ぼくたちはほんたうにいい大人たちなんだからほんたうに選ばなければいけません。ぼくたちはあらん限りの感受性でもって選び取らなければいけません。ほんたうにぼくたちは責任を以って選ぶのです。あの原発のことばかりでなく、「3.11」では津波に、自分自身さへも選べなかった大勢の不慮の人たちがゐたのですから、そしてまた世界には、とんでもない災厄がすぐ自身の隣に在って、でも遁れがたく、さうした自分たちの運命さへも選び難い人たちがひしめいていて、だから私たちはほんたうに選び取らなければいけない。

 

たとへば、きっと世界の半分以上の人たちは戦争は嫌いで、争いごとではなく平和を望んでいるのであって、では、その人たちが戦争を心底嫌いな指導者を押し立てて選べばいいのであって、その指導者たちは絶対戦争はしないと約束する。戦争があるかも知れないことに血道を上げるのではなく、戦争をしないために死ぬほどの決意を維持し、そのためのことを実行し続ける人を選び取るのです。すると世界にある日突然、平和が訪れるのです。

 

世界の軍事費はおよそ年間180兆円と云ふことです。南ニ死ニサウナ人アレバ/行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ/北ニケンクヮヤソショウガアレバ/ ツマラナイカラヤメロトイヒ…180兆円のうち100兆円だけでも、いやそれも毎年、世界の教育や医療や環境や貧困のために毎年使われたら、いったい世界にどんな生産性の爆発をもたらすのでせうね。

分かり易く云へば、たとへばの話し、米国の半数以上の人たちが銃のないアメリカを望み、銃の全くないアメリカを公約とする大統領を選べばいい。「デーモス」と「クラティア」───(こいねが)はくば原初のデモクラシーを願うばかりです。素朴にして基本、デーモス(人民)とクラティア(権力)が乖離することなくガバナンスされること。正しく民衆の意見が政治と云ふ負託された権力に寸分もなく反映、代行されること。それらが今の時代こそまさに逐一実行されなければならないのではないでょうか。

 

東日本大震災の避難者はなお7.3万人、フクシマは県外に3.4万人が避難生活を余儀なくされています。プレハブ仮設住宅で暮らす被災者は1821日時点で岩手、宮城、福島の被災3県に約1万3千人。熊本地震も2年経った(4/13毎日新聞)仮設住宅生活者は今でも38112人と云ふことです。さらに「北九州北部豪雨」(死者・行方不明者42)ではいまも福岡県で423世帯1032人、大分県で43世帯94人が仮住まいを余儀なくされています。

 

さて日本の防衛予算が楽々と5兆円を超えて行ってしましました。憲法25条は「健康で文化的な最低限度の生活」と謳ってます。憲法13条は「個人として国民を敬え」と概略しています。誰かが暮らしづらいとしたらそれは人権の問題です。安倍首相は「国民の生命と財産を切れ目なく」と常々口角泡を飛ばしていますが、100歳長生きの人生の年金の先々も昏く灯って来たようです。さて選挙のリアルをどこに置くかを国民一人びとりは真剣に考えなければならない切所に差し掛かっていると云ふわけです。

 

多数決が民主主義を危うくしてゐる、と云ふことなんでせうが、でも「最大多数の最大幸福」と云ふことに現在でも頼ることしか出来ないのですから、私たちは結局のこと選び取る、選び続けるしかありません。では選挙に於いて次からかうしませうか。とりあえず次回の参院選をイメージします。政策を何よりも優先させる。党は政策の優先順位を明確に書き出さなければなりません。次に立候補者は党の政策順位に関わらずに自分の政策順位をポスターに必ず書き出すこととします。さて、ここで大切なポイントなのですが、立候補者で過去に閣僚や内閣府に属していた人たちは全員が全国区の比例投票と云ふことにします。定員は上位の仮に20番くらいにしておきませうか。私たちが今の議会で目の当たりにしてゐるのは民主主義の手続きの欠陥ばかりではなく、民主主義が生み出されるべき畑自身における倫理性や道徳律の土壌の崩壊そのものも眼にしてゐるですから、単純に割り切って考えれば、この上位者による全国区制の比例投票は、はっきり云って過去の政策実行、立ち居振る舞い等についての通信簿になると云ふことです。そして投票率を上げるためにはメディアの役割は過去の問題点を洗いざらい(あげつら)わなければなりません。

 

