決断の話 | 赤平大オフィシャルブログ「赤平大のありがとうございます」Powered by Ameba

決断の話

先日このブログで、

4日間音信不通の末
無事が確認された友人のことを書きました。


一体どうやって
友人は地震と津波を避け切ったか、

詳細が伝わって来まして、

その内容が



あまりにも奇跡的だったので!!



書きます。






友人は、結婚後、夫の仕事の都合で
昨年、釜石市に移住。

釜石市では、
夫の会社でアルバイトをしていました。



3月11日。

この日、
夫は仕事の都合で盛岡に。

友人は
いつも通り目の前に海の広がる浜町にあるオフィスへ。

(浜町は津波で壊滅)



そして、

14時46分。

M9.0の衝撃。

津波到達まで
残り20分。




オフィスで被災した友人は、
オフィスの入る三階建てビルの屋上へ避難しろと指示を受け、

屋上へ。





…ここで、一つ目の
決断の奇跡。




目の前に海の広がる土地、浜町。

ここで誰かが

『屋上でも危ないのでは?』
と判断。
(オフィスのあるビルは津波で壊滅)

そこで全員が、クルマで逃げることに。


しかしこの時、
それぞれがバラバラに避難。


友人は一人で、
自分のクルマに乗り込む。

するとすぐに、
海に近い釜石駅より手前で
大渋滞に巻き込まれる。

進まない車列の中、
東京の友人にメール。
『クルマで逃げる』

(このメールを最後に音信不通に)

釜石に移住したばかり。
土地勘の無い友人、
どの道路が逃げられる道かも分からない。
そのため、
渋滞に従うしかない。



…ここで、二つ目の
決断の奇跡。




大渋滞の道路は
片側一車線。

そのとき、
一台のパトカーがサイレンを鳴らしながら、
反対車線を猛スピードで逆走。
そして、
渋滞する道から外れ
右折。
(恐らく被災地へ向かった)



それを見た友人は、
渋滞から這い出し反対車線を逆走。

パトカーが走り去った右折路へ。

他にクルマも無く、
渋滞路から離れて行く。

(この渋滞路も津波に飲み込まれる)




通ったことの無い道。

この先、
もしかしたら海に戻ってしまうかもしれない。

一人孤独に走る友人。




ここで、

幸運。





しばらく走ると、

突き当たった道は、
見覚えのある道路。



そのまま、遠野市へ避難。




その後、
4日間の音信不通の後、
盛岡の夫と合流。


そして今日、

オフィスの上司が大槌で音信不通のため、

夫婦で大槌へ向かう。





奇跡の連続!

津波の来る
20分の間に、

一つでも、判断を迷ったり、
間違ってしまっていたら…





いま東京は、
予測不可能な大規模停電の恐れがあります。

私の今夜の仕事も、
無くなりました。


今日、
マーケット関係の友人と話をして、

日本経済の将来危機について、

共通理解に至りました。




このブログを見てくださっている皆さんに
お願いです。



関東圏の方は、

節電を!!!




日本全体では、

たくさん稼いで、
たくさん税金をおさめて、
たくさん使って、

経済を回しましょう!



もはや、

老若男女、

逃れられない危機が来てしまうかもしれません。



解決策は、
政治家でも、
お金持ちでもなく、

1億3000万人の日本人全員の
意識と行動です。




文句や不平を言うより、

前向きな言葉や行動が、

日本の危機を救います。










公約

赤平は
『東日本大震災に関わる仕事の報酬の50%を、寄付します』
東北の心は 絶対に 折れない!!


赤平大は報酬の3% をベナン共和国の子どもの教育に投資し、成果をブログで公開します。