昭和11年1月 最近に於ける飛行艇の進歩

航空研究所所員

山本峰雄

  • 1        はしがき

米国のパンナム航空輸送会社の太平洋横断飛行準備は、シコルスキーS42型飛行艇に依り、旧年中4回に亘って試験飛行を無事終了し、10月24日には米国政府の太平洋郵便航空路請負契約が、同会社に無競争で落札した。同契約の内容は航空路をサンフランシスコ、ホノルル、マニラ、広東として1週一回の定期飛行を行う事、請負料金は最初の800ポンドまで1マイルにつき最高2ドル、これ以上は1000ポンドにつき1マイルに対し1ドルとし、将来旅客飛行をするものとし、契約期間を10ヵ年とす、と云うのであって、これに依って米国の太平洋横断定期飛行が愈々本年より具体化する事となった。同会社はこの太平洋航路に使用する為に、さきにグレンエンマーチン会社に命じて、全備重量23125㎏、最大速度290㎞/h、航続距離6440㎞と云う優秀なる大型飛行艇マーチン130型機を製作せしめ、その試験飛行はマーチン会社の手に依り行われつつあったが、その成績が良好であったので、愈々去る11月初旬、最後の試験飛行として、マイアミと南米アカプルコまで25時間往復無着水飛行を行い、同月11日正式にマーチン会社よりパンナム航空輸送会社に引渡された。同機はパンナム航空輸送会社が南米航空路に於てシコルスキーS38型飛行艇、同S40型、同じくS42型飛行艇に依って蒐積した、尊い飛行艇運航上の経験を折込んだ厳格なる仕様書に依って作られたものであって、その性能は云うに及ばず、耐波性、水上安定その他、実際運用上の性能の優秀なる事が想像されるのである。この飛行艇は支那行の快速艇という意味でチャイナクリッパーと称されて居るが、この飛行艇に依って、この数年間懸案となり、万人の、特に我国人の注目して居た太平洋横断飛行が可能となったのである。

同会社は上記の試験飛行に先立ち、ミッドウェー島、ウエーク島、グアム島等に飛行基地を設備し、人員、器材、燃料、食料を配布したが、更に米国はハワイ群島の南160㎞にあるジャーヴィス島及び南西3400㎞に存在する二つの無名島を昨年春頃より占拠して、気象観測、地図製作を行いつつあり、将来はこれ等の島と米領サモアとを利用してサンフランシスコ、広東間航空路の支線としてオーストラリア、ニュージーランドに至る航空路を開拓せんとして居る。これ等の航空路及びその基地は、戦時の際には直ちに軍用飛行艇の根拠地として使用し得るもので、我が所謂、南方生命線を脅かすものである事は、今更云うまでも無い事である。

一方我国に於ても、遅まき且つ貧弱ではあるが、いよいよ南洋航空路及びハワイ航空路の予算が大蔵省を通過して、太平洋に乗出す礎石が築かれんとするに至っている。即ち本年は太平洋の空が漸く活気づいて来る年である。この時機に当り、太平洋横断飛行に関連する最近の飛行艇の進歩について一文を草するのも無駄では無いと考える。

 

  • 2        最近の飛行艇に於ける航空力学方面の進歩

現在世界の諸国中、最も飛行艇に力を入れて、之が研究製作を盛んに行って居るものは、英米二国を始めとして、イタリア、フランス、及び日本であるが、発表された文献で知り得る限りでは、米国の飛行艇が最近に於いては最も進歩して居ると云える。即ちその構造、性能共に米国の飛行艇は、英、仏、伊の飛行艇に比して、一歩を先んじて居る。我国では非軍事用飛行艇は殆んど無きに等しく、軍用機の最近のものの資料は知るべくもない。