また国政を担うこととなるのですから、"おらが故郷(くに)の先生"や地盤、看板、カバンなどの金城湯池の候補者、そして世襲などによる属性にのみ頼る人達もできたら出来るだけ選挙でシャットアウトされるといいですね。次に投票所です。有権者には2枚の用紙が配られます。1枚には自分の選びたい全国区での閣僚経験者(名簿をどう掲示するか)等の個人名を1名記入、それと自分がして欲しい一番の政策を記入する。そうしてもう1枚にはこれには選挙区における候補者名、それから比例の党名を記入することとする。ここからポイントなのですが、政策での一番の得票を得た党は、その政策得票を1ポイント得点化して自党の比例に加算される。また政策順位で1番目、2番目と一致した場合はさらに例えば2ポイントを、さらに123番目とまったく順位が一致した場合はその政党に3ポイントを比例に得点化する、なんて云ふのはどうでせうか。比例を拘束名簿式にして置けば、選挙区に於いて落選した人も、比例で返り咲くと云うこともありそうです。これらをうまく徹底機能さえさせれば、必ずや各党とも政策の優先順位にナイーブに取り掛かることになるのは間違いないことでせう。

公約ですから、各党ともそれを正確に遵守しなければならないことは言を()ちません。例えば下位に公約していた憲法を、多数を取ったからと云っていきなり優先上位に持って来る、なんてことは許されなくなります。私たちは過去は今のすべてであり、今のすべては未来のすべての希望であることを知っているわけですから、あらゆる感受性を総動員して、責任もって選ばなければならないのです。憲法がこの国の形をつくる、などと云ふのは少しイージー過ぎますね。この国の形を真剣に未来に形づけるのはすべての毎年の予算措置に的確に現れます。
 
「人間よ、止せ、もうそんなことは ! (1928高村光太郎)───。
73年間に一人も死なさず、殺さずに来た憲法とわれわれは戦後ずっと共存して来ました。そうであるのに安倍政権は戦争を回避するために死ぬほどの努力(外交)をせずにして、やたらとアメリカのためとも云へる防衛予算を積み上げてゆく。
 

■2016年までに災害による犠牲者は累計で約8万人。

 

弓なりの日本列島はモンスーンが押し寄せる災害列島、それにユーラシアの東端に在るこの島は地震列島でもあります。2016までに日本では災害による犠牲者が東日本大震災で一気に増えましたが、累計でおよそ8万人くらいとなっております。一方戦争による犠牲者は「ゼロ」のまま今日に至っています。我々の政治のリアルをどこに置くか。社会保障なのか、財政健全化なのか、景気なのか、安全保障なのか、はたまた憲法なのか・・・。だからわたしたちは「政策」自身に投票することとする。銃の嫌いな国民がゐて、銃をゼロに"(えん)()"すると云ふ指導者がゐたら、わたしたちはためらうことなく選ぶことにする。「核禁止条約」の前文にヒバクシャと文言が入っています。その唯一の被爆国日本が核禁条約に署名すらしておりません。おかしいじゃありませんか。

 

2012,12/26安倍内閣発足───。

投票率59.32%2014衆院選自民党の絶対得票率は小選挙区24.49%、比例代表は16.99%。明確な支持者は5人に1人。それでも自民党は今の衆院の6割余りを占める。かうした権力のからくりを何とかしなければなりません。そのための改正選挙の法律を早急に作っていただけたらと思います。

 

───倉石智證『哀喪「3.11」災後物語り』下巻より───

 

国家の予算を数兆円の規模で決めてゆく。
安倍首相のいわゆる"地球儀外交"では76カ国・地域を訪問し、600回の首脳会談を行った。
(18,5/10朝日新聞)
しかし、プーチン大統領との22回の会談の「前提なしで平和条約」云々の顛末もあるやうに、
昭恵夫人と同伴の外交も、そのコストパフォーマンスは急にあやしくなってくる。
国家とは権力の塊である。
2012,12/26の衆院選では投票率は59.32%であった。
然るに国民の全員が安倍政権に全幅のお墨付きを与えているわけではないにもかかわらず、
自公政権は壮大な物語としての日本の性格を変貌させつつあるのだ。
 
■「安保関連法」が成立したのは2015,12/19ではなくて→2015,9/19でした。
 
「ナチスの手を学べばいいじゃない」(麻生太郎)。
怖ろしいことにだんだん白昼夢のやうにその通りになって来てゐる。
「日米安保の絆を強力にしたことで、米朝の会談が実現出来た」
「日米同盟がある限りこの日本に指一本でも触れさせません」
(総裁選で安倍首相は人差し指を立てて) 
 
選挙の実態を前提にする限りでは、従って今回の自民党の総裁選は茶番です。
ほくらは歴史がこんな風に作られてゆくのはとても耐えきれないことですから、
選挙の態様をまったく作り替えて、自分たちの首相くらいは公選制にしなければいけませんね。
国民の一番ばかりでなく、二番三番の想ひからもかけ離れてゆくとしたら、
それはもう民主主義とは云へません。