松本人志さん~アナウンサーのお仕事① | 赤平大オフィシャルブログ「赤平大のありがとうございます」Powered by Ameba

松本人志さん~アナウンサーのお仕事①

とてつもなく衝撃を受ける記事ですね(汗)





赤平大の『ありがとうございます!!』 -image.jpg




ダウンタウンと言えば、私のようなロストジェネレーション世代にとって





神格化された芸人さんです。



松本さんの結婚観は想像できないんですが、間違いなく奥さまは素敵な方でしょうね!!







さて、ちょうどダウンタウンの松本人志さんが話題なことと、



「赤平さんはいつ頃からアナウンサーになろうと思ってたんですか?」



というメッセージでの質問をいただいたので、



「アナウンサーと松本人志さん」というテーマで書いてみます。



私的には、非常に関連があったので…








まず、「赤平は、いつ・なぜアナウンサーになろうと思ったのか」





私は大学1年~2年まで、ほぼ毎週金曜土曜はクラブに通っていました。


渋谷・六本木・青山などなど。


盛岡にいたころから音楽が好きで、


私にとっては クラブ=音楽を楽しむ場所


ところが東京では クラブ=男女の出会いの場


という色合いが濃く、けっこうショックを受けました…



とくに渋谷の某クラブで大学の同級生Fが働いていたので、その店に入り浸っていたんですが、


大学3年になって突然その同級生Fが、


「就職に強いマスコミ講座ってゼミを受けようと思うんだけど、一緒にどう?」と誘ってきた。


当時の同級生Fは、髪は銀色で直径3センチくらいのデカイピアスをつけ、


シルバーのカラーコンタクトを入れていた。




それが、真黒な髪にピアスも外し、黒い目という、純日本人になっていた。




こいつはマジだ…(汗)




焦った私の姿は、緑色のメッシュ髪でパープルのカラーコンタクト。


即、美容院に行き、日本人に戻った。







その後、運良く私と同級生Fはマスコミ講座アナウンサーコースに合格!!








アナウンサーになるための勉強を開始。



がっ!



当時の私は、アナウンサーと声優とナレーターは同じ職業だと思っていた。



広告代理店とは、新聞の折り込みチラシを入れている会社だと思っていた。



電通とは、東北電力の子会社だと思っていた!!!





アホまっさかりだ。







そんな私の本命の就職先は某洋服屋さん。





そのために面接慣れしようと思って、就職活動で一番試験が早い、




アナウンサーも受験することにした。










そこには当然のように、大きな壁があったわけです。








長文になりそうなので、分割します(笑)


以下次号へ