中途・留保・完

「もう秋か

 

それにしても、なぜに永遠の太陽を惜しむのか。

 

俺たちは、

 

きよらかな光に志す身ではないのか。

 

季節の上に死滅する人々から、

 

遠く

離れて。

 

 

 

なあ小林

 

まるで俺たちのためにあるような言葉だな

 

 

詩人は孤独である

 

依って、

 

我が文は 斯くして終わる

 

 

海と空に近い時間の17分で

テーマ:

逃げることも

逃げないことも

返すことも

返さないことも


「行くの?行かないの?」

「…◯◯◯。」


蒼い空に近づく。


「あなたはなぜ、ここに来たの?」

「誰かに言われて来たの?」


「僕は来たかったから、ここに来た。今なら、来ることができると思ったから。」


「あなたは何を決めて来たの?この扉を開けるのも、開けないのも自由。壊してもいいのよ。」

「それをあなたが決めたのなら。」

「これからあなたはどこへ行くの。」

 赤い色。緑色。黒い色。「君は決めることができるし、決めないこともできる。」

「決めることを決めること。決めないことを決めること。ここまで来たなら17分の猶予があります。」

「この時間で決めることができます。」


 そこは海にも空にも近い所だった。


 結局僕は、空が向き合ってくれる時間に決めることはできなかった。

 17分の間のうち、6分を懺悔に費やした。

残りの8分を、考える時間に使った。はじめの3分はその場所があることの意味の説明の時だった。


影もなく、青い空が次の機会があることを教えてくれた。

「決めたくなったらここに来ることができる」


手帳の数字に丸を書くこと。

重い足を引きずって歩いて何の処理をするか。

空に近づくには、できるだけ雲のない日が良い。

太陽にもできるだけ近づくと良い。太陽はそれを疎ましく思うほど小さな存在ではないのだから、

太々しく、利用してやれば良いのだ。

青い空は太陽の遣いの複代理人。

風も通さぬ部屋で与えられた時間に、

決めに来るのが良いと思った。


「行くの?行かないの?」

「行く。」

アルコールについて、ほとんどやめていたのだけど、

どうせなら飲む量ゼロにしたいと思ってノックビン(ジスルフィラム)を購入。

参考までに、と思いここに記録を残す。  

 

体験者 トーマ

服用期間 2週間くらい

服用以前 アルコール9%350缶ほどを寝る前に3缶飲んだりしていたくらい。

日中は飲まない。休日はたまに飲んでいた。酒を隠し持って仕事中に飲んでたとか、

手が震えてたとかはない。自分でもアル中までいっていないと思っていたがお金とかかかるし、自分だけの問題じゃなく周りの人達のためにもやめようと思った。ほぼほぼやめれていて、9%なんかもう飲んでなかった。

新主治医に「ちょっとお酒減らしたいと思ってるんですよね」と言ったが「アルコール外来に行きなさい」「ダルクでAAをしなさい」としか言われなかったので、そこまででもないなと思い

ノックビン(ジスルフィラム)を入手。

 

☆結論、結果

これまで、「酒を減らしてるんだから、1日発泡酒1本くらいにしよう」と思っていたが、

その「1本」さえ「もういいや」と思うくらい酒をやめた。

よって、ノックビン ジスルフィラムの効果は☆で表すと☆5つ虫、☆4つ。

 

☆☆☆☆ (とても効果がある)

 

☆5つでないのは、俺があくまでも自分の意志で節酒にほぼ成功できていて、

補助的にノックビン ジスルフィラムをチョイスしたということで、

本格的に、たとえばワンカップをスーツに隠し持っているような人ではないため。

 

やはり、「できれば飲みたいかな~」という意志はゼロにはならないため、

そういう人はノックビン ジスルフィラム自体をやめてしまうと思う。その点が☆4つの評価。

 

でも、普通にノックビン ジスルフィラムを飲めば(とーまは500mgを4分の1くらい朝飲んでも、夜にはもう無理だった飲めなかった)

 

 

!!!禁忌!!!

ノックビン ジスルフィラムは朝、昼、夜飲むべきだという情報があるけれど、

とうまの場合は朝飲むと、猛烈な眠気に苦慮した。

空腹だったからかもしれない。通勤前、マックで飲んだ途端、猛烈な眠気でテーブルに突っ伏してしまうほどだった。朝は避けたほうがいいと思う。昼食食べて、その後200mgくらい飲めば十分。たとえ1日飲み忘れても、ノックビン ジスルフィラムは2日や3日効果は継続するので、

飲めなくなる。

 

☆どう飲めなくなる?