元来飛行艇と云うものは、陸上機に比して性能が悪いものと相場が定まって居る。これは先ず第一に、その機体が普通飛行機の胴体の如く空気抵抗の最も少ない、良好なる流線型をとる事が不可能で、その底面は着水衝撃を緩和する為にV字型に作り、なお離水を容易にするために、段と称する底面の不連続を付し、且つ中型及び大型飛行艇では殆んど全てが前後二個の段を持っている。更に水上の滑走中の横の安定を良くする為に、縦方向の凸起を底に付け、また水上滑走中及び着水の際に、水の飛沫や波が艇体の外側上部に直接かからぬ様、飛沫除けを底面の両側の隅に付け、大洋で運航するものは尾部に高い波が掛って、尾部殊に尾部を水中に没する事を防ぐ為に、尾部を高く上に曲げなければならない。この極端な例は、シコルスキーS40型飛行艇(第1図)で短い艇体の後部に尾部架構を取付けて、尾部を支えて居る。更に飛行艇艇体は飛行艇が単艇型であれば艇体はそれ自身、水上に於て不安定であるから、補艇体の左右に近く比較的大型の補助浮舟を一個宛付けるか、或は左右の翼端に比較的小型の翼端浮舟をつける。或は艇体の左右から滑水鰭と称する翼型断面を有する翼状の面を張出すか、然らざれば双艇型、即ち艇体二個を左右に並べた型式を採用しなければならない。これ等は何れも飛行艇が水上に静止して居る場合、或は水上滑走の比較的速度の小なる際を除いて不用であるから、陸上機の脚よりも余程不経済な邪魔物である。ところが補助浮舟及び翼端浮舟は、それぞれ主翼、或は主翼と艇体とに支柱と張線等で適当に取付けなければならないが、ここにまた一つの困難がある。それは飛行艇ではプロペラが水の飛沫を打って、この先端に損傷を起すので、プロペラ翼端と水との間隔をある程度離す為に、プロペラ即ち発動機を上に上げなければならないから、浮舟と翼との間の結合用支柱は相当長くなるのである。これは特に単葉型飛行艇の場合に於て著しい。のみならず、発動機を上に上げる為に機体の重心が上に行って、水上安定を適度に保つ為には浮舟、或は滑水鰭の大きさを増さなければならぬ。而して浮舟の引込みは、その容積が大なる為に全く不可能である。なお単葉機飛行艇では、どうしても高翼単葉とする外に方法が無いが、特に単発動機の比較的小型の飛行艇では、発動機を翼上高く支柱で支えるか、或は主翼に発動機を付けたまま、これを高く上に上げて艇体と翼との間に間隔を作るか、或は艇体に近い主翼の部分に大なる上反角を与えるかである。前者ではフェアチャイルド飛行艇型水陸両用機(第2図)に於けるが如く、余程注意して主翼と発動機ナセルとの間に整形を行わないと、主翼と発動機ナセルとの干渉により非常に空気抵抗が増大するし、後者の場合には主翼と艇体との間に連絡部を設け、且つ主翼は翼支柱で支えた半片持式となるのである。第3図はこの種の飛行艇の一例で、最近ドイツで作られたドルニエ18型飛行艇であって、第4図はパンナム航空輸送会社が南米航空路に使用して居るシコルスキーS42型飛行艇である。また第5図は主翼の付根に大なる上反角をつけたショートナックルダスター飛行艇である。これらの取付用支柱張線その他連絡部は、特にその取付部の整形及び相対的の位置をよほど注意しないと、相互の航空力学的干渉によって、空気抵抗を非常に増大するものである。

更に飛行艇の不利な点は、その性能を向上させる最も有効な手段である翼面荷重、即ち主翼の面積1平米当りの全備重量を大きくする事が不可能な事である。これは翼面荷重を大きくすると着水速度が大きくなって、艇体に掛る水の衝撃が大きくなる事と、離水速度が大きくなって、離水までの時間が大きくなり、従ってその間種々な危険に遭遇する公算が増して来るからである。艇体の水抵抗は或る滑水速度までは急激に増加して極大値に達し、それから先は、主として主翼の揚力で艇体も水中から幾分宛抜出して行くために減少し、離水速度では零となるのである。この極大抵抗を水上限界抵抗と称し、その速度を水上限界速度と云って居る。然るに飛行艇の空気抵抗はほぼ速度の自乗に比例して増加する。ここに於て翼面荷重、即ち離水速度の大なる飛行艇では離水速度の近くで空気抵抗の為に第二の限界速度が出て、このために余剰推力が少なくなって離水を困難にする。

