10,7/25(日)晴れ
もう先週の話である───。
ボルドー液と病害虫防除用のアデオン液を散布。
特に今年はカメムシが大発生の様子である。
カメムシの姿かたちは方形の意地悪になり蜜を吸うなり
ボルドー液は微生物、バクテリア、カビ菌に。
アデオンは病害虫に効くと勉義兄は云った。
「困ったな、お願いしますよ、なんていうことだ」───、
SSがあやしいな、エンジンの調子がおかしいと思っていたらついに立ち往生してしまった。
8本のベルトが次々とちぎれてしまったのだ。
SSは自走のためのエンジンのベルトのほか、
消毒液を噴霧するためのベルトも何本かある。
ここん家のじ様のやうにあっちこっちがいかれてきたみたいだ。
朝4時に起床して、妻の実家の葡萄畑の消毒をしようと朝も早よからやって来た。
田富の自宅からは軽トラでも10分ほどはかかる。
消毒用のボルドー液や病害虫防除用のアデオンなどの薬剤を調合してSSに満タンにした。
さて、葡萄畑へと走り出して間もなくのことである。
やれやれ、お願いしますよ・・・
朝は涼しいはずだが、夏の太陽はあっという間に暑さを畑畑に連れてくる。
消毒用マスクと兵隊さんみたいに帽垂れがついた帽子を被り、
眼鏡をつけて、その上合羽を着こんでいる。
完全防備はいいのだがそろそろ合羽の中も蒸れて来た。
農協の人が来てくれ、なんとか修理をして貰ったのだが
陽はもう大分上の方にきている。
ば様はもう暑いから明日にでもというのだが、
もうSSには消毒液が満タンになっている。
今日中に仕上げなければ、それに夕立ちなんかも心配だし
お天気のいいうちにやっちまわないとなにやかやと心配だ。
うちは婿さんちがやって来てくれていろいろお百姓を手伝ってくれんけど、
がんばり過ぎて婿さんちが体をおやしちまったら大変だ。
でも、義兄さんはこの日、昼食もいただかずにぶっ通しで消毒をし、
畑からSSを作業場まで運転して戻ってきたころには
「体をおやす」ほどに穿いていた長靴の中は汗が水のように溜まり、
ぐっちょぐちょになっていた。
義兄さんの話では自分ちの百姓もたいへんだと云ふ。
玉蜀黍のシーズンが終わったと思ったら茄子の出荷が最盛期を迎えて
それこそ朝も4時起床からてんてこ舞いとのことだった。
その上、ご自宅には93歳のおかあさんまでいる。
最近はね───、
大分認知症も進んできているみたいだと、
今は全国で熱中症でえらいお年寄りが亡くなっているみたいだが、
あれって分かるよな。
おばあちゃんは最近次第に暑さ寒さが分からなくなってきているみたいだ。
この間も弥生がね、子供を連れて来ていた時、
おばあちゃんは
「弥-ちゃん、なんだが寒いみたいよ。上掛け掛けてね」
と、暑い日なのに弥生に云ってちんぷんかんぷんになった。
義兄さんの娘の弥生ちゃんは時々息子の悠くんを連れて実家にやって来る。
悠くんは1歳と半年、
そろそろいろんな知恵が回って来た。
それでまた義兄さんのお孫さんの悠くんの話になった。
「私にしてみれば自分のおばあちゃんを見るのは、
嫁さんが三度三度の食事の用意をするのと同じ“おさんどん”みたいなもんでね───」
実際、おばあちゃんの襁褓を取り換えたり、
入浴のお世話は義兄さんがおさんどんのやうにして済ませている。
たまにしくじる時もあるみたいでね、
でも、もう自分でもあんまり気がつかないみたい。
ウンチでね、排水コックから、便座から、ロールペーパーまで汚してしまった時もあった。