9%の缶チューハイを1日1000ml飲んでいたり、バーボン、ウィスキーを普通に飲んでいても、

ノックビン ジスルフィラムをチョイスすると、たとえばガストでグラスビールを頼んだとしても、

3分の1も飲めなくなる。顔が真っ赤になり、動悸は激しく止まらなくなる。

とてもグラスビールも飲めない。

 

しかしグラスビール3分の1飲めなくなったとして、も、1時間もすれば顔真っ赤、動悸はおさまる。そこで追加して飲みたい人は少しずつ飲めばいい。俺は飲まない

 

☆なお、今では3%の「ほろよい カルピス味」も飲まない。し、飲めない。

☆昔はノンアルコールが売られていたが、法的に0.1?くらいだと「ノンアルコール」扱いということで、ノンアルでも少量のアルコールが含まれて売られていたことがあった。

 で、今は、本当にノンアルコールですよということで、0.00%と表記して売られている。

 試しに飲んでみたけれど、やっぱりちょっと顔も赤くなるし動悸もする感じがする。

 

 ということは、アルコールが微量ながらまだ入っているという結論。身体が反応しているんだから。そこに注意。

 

------------------------

さて、以下、2018年の日記から服用日記を引用する。

 

8/11

午後7時

ノックビン500mg錠剤を半分に割って飲む

これが初服用。

 

1時間後、3パーセントのカルピス味「ほろ酔い」を半分ほど飲む。

特に、異変は感じられない。

 

1時間後、1本開ける。

心なしか動悸が強くなってきたような感じがする。

しかし、薬効かとの区別はつかない。

 

1つ確かなことは、ノックビン(ジステナフィル?)をここまで覚悟して飲んだのだし、副作用のすごさも知っている。

ので、「すでにアルコールを摂取すること」いやさ、「副作用の恐ろしさ」についての恐怖心がかなりついていて、ほろよい3パーセントを飲むことさえ、怖い。

そして、これだけで「ああ、酒を飲んだ」「という満足感」を感じてしまっている。

これは9パーセントの缶チューハイ500mgを4本開けた時の「飲んだ〜」という気持ちと、なんら変わらないものである。

そしてその違いは、「飲みつぶれてぶっ倒れるか」か「自由な時間が増えるか」である。

 

1日目終了。続く。

 

翌朝起きて250mg飲む。

胸やけがする。

250mgは多いかもしれない。

3パーセントのほろよいが飲んで10時間たっても体から抜けていないとは思えないので、

たぶん薬の胸焼け。

 

 

 

----「様子がおかしい」

 

8/12 午後 6時頃

朝、250mg飲んでからは飲んでいないまま、夜。

 

スーパーで4%の第3のビールを口にする。

二口、三口ほど飲んだが……

おかしい。

妙な汗が出る。

ふたくち、みくちで、顔が熱くなってくるのがわかる。

4%を二口飲んだだけで、

酔ってる……!?

でも350缶 1本は飲む

 

--

8\13

朝、昼

500mgを割って、それぞれ125mgずつ飲む。

夜に少しまたほろよいあたりで試してみよう。

 

夜 pm6時 125mg(4分の1)割って飲む

30分後、4.5パーセントの発泡酒に口をつけてみる…

 

10分後。350缶のうち、100mgも飲んでないのに、

顔が、頭が熱い…

二日酔いのような身体の不快さは全くない。

吐き気もない。

けど、はっきりと、動悸の速さと頭、顔の熱さを感じる。

既に「酔ったな」という、満足感に近い。

 

鼓動が、どく、どく、ドク、毒、と耳に聞こえるくらいはっきり強くなってるのがわかる。

 

 

効果ははっきりある。

5パーセントの発泡酒を一缶飲もうなんて飲めるなんて、とても思えない。

 

良いのは、繰り返しになるけれど「気持ち悪い」「吐きそう」とか頭痛がひどいとかいう辛さじゃなくて(5%を少し飲んだだけだけど)

満足感。苦しさがない。

 

酒を嫌いになるというより、350缶の半分で「充分!」という満足感がある。これ以上はいいや!という。

だから後の時間を好きに使えそうな気がする。

 

8/14 9:28

朝、ノックビン125mg摂取

昨日はとうとう350缶一缶飲みきれず捨てる

 

