時が経つのは、早いなぁ、、、

と思いながら、でも、まだ2年なんだな。。。とも思います。


何度もブログに書いてますが、兄を思い出さない日はありません。

悲しみに浸るわけではないけれど、毎日兄を思い出します。


何もなくてもふと兄を思い出すこともあり、出勤途中の車の中、マンションを見ながら高さを数えたりすることもあります。




何においても

「真実を知りたい」

という気持ちは、亡くなった理由、亡くなってなくても、何かの事件や事故、など共通しているなぁ、、、といろんなニュースや情報などを見て思います。


真実を知ったところで、亡くなってしまった人は戻ってこないし、何かをなかったことにはできないけれど、でも、真実を知りたい、事実、真実を公にしたいということは、事実を知りたいと願う自分や、大切な人を救ういちばんの手段なのだと思います。


本当の気持ちが知りたい。。。。


それだけを願うのだと思います。



事実を知っても今より墜ちるかもしれない。

事実を知っても良いことはないかもしれない。



でも、事実を、真実だけを、知りたいと願ってしまいます。



自死。。。ということは、それさえも知る術がありません。。。



自分を責めたり、誰かを恨んだり、誰かのせいにしてみたかったり、、、、でも、誰かのせいでは決してないと思ったり、思いたかったり、、、、


ずーーーっとそんな気持ちを行ったり来たりします。




たまに、自分が嫌になります。

その道を選んでしまった兄が悪いんだと思えているならまだ楽でした。

半分は、、兄ですから、、、兄が悪い、兄も悪い、、そうも思います。

でも、兄がそうなった課程をも、責める自分もいます。




でも、それは私の想像で、真実ではありません。



だから、事実を、真実を、知れたなら、まだ救われていたんだと思います。 

兄は戻ってこないけれど、兄がその道を選んだ理由に納得できたんだと思います。



自分で死を選ぶことは、何よりもこわいことだと、私は思います。



そんなことを選んでしまった、選ばざるを得なかった兄の気持ちが知りたい。  


兄が戻ってこなくてもいいから、どうか知る術を教えてほしいと思います。



。。。そんな術はない、、、
分かっているからお墓に、兄に会いに行く理由も私はきっと分からないのだと思いました。

眠っているだけの兄。

私は何1つ兄を理解してあげられません。

母もきっとそうなのではないかと思います。


眠ってる兄に会いに行くより、母にとっては兄はただ1人の息子なのだと思います。


私にとっても、ただ1人の兄です。。。。