砲を有する新しい飛行艇であるが、その性能は発表されて居ない。要目は翼幅24.4m、全長19m、全高6mである。

英国のこれらの飛行艇は何れも固定型翼端浮舟を有し、何れもコンソリデーテッド31型と相似た艇体を有する。最近斯くの如きブロック係数の大きな艇体が流行し出したのは滑水性能の点もあるが、空気抵抗を少なくするための努力の結果ではないかと思われる。

仏国の飛行艇中優秀なものは、リオレ・オリヴィエLeo H246型旅客輸送用飛行艇(全備重量16280㎏、イスパノスイザ12Xrs1型発動機4基装備、旅客28人、最大速度、高度2400mに於て335㎞/h、航続距離1500㎞)、同じくLeo H47型太平洋横断旅客輸送用飛行艇(全備重量20500㎏、イスパノスイザ12Y型発動機4基装備、最大速度、高度2500mに於て360㎞/h、航続距離4000㎞)、及びポテー141型飛行艇(全備重量23100㎏、イスパノスイザ12Y型960馬力発動機4基装備、最大速度320㎞/h)等がある。

またこの外建造中、計画中のものには相当大型のものもあるが、今回はこれだけに止めて置こう。

以上で簡単ではあるが紙面にも限りがあるから筆を擱く事にするが、最後に飛行艇の将来に就いて一言しよう。

 

飛行艇の将来

飛行艇の全備重量は将来益々増大し、これと共に航続距離と搭載量を増大し、大洋横断長距離飛行が益々安全になるであろうと思われる。昨年米国のパン・アメリカン・エアウェイスで仕様書を出し、米国の八大会社から大洋横断用100人乗飛行艇の設計を募集した事は、諸君の記憶に新たな事であろう。その後、この結果はどうなったか判然としないが、もしこの計画が実現すれば、太平洋横断定期飛行に一新紀元を画するであろう。と云うのは、この仕様書は飛行艇と特に断らず、大洋横断用飛行機となって居るからである。現にパン・アメリカン・エアウェイスはボーイング亜成層圏飛行機ストラトライナーを314型飛行艇と併用して大西洋横断定期飛行に使用する事を考えて居るとの事であり、将来高速の成層圏飛行が可能となった場合には、飛行艇が現在の如き状態では陸上機に置き換えられる可能性がある。また飛行艇が益々大型化すると共に、構造材料の鋼、特にステンレス鋼への転換が真面目に考えられる様になるであろう。セバスキーのパンアメリカンの100人乗飛行機に対する設計は、ステンレス鋼の電気点溶接で組立てられた浮舟型水上機であり、浮舟は引込式で空中では胴体と一体になって飛行機の如き形をとる様になって居る。

(14・12・7)