ネフローゼ症候群がもたらしたもの

ネフローゼ症候群がもたらしたもの

ネフローゼ症候群という病気になった事により、自分自身や身の回りで起きた事とか、自分の思いとか考え方の変化などを書いてます。

前回のつづき


事件は自分が小学生にあがる頃に起きる


またいつものように親父が酔っ払って暴れてる


母、兄、自分と隣の部屋に逃げたつもりだったが

母の悲鳴が聞こえた


兄がいない!


逃げた部屋のふすまが開いていた向こうに……


兄の上にまたがる親父が

その手は兄の首にかかっているのが見えた


母は悲鳴をあげながら親父に体当たりする

自分も泣きながら親父に殴りかかったのを覚えてる


親父は酔っ払っているからすぐよろけ倒れた

兄の顔が青ざめて放心状態だったと思う


母は兄と自分を連れて

また外へ逃げ出した


この記憶は50年近く経つ今でも

鮮明に思い出す……ショボーン


でも小さかった自分はまだこれが普通の家庭だと思っていた。


が、小学生ともなれば友達とか増えて

他の家庭とは違う事に気づき始める様に


つづく

前回のつづき


保育園の出来事は前回の内容ぐらいしか思い出せず口笛


幼稚園に昇格してから


幼稚園は小学校と同じ校舎にありまして

小学生のお兄ちゃん達と登校してました


でも、兄と一緒の場面は思い出せず

兄は小学六年生のはず

その頃の兄はどうだったんだろうキョロキョロ


兄はこの家庭環境だったためか

精神的にダメージを受けていたとみられ

学校にも行けないくらいだったと聞いたことが


そこで思い出したのが、いつも兄を迎えに来ていた

大学生ぐらいのお兄さん。


いつも車で兄と同じくまらいの年代の子を連れて

車で出かけていました。


聞いた話ですが

そのお兄さんは絵画の心得があって

不登校だったり引きこもりの子供たちを募って

自分の車で色んな所に行き絵を教えていたといいます。


今では考えられないかもしれませんが

絵を通じて問題のある子供たちを預かり

精神的ケアに務めていたといいます。

確かボランティアだとかびっくり


今なら行政が行なう内容だと思いますが

その時代は……弱者は泣き寝入りでしたかね。


兄は相当親父に酷いことされていて

我慢し続けたんだろうショボーン


その頃の自分なそんな事にも気付かず

過ごしていました。


そして自分は小学生に


つづく

前回のつづき


ここからは記憶がある中から

現実に起きた事になりますキョロキョロ


その前に


母が他界してから

写真を整理していたら

幼少期の自分が数枚えー


男兄弟だったせいか

末っ子の自分は何故かロングヘアに

ピンクの服、そしてお人形さんを手にしている

のがほとんどキョロキョロ


女の子やん笑い泣き


母はどうしても女の子が欲しかったみたいで

親戚のおばちゃんによくお風呂に入れてもらった話を聞いていたんですが、「湯船につかっている時は女の子やのにね〜、あげたらち○ち○ついてるもんなー笑」

毎回言われる笑い泣き


さて本題


自分の記憶をたどり


最初は保育園ぐらい

5歳からかな


保育園いく時は送迎バスが近所まで来てくれて

それに乗って保育園に行ってました。


どちらかと言うと、ウチの場合は父から逃げるように

バスに乗り込んでいたので、母の見送りとかは基本無しでしたね口笛父を警戒してたからね〜


保育園での出来事よりよく思い出すのが

帰りはもちろん送迎バスで帰れるのですが

母も仕事で家に居ないし、父も普段は外に出ている(呑んでる)はずですが家にいたらまずいので、母の仕事終わりを待つかショボーンもしくは……


たいがい保育園で最後のひとりぼっちなんですが

兄がランドセル背負って保育園まで迎えに来てくれましたおねがい


兄はその時小学五年生


わざわざ小学校から遠回りして

毎回自分を迎えに来てくれてましたびっくり


今思えば、小学五年生って友達と一緒に帰ったり遊んだりしたい歳頃ですよね〜。


当時はそんな事考える能力が無いから、兄が来た時は嬉しくて一緒に帰ったのを覚えています。


帰ればまた父との格闘か

夜中外で過ごす毎日


そんな兄に異変がこの頃から……


つづく