こんばんは。
今回の内容については、タイトルの通り。
日頃のブログの内容からも分かるとおり、僕は世間で言うところの「おたく」です。アニメを観ることもゲームをすることも好きで、「趣味は?」と訊かれたら右のように答えるでしょう。
そして世間では「おたく」はその理解しがたい趣味・嗜好・言動から、社会不適合者の集まり・犯罪者予備軍のようなものとして興味本位から様々なニュースなどのネタにされ蔑まれ・疎まれています。
ところで、僕は趣味はアニメやゲームですが、やるべきことはすべてきちんとやっているつもりです。そして僕の友人たちも多くが「おたく」趣味のある者ばかりですが、彼らは素晴らしい人間ばかりです。
彼らは僕が困っていたり落ち込んでいるときには励ましてくれます。
僕らは他人の悪口で盛り上がることなどありません。
僕ら現実と空想の区別が付かなくなってなどいません。
おそらく、「おたく」といっても僕らのような人々ばかりです。少なくとも、僕の知っている「おたく」趣味のある人々は皆、人並み以上に良い人ばかりです。
それでも、世間は「おたく」というだけで気味悪がったり、バカにしたりします。メディアによってはまるで社会の底辺やクズであるかのような扱い方をします。
おそらく、こんな僕の訴えも見る人から見れば「おたく」が必死になって言い訳をしている。程度にしか思わないのでしょう。
一体いつからこんなことになってしまったのでしょう?アニメやゲームが好きなことが後ろめなければならないことになったのでしょう?
それに、僕がアニメやゲームを好きになったのには理由があります。僕の家は両親が共働きで(それが悪いことだなどとは断じて思いませんが)、昼間は学校に行っているから良いとしても、どうしても一人きりになる時間が多かったのです。毎日毎日家に一人ぼっちで、幼い頃の僕が楽しめるといえば、アニメやゲームしかありませんでした。
今になって考えてみると、きっと寂しかったのでしょう。それが違う方向に向いていたら、僕は「不良」になっていたのかもしれません。
そう考えると、「おたく」と「不良」はよく似ている気がします。原因も社会からの扱いも。でも不良の方々からすれば「一緒にしないでほしい」ということなのでしょうが。
何かが狂っていると思います。それが僕らの家庭環境なのか、皆さんの意識なのか、僕には判断しかねますが唯一つ確かなことは、全ての人間は異なる家に生まれて、異なる家族を持って、異なる生活をして、異なる育ち方をして、異なる価値観を持つのですから、自分と異なる人間がいるのは当たり前。そのことを認められないのは他者の存在を認められないことと同じ。それはとても寂しいことなのではないでしょうか。