(以下webを参考に)

英仏などによる“二枚舌、三枚舌”外交───

1915,10「フサイン=マクマホン協定」イギリスが、オスマン帝国の支配下にあったアラブ地域の独立と、アラブ人のパレスチナでの居住を認めた協定。メッカの太守であるフサイン・イブン・アリーとイギリスの駐エジプト高等弁務官ヘンリー・マクマホンとの間でやりとりされた書簡の中で、イギリスは対トルコ戦協力(アラブ反乱)を条件にアラブ人居住地の独立支持を約束した。

1916,5「サイクス・ピコ協定」(サイクス英国・ピコ仏=オスマン帝国領土分割)第一次世界大戦中、英仏ロ列強は油田権益などをもとにアラブ地域の分割を密約し、人工的に国境線を引いた。シリアとレバノンを仏国の委任統治領とし、パレスチナ・トランスヨルダン・メソポタミアを英国の委任統治領とした。英国はオスマン帝国のモスル、バグダッド、バスラの3州を占領し、そこに「イラク」という国家を仕立てた。

1917,11『バルフォア宣言』ユダヤ人資本家ロスチャイルルドに書簡。“シオニズム政策”をアシストする。パレスチナにおけるユダヤ人独立国家を支持。ユダヤから戦費を引き出すことが目的であった。

今の中東をめぐる不安な孤に火薬庫を埋め込んだのはフランスやイギリスやドイツの石油などを巡る権益の植民地主義だった。シリアとレバノンを仏国の委任統治領とし、パレスチナ・トランスヨルダン・メソポタミアを英国の委任統治領とした。イギリス・フランスによる新たな国家の線引きはこれらの宗教や民族の分布とはお構いなしに行われ、一つの国に民族や宗教の対立が持ち込まれた。シリアに軍隊を教えたのはフランスである。バルフォア宣言などユダヤ人ロスチャイルド家にユダヤの国家建設を提示したのに当時英国の植民地相だったチャーチルも関わっていたのではないか。

イギリス、フランスによる二枚舌、三枚舌外交。オスマン帝国の解体と共に地べたは民族分布、宗教に関係なくカリカチュアに分割され、アラビアのロレンスがアカバを目指して駱駝の背に駆け上がってゆく頃、ひそやかに熱烈にシオニズム思想と共に世界中からユダヤ人がパレスチナの地に集まり出した。またメソポタミアの北方には彷徨える数千万ほどのクルド人が独立の機会なくほおって置かれた。

(「シオニズム」は1900年頃から)

 

1920,8「サイクス・ピコ」実行、「バルフォア宣言」確認───を講和内容として『セーブル条約』としてオスマントルコに押し付けた。オスマントルコの事実上の解体に対してスルタン・メフメト6世は、連合国による一身の安全と財産保証を秘密条件としてセーヴル条約に調印してしまった。

ムスタファ・ケマルの国民決起。ギリシャ戦勝利、スルタン政府軍にも勝利。国民議会による「スルタン制」廃止、オスマン帝国は滅亡し、セーブル条約は破棄された。1923,7新たな講和条約『ローザンヌ条約』領土回復、現在のトルコの版図になった。ケマル・パシャの“世俗主義改革”。ただセーブル条約ではクルド人自治区の設置が謳われていたが(クルディスタン建国のための地域を制定する)、あらたに結ばれたローザンヌ条約で無効となり、居住の領域がイラク、トルコ、イラン、シリアの国境で分断された。彷徨えるクルド人 の問題が引き起こされることとなった。

帝国なんてなんでもして仕舞う。国家を持たない最大の民族クルド人は第一次大戦後「セーブル条約」によって一旦は建国の地を得られるかにみえたがトルコ共和国の建国「ローザンヌ条約」で前条約は破棄された。第二次世界大戦後は、イラン北西部に勢力を伸ばしたソ連の支援によって、1946年に「クルディスタン共和国」が独立したが、産油地域であったためにイギリス・アメリカが干渉し、ソ連も撤退したため、新国家は一年も持たず崩壊、イランに攻め込まれて大統領は広場で絞首刑にされて終わった。

 

“死の縁を覗く”クルド人は勇猛果敢な民で有名である。

1991「湾岸戦争」ではフセイン打倒で米国にけしかけられた。

2011シリア内乱、IS跋扈。

クルド兵はシリア北部のISを排除。

しかし、米国に利用されるままになった。

 

中東に埋め込まれた“火薬庫”。

直線で曳かれた国境線。

不自然な形で生まれた人工国家たち。

ただ第2次大戦後、世界はまだ80年も経っていない。

 

正月からぼくはずっと夢を見ている。

ぼくはウクライナのドンパスからヘルソンに向かって、

新たな中立、人工国家が出来ないものか夢想してゐる。

ガザ・パレスチナ国家とかクルド人国家とか、ロマ人とか、

世界で虐げられて国家を持てない民族による国家である。

もちろん前提としてウクライナ国民による全土投票が必要である。

敵国人をミンチにしても気が収まらないほどに憎しみが昂じている以上、

たとえウクライナがロシアを完全自国領土から排除できたとしても、

もはや国境を接したままで暮らしていくことは難しい。

みんなこのまま戦い続けて死にたくなんかないさ。

「中立」「非ナチ化」がプーチンの云ふところである。

振り上げたこぶしをここいらで降ろさせる。

中立な人工国家を創生できないか。

 

倉石智證