昼、ノックビン摂取せず

夜、ノックビン摂取せず

3パーセントのほろよいカルピス味を飲む

が、飲めない…

半分も飲めない。喉の渇きが少し潤うだけ。

頭がカッカッ、動悸はドキドキ

これ以上は無理…

 

これがノックビン。

 

------------------------

以降、集まりがあればガストでグラスビールを口にすることくらいはある。

しかし、それだけ。

 

以上。

 

参考にしてもいいし、参考にしなくてもいい。(世界樹っぽい)

 

返信転送

法律用語っぽい桃太郎

昔々、あるところに兄弟姉妹の関係にない婚姻関係にあるおじいさんとおばあさんが物上代位性のない第二抵当権設定のある物件に物権を設定し賃貸借契約を締結したうえでの賃借人でした。


ある日おじいさんは永小作権を権原に、おばあさんは使用貸借契約の善管注意義務を根拠に、山へ芝刈りに行ったり洗濯をしに行きました


二級河川から大きな桃が流れて来たのでおばあさんは即時に占有を開始し平穏かつ公然にかつ善意、無過失で取得したことを第三者たる配偶者に対抗しましたが取引行為の瑕疵により即時取得は認められず物を折半しました。


桃から子供が出て来ました。

「天然果実から天然果実か!!」

小説「戦争へ行こう」

もう、とっくに、一年以上、たってたんだな…


「戦争に行こう」


 わたしのおばあちゃんは、とても昔のことを知っていて、すごいです。

 日本では昔、戦争がありました。第二次世界大戦、第一次世界大戦。

 それらについて、自由研究として、わかる限りのことを調べてくると皆に約束したので、おばあちゃんからたくさん教えてもらおうと思います。


「結弦、よく来たね、さあ、お上がりなさい」

 おばあちゃんはもう90歳を超えている。それでもしっかりしているし、身体が動かない、というようなこともない。それはとても嬉しいし、ありがたいことだと思う。


 俺は、おばあちゃんが持って来てくれたカルピスを飲みながら、さっそく話を切り出した。


「それで、戦争のことなんだけど」

「そだね。私たちはあまりお前たちに戦争の話ってしてこなかった。きっと話してもわかってもらえないだろうし、あまり戦争の話ばかりしても楽しくもないし昔のことばっかり言っても飽きるだろうと思ってたから。だから、こうして聞きに来てくれるのは、嬉しいことだよ」


「うん」


 ズズー。おかわり。


 おばあちゃんは隣の福岡で体験した話をしてくれた。

「東京は火の海とか、絨毯爆撃っていってね、それこそ、戦闘機が落とす爆弾が絨毯びっしりすきまなく埋まるくらいの間隔で爆弾を落としたんだよ」

「へぇ、あまりピンとこないや。飛行機同士ぶつからなかったのかな」

「うーん、飛行機一機一機がそのくらいの爆弾を落とせていたのね。

でもわたしは直接見たわけじゃないから、福岡の話をしてあげよう」

「うん」

 ズズー。おかわり。

「1945年、戦争も終わりに近づいていた時期、日本にはアメリカの戦闘機が来て、攻撃していたの。ソカイとか、防空壕とか、クウシュウ警報とか、聞いたことあるだろう?」

「ある!はだしのゲンで読んだ」

「そうかい。それで、ある日わたしが乗っていた電車が標的にされて、空襲を受けてしまったのね。西鉄筑紫駅列車銃撃事件、という、ひどい事件だった」


「どんなふうなの?」

「一言で言うなら、血の海、だね。ただ乗っていただけでアメリカの銃撃を受けたんだから、みんな、逃げようもなかった。70人近くが死んだんじゃなかったかねえ。200人くらい乗っていて」

「走っている電車を、上から撃ちまくったの?」

「そうだよ」

「ひどいな……。逃げる場所も、抵抗もできないのに」

「でも、それが当たり前の時代だったんだよ。だから、結弦たちは、今の時代に生きていられることをありがたいと思わないといけないね」


 おばあちゃんは、「ひどく残酷な表現」だけど、頭がもげた人がいたとか、手足が吹き飛んだとか、とにかく、戦争だけは絶対にあってはいけない。こんな悲惨なことは私たちだけで十分だ、ということを話して聞かせてくれた。


