あわあわで、くらくらな、

あわあわで、くらくらな、

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noteからの転載

 

 

 

この世界から戦争がなくならないのは
あんたやおれのせい

それでも世界が壊れていかないのは
あんたやおれのおかげ

 

昨日、ちまちま記事を書いては消し書いては消ししていて
それはとってもシンプルでありながらも

とってもとってもデリケートな話題だったので中々投稿にいたらなくて、
そんな中、たまたまインスタで、

ライターの渡辺尚子さんという方が大福書林さんとミニ冊子を作られたという投稿を見つけて、

早速プリントしてみました。

 

 

子どもも読めるようにルビがついていて、いくつかの条文を抜粋したものです。
また、憲法の前文も付いています。

お恥ずかしい話ですが、日本国憲法をまともに読んだことのなかった私ですが、

憲法第九条を読んだだけで本当に胸が熱くなり涙がこぼれてしまいました。

 

 

日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、

国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、

国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。


前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
国の交戦権は、これを認めない。

 

 

すごくないですか?(いまさら)
私たちの日本は、

私たちはもう永久に戦争はしません


と、

全世界全人類に向けて宣言しているんです。


人間だもの、誰もが平和でいたいと思っている。
でも、実際にはそうできないのも私たち人間。
現在、もしかしたら日本は「戦争は絶対にしない」という事は

もうお花畑、夢見る夢子さん、夢想家が言うことみたいな世の中になっているかもしれない。
でも、それこそ夢のような崇高な理想を、憲法は高らかにうたっているのです。


だったら私も「理想だけでは国は守れない」という言葉を受け入れつつ、
やっぱり理想という北極星をめざそうと思う。

 

で、以下から昨日、書きっぱなしになっていたところです

この頃の自分が生きている世の中は、不穏です。
いまだかつてなく不穏です。
不穏な言葉を目に耳にすると、必ず思い出す曲があります。
それは

 

「イマジン」ジョンレノン・オノヨーコ

 

「この世界から戦争がなくならないのは」多楚可"れカンターレ

 

の2曲です。


この2曲を聴いた時に湧き上がってくる感覚・・・。
今、あらためて意識的に感じるようにしています。

「この世界から戦争がなくならないのは」は私の大事な家族が作った歌です。
私と家族は政治や社会情勢の話となるとちょとかみ合わないのですが(自分が無知すぎるというのが原因でもある)
根本的には


私たちはもちろん誰もが平和で平安で生きていける世の中を望んでいます。

 

なのに世界から戦争はなくなりません。
そういう歌です。
考えさせられる歌です。
私たちの歌です。
今また、あらためて考えていきたいです。

 

戦争は自分が起こしていることにまず気がつくこと。
最小単位の私から、戦争をやめる。

 

War is over, If you want it
想像してみるのは、自分と争わないという地点から。

 

民間人がひどい目に遭い、家族を失い、家を焼かれて、ふるさとをなくす。
国は責任なんか取りません。
大人として、そのことを知っておいてほしい。
そして、未来の子どもたちを守ってほしいと思います
                                          (暮らしの手帖「戦争を語り継ぐために」より)

 

そういう現実主義は、とめどがなくなるんじゃないかね?

          (山田太一「岸辺のアルバム」より)

 

 

誰も武器を手に取らないで済むための答えは、ないのだろうか?
誰とも、争わないための本当の答えは、ないのだろうか?
本当に、ないのだろうか。
今の世界で。


そういう事を、自分は考えて
誰とも争わない生き方をしていこうと決意しました。

でも実際に世を動かせるのは政治家の皆さんです。
国民に選ばれし政治家の皆さんにも憲法通りの平和国家をめざして、

お持ちの該博な知識と素晴らしい頭脳をフル回転して国民のために日本のために、

たくさんたくさんたくさんたくさん考えて考えて議論に議論を重ねていっていただきたいです。
心から願います。

 

 

 

noteからの転載

 

顔も名前も知っているけれど部署も違うし仕事もかぶっていないので
一言二言しか話をしたことがない男性がいた。
がたいがよく厳つい感じで表情も怒っている風だったので、

あまり関わりたくないと思っていた。

ある朝、
駅から会社に向かう道で、私の目の前をその人が歩いていた。
私の方が歩くのが速く、追いついてしまいそうだったので
私はスピードを落としてその人を遠くで眺める感じで後ろを歩いた。

その時、気がついた。

文庫本を持って歩いてる。
バッグなど持たずに文庫本1冊を手に持ってるだけ。
本がお好きなんだぁと、ちょっと気になる存在となった(異性として意識とかではなく)。
でっかいトートバッグに自分でも何が入っているかわからないくらい
荷物を持ち歩く自分とは違い、なんてスマートなんだろうとも思った。
朝の通勤時、何度かその人を見かけたけれどいつもそうだった。

 