以上の理由に依り、飛行艇は陸上機に比し先天的に不利な地位に置かれて居るのである。然しながら各国に於てこれ等の不利を打開して、優秀なる飛行艇を作らんとする努力は不断に払われて居て、飛行艇の性能も漸次改良されつつある。殊に最近陸上機方面に各種の新装置、新設計を実用化して大飛躍を遂げた米国では、飛行艇に於ても最近二三年間に真に驚くべき飛躍を行った。この飛躍は近年に於ける画期的の出来事と云ってよい。その方向は勿論上記の不利の打開である。以下順を追ってこれを説明しよう。

先ず飛行艇の艇体の形では、艇首部の甲板を少しく下げて、その先端を丸くすると共に、比較的に太短い艇体を使用すると共に其の艇体の形をよくして、空気抵抗の減少を計っている。勿論これと同時に水上性能のよい、而して空気抵抗の少ない底面の形が研究されて来て居る。艇体の長さと最大幅の比は、最近の飛行艇では4,5乃至6であって、5付近のものが最も多い。而して艇体の底面を研究して、特に大きな飛沫除けを付けなくても、底隅に小さな鈑をつけて飛沫を除けるか、底面の形を研究して底隅の近くの底面を水平にして、飛沫除けを省く等である。第6図はマーチン130型飛行艇の艇体断面を示す肋材で、この場合には更に端を下に曲げて其の特徴をあらわして居る。而して最近はシコルスキーS40型に見るが如き尾部架構は漸次影をひそめ、尾部の形を適当に工夫して、全体の形を崩すこと無くして尾部を上に上げて居る。この点は実際運航上の経験と風洞試験を結合して得られた結果である。

次に翼端或は補助浮舟であるが、補助浮舟は艇体に近い為に、その容積が大きくなければならないので、その空気抵抗が大きいが、水上滑走中、或は波の衝撃に依って翼に加わる力を考えると、翼端浮舟に比して、その取付の強さが大きい点に利益があり、特に半片持単葉の場合には取付けが楽である。

翼端浮舟は艇体との距離が大である関係から、容積が小さくて済むから空気抵抗が小なる利益があって、性能向上の上から望ましい。翼端浮舟は取付が相当困難であり、且つこれに水の衝撃が加わった場合に大なる荷重がかかる心配がある。最近は性能向上の見地から翼端浮舟が用いられる傾向があり、半片持単葉でも浮舟をなるべく外側に持って行く事に努めて居る。シコルスキーS42型機(第4図)は此の例である。滑水鰭はドルニエが始めたものであるが、これは断面を翼型にする事が出来る為に、飛行機は空気の揚力を受け、滑水鰭は水の揚力に依って離水を助ける長所があり、旧いドルニエの飛行艇に於ける如く翼断面の後縁を切断した形ではなく、最近の米国のマーチン130型の如く、ほぼ完全な翼断面を有するものとすれば、空気抵抗も少なく且つ浮舟の如く支柱張線等を必要としない点に非常に長所があるので、最近のドルニエ18型飛行艇(第3図)、マーチン130型飛行艇でも、これを採用して居る。

昨年10月15日、嘗てコンソリデーテッドP2Y-1型飛行艇6機を率いてサンフランシスコ、ハワイ間の編隊飛行に成功した米国海軍のマックヂニス大佐は、コンソリデーテッド会社の新造XP3Y-1型飛行艇でパナマ運河地帯のココソロよりサンフランシスコまで無着陸飛行に成功して、水上機の直線航続距離記録5450㎞及び折線航続距離記録5630㎞を樹立したが、同飛行に使用したXP3Y-7型飛行艇は第7図に示す如く半片持単葉飛行艇で、その翼端浮舟は飛行中外上方に上げて翼端部を形成し、空中では浮舟空気抵抗が全く無いと同様になる様な巧妙な設計である。斯くの如くすれば、その空気抵抗の減少は驚くべきものがある事は、ちょうど陸上機に於ける引込脚と同様である。これは現在ある中の最も有効なる浮舟の処理法である。この飛行艇はその前身であるP2Y-1型飛行艇に比すれば、翼組の簡単化、艇体の形の改良と此の翼端浮舟の処置に依り著しく性能が高められて居る事は明らかである。本機は昨年7月米国海軍から60機の注文を受けて居る。