 僕、俺は率直に思ったことを聞いてみたくなった。

「おばあちゃん」

「パパは、仕事に行くのがつらくて、電車に飛び込んで死んじゃった」

「あ……、うん」

「エイギョウ、っていうのかな。ママが話してたのを聞いただけだからわからないけど、ケイヤクを取らないと叩かれたり、殴られたりしてたんだって」

「そう……だよね。悲しかったよね」

「電車の中って、ほんと、はしづめ、じゃないや、スシヅメっていうんだよね。乗り切れないくらい人が乗っているのに無理矢理押し込んで発車したりするよね。一度…見たことがあるんだ」

「……」

「あんな中に乗ってたらおかしくなっちゃうと思う。パパがよく言ってた。足が浮くって」


 ズズー。おかわり。

「おばあちゃん。パパみたいなことになる人は、珍しくないんでしょう?」

「そう、、だね、悲しいことだね」

「ヒサンなこと?」

「そう、、だね」


「嫌で嫌で仕方がなくて、自分から電車に轢かれに行くって、きっとヒサンなことだと思う。

あんなはしづめじゃない、すしづめ電車に乗らなきゃいけないなんて、僕が見た電車では目には見えなかったけど、見えない血でいっぱいだったんじゃないかな」

「パパは実際、それで死んじゃっだだし」と結弦は付け加えた。


「戦争って、たくさんの悲しい想いを引きずって生きていかなければいけないんだよね」

「そう。それに間違いはないよ」

「でも僕もママもパパがばらばらになって死んだことをずっと引きずってる。これもヒサン、な、体験、だよね」

「そうだね」

 おばあちゃんもカルピスをズズー。

「ねえ、おばあちゃん」

「うん、、」

「ヒサンな体験は、僕たちの世代が語り継いでいかなければいけないんだね」

 おばあちゃんは何も言わず、カルピスをすすった。



遠慮、甘え、借金、人に期待しない

最近になって、人に決意を表明することの大切さがわかってきたように思える。


これは例えばの話だけど、

「親戚からお金をかき集めて借金を返済した」ということがあるとする。


トーマの場合「親でもない親戚に金を無心するなんて、よくできるな……」と思っていた部分もある。


ではなぜ親しくもない(と仮定する)人からお金を借りようとして、貸してもらえるのか。


それは「厚かましさ」では足りないように思える。

厚かましいからお金を誰彼構わず貸してくれと頼むのではなく、真剣な気持ち、必死な気持ちがなければいけないと思えてきた。


多分、人生も折り返し地点を過ぎてきたということもあるのだと考える。


これまで真剣に生きてこなかったわけではない。

けれどもう一歩、踏み込まなければいけないことを自覚しなければいけない時期に来ていると思う。


一言で言えば、押しの強さということになるのかもしれない。それが生まれつき、あるいは小年期の経験で身につけてしまう人もいると思う。


けれど遠慮をしている、

遠慮ができる余裕があるのかと。気づかなければいけない時もある。


借金でも(ちなみにあかきとうまは無借金経営である)恋愛でも仕事でも、

「できたらでいいんですが、これをなんとかお願いできたら嬉しいのでなんとかひとつよろしくお願い申し上げます」と言っている余裕があるだろうか。


そんなあいまいであやふやな気持ちで望んでも誰も相手にはしてくれないだろうしそんな人には誰もついていかないだろう。


もっとはっきり断言するとするならば(断言しろよ)

人に期待をしてはいけないと考える。

期待をしては、だめだ。そうではないだろうか?

「きっとこうしてくれる(と思う)」

「こんなに困っているのだからお金を工面してくれるだろう」

と期待してはいけない。


それは甘えだとも思うし、そういう気持ちがあるのなら、気をつけて捨てなければいけないと再認識する。


ノックビンとヤフオクでついに詐欺に遭った話とその、法解釈。


ノックビンは効果の強大さの不安と、
主治医に相談を拒否されたので
(一応、1日だけくらい効果があるやつ《シアマナイドですか?》と1〜2週間くらい効果が持続するノックビンの2種があって、シアマ?ナイド?は出したことあるとか言っていた)

まだ保留。コントロールはできているし。
別に、ねえ。寝る前以外飲まないし。
「アルコールが眠剤に影響する?そんなの都市伝説だ!」くらいに言ってたけど、自分。
やはり影響は大きい。
ので、金麦500買って7時に帰宅してすぐ飲んで寝るときにはアルコール抜けるような感じで寝てるし。
今回のノックビンはそれさえもやめちゃおうっていう体なので。

