ある年の4月のこと、青い目をした泥まみれの子猫と出会った。その猫はそのまま我が輩の愛猫となった訳だが、それから14年余り同じ屋根の下で共に暮らした。その期間が短かったのか、永かったのかは、少々時間の感覚が鈍くなってきた昨今、過ぎ去ってしまうと実感でも今は解らない。

段ボールの箱の中で、毛布にくるまり、私の横で寝ている。目を閉じ、呼びかけても返事はなく、外観は寝ている様だ。ただ時間が経っても動くことはなく、触ると顔は冷たく、体は硬くなっている。ミーを永く養ってやったとか,飼ってあげたとは決して思わない。どちらかと云えば、一緒に暮らして貰い「ありがとう」という感謝の想いがある。私の様な強がりは一匹狼を真似して生きているが、人はそれ程心が強い生き物ではない。悩みもあり、悩めば誰かに相談したいと思い、何かに癒しを求める。ただ自分で判断し、処理し、迷ってしまう事も多い。癒しを求めても直ぐに相手が見つかる訳でもない、幸いにも私には「たかが・・」と思われるかも知れないが、ミーに随分と癒しを貰った。ミーの存在は私に取っては大きく、私には無くてはならない存在であった。ミーは外出時にはサッサと自分で車に乗り降りし、自分の帰る部屋にもさっさと戻る。呼べば私の膝の上に乗り昼寝をするなど、頭の良い犬の様な猫でした。2ヶ月前から胸に腫瘍が出来た。2週間前から食事と排便が出来なくなった。スポイドでミルクを与えていたが、飲むのがやっと・・・、動きも鈍くなり、今日は吐物を喉に詰まらせ、私の膝の上で力無く横たわってしまった。動かなくなったミーを暫く抱いていたが、体は温かく、表情は何時もと変わらなかった。今も、動くことなく私の横で寝ている。明日は庭に小さな祠を作ります。寂しくは感じてはないだろうが、人形と私の靴下とシャツを入れてあげる。毛で覆われた動物の顔は眠っている様で変わらないが、せめて顔が土で汚れない様にしてあげる。明日も世の中は何事もなかった様に続くのでしょうね!

一日が過ぎた。車にも部屋にもミーの気配はなくなった。2階の踊り場で何時も私を待っているはずなのだが、やはり居ない。振り向いても安楽椅子で寝て居る訳はない。これが現実なのでしょう。たかが猫?そんな訳はなく・・・。

今は時間が欲しいですね・・・・