“社長になる”って何か特別な感覚があるように考えがちですね。
私も“強烈な自信”や“特別な能力”なんかが無いとできないと思っていました。

二代目だったので“漠然と”「先は社長になるんだな~」と思っていましたが、
三十代後半になり現実味を帯びてきたら腰が引けてきていました。
「そんな大役は能力も自信も全く無いのでできない・・・・^^;」
かなりグズグズしていましたね。(今から振り返ると・・・・)
しかしある事件をきっかけに、変わりました。
私を信じてついてきてくれている社員が他の幹部社員との板ばさみになって、とっても悩んでいることに気がつきました。
「その彼の立場に自分が置かれたらどうなんだろう?。恐らくグズグズしている上司を見たときに、いやになるだろうな」
そんな風に思えてきて、一念発起!「社長になってちゃんと(みんなへの)責任を取ろう」と決めました。
2年ほどかけて社長就任までの下地作りをし、社長デビューを果たしました。

社長さんになって5年ほどたちましたが、今から考えると“強烈な自信”や“特別な能力”なんかは全然必要なかったですね。
むしろそんなものは邪魔じゃないかと思っています。
本当に必要なものは“悩んでもいいから前に進むこと”“必要なときに学ぶ”姿勢で、その上に“思い”とか“志”があるような気がしています。
そんでもって、「社長の勉強は社長にならないと絶対できない」と感じています。

あるとき若い二代目(後輩)で「今○○社でサラリーマンコンサルにしながら、社長になる勉強をしています」って言う人がいました。
その人に「時間がもったいないから、早く社長におなりなさい」「社長の勉強は社長にならないとできないよ」て言ってあげました。

社長とNo,2との違いは目線で10cmぐらいの違いしかないと思っています。
例えばちょうど眉毛くらいまでの塀があったとして、そのくらいなら先が見えない訳です。
勇気を持って10cmの階段を上がると“パー”っと拓けて見える世界や感じる世界が違う訳です。
その10cmを上がって振り返ると、たったそれだけの勇気だったと気づくわけです。

「たかが社長、されど社長」
こんな言葉が、胸や頭を行き交います。
特に悪い思い出、良い思い出があると言うわけではない、普通の学生でした。
ただ中学校の成績は悪いほうで、いわゆる「落ちこぼれ」だったと思います。

高校2年生の2月に父が他界しました。
父は私が中学校後半から入退院を繰り返していましたので、その頃から父との思い出、会話はあまり記憶に無いです。
元々、もの心ついた頃から仕事ばかりの父で、親子の交流の記憶は多くは無いです。
残っているのは、怒られたことばかりです(笑)

父の他界後は、長男としての責任や役割を強く求められようになりました。
気持ちの中の“責任感”と言う縛りにとらわれいました。
(これが辛かった:^^;)

父の他界後は、少しだけ真面目に勉強したかもしれません。(これも長男の責任?笑)
一浪後、大学入学しましたが、ヨット部ばかりに行っていましたので、見事に一年留年しました。
これには母もかなり怒っていました。
まぁ~その後は何とか自力で卒業までにはたどり着きましたので、チャラと思っていますが・・・・
何のためらいも無く、家業を継ぐべく入社しました。
私の誕生前より父が現事業(廃棄物収集運搬・処理業)を立ち上げていたこともあり、もの心ついた頃から大家族でした。
私が生まれる前は従業員さんの寮も自宅にあり、祖母は労務管理、母たちは食事の用意で大わらわだったそうです。
祖母の労務管理といっても、酒癖の悪い人や二日酔いで朝起きてこない人たちを追っかけまわすようなものだったようです。
中学校までは自宅兼事務所だった(途中二度引越し)ので、朝夕は従業員さんに混じって遊んでもらってました。
寒い朝のトント(焚き火)や帰宅後のワイワイした風景が懐かしいですね。
その頃からの影響でしょうか、年配者の方との会話は好きです。