たいへん感じの悪い新主治医なので、信頼できない。
「薬完璧には飲めていない」と言ったら
「なんで!?まず飲め。話はそこからだよ」言われたけど、
8種類だよ!?8種類!1日!!
ただただ指示通り通院してたらいつのまにか8種類。

昼休みとか、あります。そんな時休憩室で人前でじゃらじゃら薬の山出してゴクゴク飲んでたら、そりゃ、なんだこいつってなる。

そのあたりがわからないのか。
それは世間知らずだと思うし、8種類キッチリ規則正しく時間通りに飲めるほど、習慣強くは…ない。信頼できる先生なら、飲む。


ヤフオクはここ10年で、トータルで500取引くらいはしたと思う。一度アカウント抹消の憂き目にあったことがあるので、それとメルカリに移行してるので今使用してるアカウントの評価は200弱くらいだけど。

詐欺らしい詐欺に遭ったのは、この10年以上で初めて。

時間もないので簡潔に。
急ぎの用があったので中古PCを落札した。それが、大したPCでもないのに落札間際でかなりの競り合いになってた。
落札したらまずケーブルが入っていない。
ケーブルは別売りだと言う。
仕方がないので別に出品されていたケーブルを落札するがこれが届かない。

業者らしく、古物商許可番号が書いてあったので大阪府警に電話をして照会したところ、これが今存在しない番号。
メールアドレスにメールをしても無視。
相手の評価を見ると「とても悪い」が70以上も。1000取引中で10パーセントくらいが「悪い」「とても悪い」。

古物商番号でグーグルで調べると完全な詐欺だったらしい。

ケーブルが届いてPCが使えるなら、詐欺とは言えないので穏便に済ますつもりだけど…

古物商の許可番号?許可?認可?許可だよね。
それが実在しないとなると古物商関連法で違法だし、罰金刑にはなると思う。しかしそれを根拠に契約の取り消しが民事で当然に認められるかといえばそれはそうとも言えないのではないか。

まあ、使えればいいのだけど。
人から借りてたPCを返す代わりに買うのであって届かないとなるとその人にも迷惑がかかるわけで。事態がどう動くか。

ヤフオクの保障制度、今はお見舞い制度というらしいけれど、これは全く役に立たないようだ。
「商品が届かない場合」のみ適用とか。
5000円未満には適用しないとか。

ただし今回の事案にしてみれば、1にPCを購入して届いた。2にPC起動に必要なケーブルが届かない
のであれば、15000円のPCは届いたけれど、PCに当然に必要なケーブルが届かないのであれば1と2を併合して考慮するのが売買契約上相当ではないか。どの裁判官でもそう判断すると思う。

ノックビンに行ってみよう。


生きるのに残されている時間がそれほどあるとも思えない。

思わない。


煙草か酒かゲーム

1つ切り捨てるとしたらどれにするか。


大して迷いがあるわけでもない。未練があるわけでもない。

そう……、例えるなら

いつも7時になったら起きなければならない。

仕事があるから。

Lがあるなら9時には行かなければならないだろう。


決まった時間に、起きようと思えば、危機感は習慣となって身体に刻まれるものだ。


そのために目覚まし時計をかけたり、無茶をやったりもする。

9時に寝ようが3時に寝ようが、朝無理やり起きて身体を引きずって規則正しく電車に向かうのは、健康的とは思えない。けれど見るがいい。バス停に並ぶ人を。駅のホームを。

皆、それをやっている。そうして生きている。


なんの話?

目覚まし時計の話だ。


睡眠欲を断つ。ねじ切るための器具。


僕がノックビンに舵を切るのは、同じことだ。


たいした話じゃない。


「先生」と呼べる人は、僕には何人かしかいないけれど(人生的な意味で)、

あの先生は35歳でそれを切り捨てたという。

あの人にとっては、切り捨てるなんて言葉は相応しくないだろう。そんな大仰な意思は不要。


実のところ僕ももうそんなところまで来ている。だからこんなことをうだうだ書く必要も、それほどあるわけじゃない。


しかしそれでは日記にならないから、つらつらと書いているだけ。ウェブにはノックビンについての情報は意外にも少なく、ほぼ見当たらない。

それを書いてみるのも面白いと思った。


別に、宣言するほどのことでもない。

ただの日記。「やってみた動画」でもあるまいし。記録をつけるためのノックビンでもない。

ひょっとしたらノックビンに興味がある人にはいいかもしれませんね、というだけ。