浮舟の翼内引込は現在のところ全然無いが、フェアチャイルド水陸両用機では浮舟の支柱を翼内に引込み、浮舟を翼の下面につける方法を採用して居る(第8図)が、この方法も支柱とその干渉抵抗を減ずる点で極めて適当な方法である。この飛行艇では更にまた着陸装置を艇体側面に尾部着陸装置を艇体下面に引込む様にして居る。斯くして飛行艇に比して更に不利な水陸両用機の欠点を除いて居る。

近年星型発動機ナセルと主翼との最良の取付位置がアメリカのNACAで研究されて、主翼前縁部に取付ける適当な方法が発見され、陸上機と云わず飛行艇と云わず、殆んどこの型式を採用して来た。従ってP3Y-1型飛行艇、或はマーチン130型飛行艇の如く、主翼を高く上げる必要を生じ、主翼と艇体との間の連絡が必要になって来たが、これは流線型断面の塔の形をしたものが採用されて、空気抵抗と干渉抵抗を減じている。

単発動機型、或は串型発動機配置の場合では、艇体とプロペラとの間の間隔を適当にする為には、勢い発動機を主翼上に置かなければならないが、この場合にはフェアチャイルド水陸両用機の如く、ナセルと翼との結合を注意して整形されたものが現われている。この発動機ナセルと翼との接合部の整形については、風洞に於て極めて慎重な風洞実験を行い、その結果、この部分の抵抗を非常に減ずる事が出来たのである。

以上述べた外に、空気抵抗減少の為の一般手段として、主翼は従来の複葉の支柱張線の多い型式から半片持単葉翼に漸次変化しつつある。然しながら片持翼はショート・ナックルダスター及びフェアチャイルド水陸両用機を除き、全く見受けられない。この理由は前述の如く、プロペラと水面、或は艇体との間の間隔を適当に保つ為に、主翼を艇体と離す事が必要な為に、艇体と主翼との強固な取付が不可能である為で、ナックルダスターの如く大なる上反角を付けるか、或は発動機を翼上に上げるかしたものの外は片持単葉を採用する事は不可能である。然しながら片持単葉翼は空気抵抗の少ない点から見て有利であるから、将来は片持翼型飛行艇が研究されるであろう。主翼を挙げて半片持として主翼前縁に発動機を付けるか、或は片持翼として発動機を翼上にあげるか何れが利益であるかは余程慎重に各々の場合に当って研究して見なければならない。特に重量の問題を同時に考えなければならないが、シコルスキーはS40型では半片持の方が薄翼を使用出来るから空気抵抗が少ないと云って居る。

飛行艇の主翼の縦横比は最近殊に米国の飛行艇に於て著しく大きくなって来た。主翼の縦横比を大きくして翼の誘導抵抗を減ずる事は、近年の一般の傾向であるが、飛行艇では他の方向に於て空気抵抗が大なる先天的の欠点があるから、これを主翼の縦横比でカバーしようとする傾向が充分看取される。主翼の縦横比を大きく取る事は空気抵抗の減少、揚抗比の増加、即ち速度と航続距離の増加を意味し、これ等は共に飛行機、特に後者は大型飛行艇の特質として望ましいものである。

その他空気抵抗減少の方法として、最近は飛行艇に於ても、一般飛行機の如く沈頭鋲を使用する傾向になって来た。艇体では空気抵抗の外に水上滑走中の水抵抗は、沈頭鋲の仕様に依り著しく減ずるものと考えられる。

 