ある日、会社で何かの集まりがあった時たまたま少し話す機会があった。
何を話したのか内容は全く覚えていないけれど、私がこんな事を言った。
「いやぁ、私、頭が悪いもんでなんちゃらかんちゃらなんです」
すると、その方がすごくびっくりした様子で


「君は自分が頭が悪いという事を言える人なの?」
 

と言った。
その反応に、私もちょっとびっくりした。
その言葉の意図がわからなかった。
今でもよくわからない。


聞きたいと思っていた
いつも手に持っていた文庫本のタイトルは聞けなかった。

 

その後、その人と話す機会はなく、数年後にその方の地元である地方の支店に転勤になり、

お母様と二人暮らしをしているという噂をどこかで耳にし、
さらにその数年後、会社の訃報情報にその人の名前が掲載された。
50代後半だった。

 

特別に何か思い入れがあるとかではないし

顔も名前も覚えていないくらいだけれど、
文庫本を手で持っている姿、びっくりした言葉だけは時々ふと思い出す。
私は今でも「出歩くときは身軽でいたいなぁ」と思いつつ
重いトードバッグを持ち歩いているし「いやぁ私は頭が悪いのよ」なんて簡単に口にする。


でも、あの頃よりもずーっと自分のことを好き・・・というわけではないけれど、

これでいいのだと思う自分になっている。

いつかあの世にいったら、あの人を探して


あの時手にしていた本はなんですか?

 

と聞いてみたい。

 

 

※noteからの転載

 

☆彡これは
作品の感想という形をとりながら、結局は自分語りをしている文章です。

アマプラで観られるようになったので早速、鑑賞しました。

「ファーストキス 1st kiss」(監督・塚原あゆ子/ 脚本・坂元裕二)
 ★★★★☆(星4つ)(でも星つけられない。。。)

 

ものすごく心を揺さぶられて、私にとってはとても大事な作品のひとつになりました。


映画作品としては自分の好みじゃない部分で気になるところもいくつかあって、
例えば、タイムリープものって辻褄が合わなくなるからその瞬間、

あれがこうなってこうなるとこうならない???みたいにやたら考えちゃったり、
個人的には前半の、何度も行ったり来たりするコメディパートが、

それが坂元節とも言えるのはわかっていていつもならそれが楽しいのに、

映画だとちょっとうるさく感じてしまったり、それをタイムリープものでやられると凡庸に見えたりしちゃって、

あまり引き込まれなかったんです。

 

 

でも
駈が自分の未来を知ることになる場面での台詞を耳にした瞬間、

そういった気になり部分が全て吹っ飛ぶくらい心が動かされびっくりするくらい泣いてしまいました・・・。


どの台詞が刺さりまくったかっていうと

 


「いつか君に出会えるんだったら今日あの彼女に出会うことも間違ってないし結婚だって間違ってない。

多分、死ぬことだって間違ってない」

 

 

というところ。

ここから自分語り始まりますが。

私は、今までの人生で「あの時、別の選択をすれば」という過去への振り返りはしたことがないんです。
それは、自分の過去のあれこれに後悔がないからということではなくて、

その逆で、全てが後悔だらけでそれを変えようとしたら、

もう、自分が誕生したことすらも変えたくなってしまうくらいで、キリがないからなんですよね。
つまり私は本当は自分の過去のあれこれを呪っていて後悔だらけで、それってつまり自分が

 

 

今の全否定


をしているからなんですよね。

で、そんな私は、駈の台詞を映画の内容とは離れたところで
瞬間的に、今の私が過去の全自分に言っている言葉に変換してしまった。

 

あのさ、今の自分に出会えたからあの時の私も間違ってないし、
あんなことした私も間違ってないし、生まれたことだってちっとも間違ってないんだよ。

 

みたいな感じに。
そうしたらね、
私は多分、過去に行けたとしても何も変えないな、

「そっかそっかそうしたかったんだよなそうするしかなかったもんね」って
過去の私を遠くからガンバレって応援するだけで帰って来ると思う。


うん、今考えてみてもやっぱりそうする。
間違いも間違えじゃないよって思いながら
それって私の中では

 

「結果は変わらないけれど過程は変えられる」

 

ってことでもあって。

今という結果は変わってないけれど生まれてから今までの過程を呪いではなく

愛おしく思えるように変えられたというね。
それは(少し意味合いは違えど)「ファーストキス」もそういうことでもありますよね。

そう思えたら、
駈がカンナとの15年の過程を別のものに変えたように
自分も死ぬまでのこれからという過程を、

未来の自分が笑顔でいられるように瞬間瞬間生きていこうって思えたんですよね。

いつになるかわからないけれど

死ぬという事実は絶対的に変えられないのだから。

 

「ファーストキス」という作品はそんな風に思わせてくれた作品でした。

 

キャストの素晴らしさや坂元作品らしい細かいあれこれの良さは

もうご覧になられたすべての方々が語られているので書きません。