悠くんも最初のころは
「おばあちゃん、こっち、こっち」
とおばあちゃんの手を引っ張ってトイレまで連れて行ってくれたものだが、
トイレパッド持ってね、私と両側でおばあちゃんの手を引いてね、
でも、最近はぱったり付き合わなくなった。
おばあちゃんはますます赤ちゃんに還っていくようで、
かわりにひ孫の悠くんが赤ちゃんから子供に知恵が回って来たみたいだ。
義兄さんは
「私のおさんどん」
と云った。
田富の義兄さんの家の門には立派な百日紅の木があって、
今が盛りと紅色の花を咲かせている。
甲府盆地に高い高い積乱雲が立ち昇って、
今日もまた一日暑くなりそうだ。
まぐはへばまた今生の愛になり蝶は花へと移り棲みゆく
畑に出れば、いろいろな作物に蝶々が飛んでいる。
交歓を済ませばまた別の花へと移り棲んでいく。
人界の暑苦しさや冷やっこ
水打って涼しくなるを待ちにけり
午後3時半頃になっても少しも涼しくならない。
妻は掘り抜きの井戸の水を花ごしに庭に打ち始めた。
扇風機クビ振るまへで首を振り
妻はササゲを屋敷の畑から採ってはきたが、
おほかたは育ちすぎてしまっている。
ササゲの筋を包丁で取り始めたが、
大きくこはく育ってしまったササゲは何となく暑苦しいのであった。
扇風機のまへでいやいやと私が首を振るのである。
棒と佇つ身もふたもなき暑さかな
畑のま中にまるで案山子のやうに佇ち、ぼーッとするしかない。
炎帝や土手のカボチャを割りにけり
あんまりな暑さのせいか、カボチャが割れてしまっている。
カボチャもスイカも育ってくるとば様はその果実の下に
読み古した雑誌などをお蒲団のように敷いてあげる。
カボチャはその雑誌の上で大仰にひび割れていた。
「おじいちゃん、ほら、こんなに割れちもうえて」
それでもば様は嬉しそうにじ様にそれを差し出す。
蚊帳吊って蚊遣りの煙り四方の夢
父ちゃんの膝立て妻も蚊帳の中
10,7/26(月)晴れから午後に雷と土砂降りに
しばらくはカボチャササゲの煮物なり
割れたカボチャも育ちすぎたササゲも弔ってあげなければならない。
しばらくは毎日のようにカボチャとササゲの味噌汁やら煮物に付き合わされることになるのだ。
朝は夏燕。
葡萄の青々とした棚の上を滑空するやうに翔んで来たかと思うと、
すいッと土蔵の屋根の上に舞い上がり、
カーブを描いて家々の間の村道をまた潜るやうにしてかなたへ去ってゆく。
数え切れないほどのツバメがすいッ、すいーッと交差して翔んでゆく。
さっそく今朝はカボチャとササゲの煮ものになった。
夕立ちや網戸の内も涼しかり
葡萄にカメムシが出た。
外しかけた袋をまたかけなおし始めていたら、突然雷が鳴り、
やがて大粒の雨が地面をたたき始めた。
棚下に身を集めてしばらくやり過ごそうとしたが、雨は一気に降りを強めてくる。
軽トラの運転席にば様と妻を乗せて、村道をワイパーもしげく家に帰った。
じ様が作業場にいて、洗濯物を取り込んだよ、と少し誇らしげに身振りで云った。
土砂降りの雨は雨樋に溢れて、滝のように作業場の中にも降り込んでくる。
あーあ、とあきらめ顔で空を眺めやっていたら
やがて小半時もして雨は小ぶりになった。
開け放しで出かけた家の中のあちこちを点検する。
雨が吹き込んでしまったところもあった。
片付けているとでも、風がさぁーッと吹いてきて、
家の網戸の内側も暑さにとり替わってすっかり涼しくなった。
森毅さん、名物教授、数学者が82歳で亡くなられたというニュースもあった。
智笑