  • 3        最近の飛行艇の特性に就いて

以上の如き各種の改良を行った最近の飛行艇の特質は如何なるものであるかを述べよう。

飛行艇はその性質上大抵の場合、長距離飛行を目標として設計されるから、搭載量を大きくする必要があるので、その全備重量を大きくしなければならなくなって来る。最近製作されるものは大洋横断を目標として居るから、何れも大型である。勿論小なるものでは全備重量4360㎏のフェアチャイルド水陸両用飛行艇、或はイタリアのカントZ501型飛行艇の如く全備重量5500㎏のものもあるが、大部分は8000㎏以上の大型であって、殊にラテコエール521型飛行艇の如きは、全備重量37000㎏の大型である。同機はエールフランス会社の旅客輸送用飛行艇として30名の旅客を乗せて5000㎞の距離を翔破出来る優秀機で、南大西洋横断定期旅客輸送に主として使用し、なお地中海用としては72名の1200㎞の距離を翔破出来る。これに次ぐものはショートサラファンド型哨戒用飛行艇で、これも全備重量31770㎏の大型である。

最近、太平洋横断飛行用として出来たマーチン130型機は全備重量23125㎏であって、乗客46人を乗せて6440㎞の大なる航続距離を有する優秀なものである。

その他最近出来た大部分の飛行艇は何れも全備重量10000㎏を越すものが多い。

斯くの如き大型のものでは700乃至800馬力級の発動機3台乃至6台を装備して居る。その最大速度はシコルスキーS43型水陸両用飛行艇の322㎞/hを最も優秀なるものとし、同じくS42型300㎞/h及びマーチン130型機の290㎞/hがこれに次いで居る。従ってその巡航速度はそれぞれ300㎞/h、275㎞/h、及び263㎞/hになって居る。

即ちこれ等大型飛行艇は何れも同じ全備重量の大型陸上機に比すれば同等であって、その最も優秀なものは遥かにこれを凌駕している現状である。これは極最近、即ちこの一、二年間に米国で出来た飛行艇である。

英国、仏国の飛行艇では最大速度及び巡航速度は何れも之より遥かに劣り、ラテコエール521型飛行艇、及びイタリアのカントZ501型飛行艇が最大速度260㎞/h、巡航220乃至230㎞/hを出して居る外は、英国の最新型飛行艇を始めとしてその他の諸国のものは何れも最大速度240㎞/h、巡航速度200㎞/h程度である。その他の飛行艇及び米国に於ても、コンソリデーテッドP2Y-1型、ホールXP2H-1型等は何れも最大速度が200乃至210㎞/h程度である。

上記の米国の最新の飛行艇の性能の優秀なる事には理由があるのであって、その特徴は発動機ナセルの良好なる位置の選択、半片持翼の採用、薄い断面の翼の使用、各部の整形、翼端浮舟の支柱引込、気流にさらされる部分の減少、沈頭鋲の使用等、細部に極度の注意を払ってあるのみならず、その主翼の縦横比は極めて大である。即ち従来の飛行艇の主翼の縦横比は大部分6乃至7の間にあったが、マーチン130型では7.78、シコルスキーS40は7.48、同じくS42型及びS43型はそれぞれ9.78、及び9.47という驚くべき大なる縦横比を持って居る。

即ちシコルスキーは特に大なる縦横比を採用して居る。陸上機では、斯くの如き大なる縦横比を採用しているものは、長距離記録機くらいのものである。これが最近の飛行艇の航続距離及び速度が飛躍した一つの大きな原因である。この外に最近に於ける優秀なる飛行艇は、何れも極めて大なる翼面荷重を持って居る。マーチン130型では107.5㎏/㎡、シコルスキーS42型では実に139.7㎏/㎡、同じくS43型では110.5㎏/㎡であって、特に翼面荷重が大であるが、その他、一般に翼面荷重は、各国の飛行艇とも80㎏/㎡乃至100㎏/㎡前後になっている。この翼面荷重の増大は直接主翼の空気抵抗を減じ、速度向上に非常に役立っているのみならず、主翼面積が小さくなる為に主翼の重量が小さくて済む利点があり、なお突風に依りて飛行艇に掛る負担が小さくなる特徴がある。

以上の縦横比と翼面荷重の増大とは最近の飛行艇に現れた重大な傾向である。

これに反し馬力荷重は最近あまり小さくなって居ない。即ち従来と同様5乃至7㎏/馬力に停止して居る。

これは云うまでも無く発動機の馬力が現在では700~800馬力程度であって、且つ発動機の数を一つ増加する事は、空気抵抗の上から望ましくない場合が大部分である為に、勢い馬力荷重が停止して居るのである。もし、発動機1台の馬力が1000馬力程度になって来れば馬力荷重も減少し、空気抵抗も大して増加せず、飛行艇の速度も増加するだろう。

なお翼面荷重の増大が出来た半面には下げ翼と可変ピッチプロペラの出現を忘れてはならない。翼面荷重が増加して着水、離水速度が増加する事は飛行艇にとって極めて危険であるが、着水の方は着陸用下げ翼、即ち従来の割下げ翼(スプリットフラップ)、ザップ下げ翼等で揚力と抗力も増加し、降下角を大にし、着水速度を小にする事が出来るが、離水の時、これ等の下げ翼を着水の時と同様に使用する事は、揚力と共に抗力が増加するから、何等の効果もない。シコルスキーの飛行艇では比較的小なる角度を以て下げ翼を使用する事として効果を発揮して居る。将来はこの離水用下げ翼が飛行艇の設計上の問題となるであろう。離水に際して可変ピッチプロペラが重要な役割を演ずる事は陸上機以上であって、水上機では限界速度を突破する為に推力の余剰は出来るだけ大にしる必要があり、発動機の所謂馬力もある意味では離水の際の推力で定まるのである。最近の飛行艇の着水速度は大体100㎞/hであって、マーチン130型の如きは128㎞/hである。

 

4        最近の飛行艇の構造その他

最近の飛行艇の構造は殆んど全てが金属製となって来た。その使用材料は普通ジュラルミンから強度の大なる超ジュラルミンに移らんとし、また英国ではステンレス製の底面を有するもの、或はステンレス製骨組を有するものが現われて居る。

艇体は全て金属鈑張りであるが、主翼は羽布張りの物も見受けられる。

ジュラルミンを使用しているものは何れもアルクラッド、即ちジュラルミン或は超ジュラルミンの表面に厚さが鈑厚の約5パーセントだけ両側に純アルミニウムを被せたものであって、アルミニウムとジュラルミンとの間の電圧作用によって海水その他による腐蝕を防ぐのである。

飛行艇に於ては、尚この上に陽極処理と称する電気的の防蝕方法を行うか、或は金属塗料を一回乃至三回塗装してその完全を期している。鈑を継ぎ合わせる鋲は艇体では空気抵抗及び水抵抗を減少させる為、沈頭鋲を使用して居る。(第8図)。艇体全体の構造としては米国の飛行艇では竜骨を極めて弱いものとし、外鈑を縦通材で補強し、これによって着水衝撃等の負荷を受ける様にした、陸上機の半張殻構造構造に近いものを採用して居る。マーチン130型の如きは波型を艇体上面及び下面に張って居る。仏国や英国の飛行艇では未だに丈夫な竜骨を艇体の底の中央、或は中央と左右両側に通して居る。米国に於ける半張殻胴体の研究及びその普及に照し当然な事である。

なお飛行艇の艇体では肋材、縦通材等は何れも陸上機の場合の如く閉鎖断面を使用すると、その断面内に水がたまって材料の腐蝕を促進するので、開放断面を有するものを使用して居る。第9図は飛行艇の肋材、縦通材に使用される開放断面材の例である。主翼の構造は一般陸上機も大体同様である。次に飛行艇の離水時間は最近可変ピッチプロペラ、下げ翼の発達で、翼面荷重の増大にも拘らず著しく短縮されて来て、最近の飛行艇では20乃至30秒程度となった。

これを要するに最近の米国及び仏国、特に米国に於ける飛行艇の発達は著しいものがあり、同型の陸上機と比較して大差のない性能を具備したものが現われ、なおコンソリデーテッドP3Y-7型飛行艇の如き優秀なものが続々現れて居る。斯くの如き状態であるから、将来は飛行艇の発達と共に従来の難関とされた大洋横断定期飛行が続々着手される事と思われる。

飛行艇はその耐波性、収容力の大なる点を持って居るから性能の進歩と共に太平洋飛行の方面に於て交通文化の発達上確固たる位置を占めるであろう。

(昭和10年12月16日)