あるネットのサイトで、
自死遺族の方が言っていました。
何のサイトだったか、、、
自殺は遺族の人間の責任だと。
何も気付いてあげられなかった遺族のせい。
そうきっと、世間の目があるから家族が自殺したことを周りに言えずにいると。
私はそう読んで初めて
そうなのか。。
と思いました。
そんなふうに思ったことは、兄が亡くなってからも、その前、自殺のニュースなどを見た時も、正直一度もありません。
もちろん、気が付いてあげられなかった、、
そんな自責の念はずっとあります。
だからといって、それが遺族の責任だ、、
とは思ったことはありません。
気が付いてあげられれば、死ななくて済んだかも。。。
そう思うことも、もちろんあります。
でもそれは、責任とは違う話しなんだと思います。
私は、兄が亡くなったことを話せる人には自殺で亡くなったのだと話しています。
自殺だと、理由まで話せない人には、兄が亡くなったことさえもを話していません。
それは、なぜなのか。。。
ただ、ただ話したくなかったから。。
その中には、
妊娠を控えていた人、新しいことを始めていた人、新しい生活を始めた人。
など、あえて話しをして、その人の気持ちを台無しにしたくなかったからです。
ただただそれだけでした。
よく顔を合わせる職場の方でも、話していない人がいるのは、気を遣われたくなかったから。。。
ただそれだけです。
非常に自分本位だと、思います。
でも、無理はしたくなかったです。
家族が自殺した原因が、遺族の責任。。。
そんなことを思ったことはたったの一度もありません。
だから、兄が亡くなったことを伝えたいと思った人には自殺したのだと話していました。
それは、兄が亡くなったという事実よりも、兄は確実にいきていたのだと伝えたかったからです。
兄は亡くなったのではなく、ちゃんと生きていた。。。。
そう知ってもらいたかったのです。
自殺と聞いて、聞いた側の受け止め方は様々なのかもしれません。
ただ、私はそれが遺族の責任だということ、そう思われるのだろうな。。。と思ったことはたったの一度もなかったので、そんな話しを読んだ時に、相手はどう思ったのだろう。。
そう考えていました。
でも、自殺だと伝えた人の中で、私に対して態度を変えた人は1人もいませんでした。
きっと何かを思ったのだとは思います。
でも、今でも、ずっと、以前と変わらない態度で私と接してくれています。
もちろん、話したくない。。。と思った人に話した時、どんな反応を示すのかは分かりません。
私は自分本位で、話す人、話したくない人、を選んでいましたから。。。
それは相手を想うつもりでも、本当は自分を守っていたのかもしれません。
でも、遺族の責任だから、そう思われなくないから話したくない、、
そう思ったことはありません。
血の繋がった家族でも、分からないことはたくさんです。
私自身、自責の念にかられながらも、どこか仕方がなかったのだと思えるようになってきた部分はあります。。。
でも、やっぱり、どこかで、あの日、あの時、違う道に気が付いていれば、、、
そう思わない日はありません。
進んだり、やっぱり下がったり、その繰り返しです。
遺族の責任。。。
だから、人には話せない。
そう思わざるをえない遺族の気持ち、そのような人がいることは理解ができます。
でも、伝えることのできない苦しみもあるのではないかと思います。
私は、大切な人には知っていてもらいたい。
そう思いました。
それを伝えて相手の態度が変わるかも。。
そんなことは考えたことはありません。
聞かされてどんな気持ちになるか。。。
相手の置かれている状況を考えて、そう考えて話さなかった人はいます。
でも、自分がどう思われるか、、、
それは考えたことはありませんでした。
今思えば、話す人、話さない人を選んでいたのは事実で、
でもそれは、自分の心と相手の心とを守るためだったのだと思います。
結局は、自分本位なのでしょうけど。。
でも、今でも兄が亡くなったことさえも伝えていない人には、この先も伝えることはないのだと思います。
何を言いたいのか、分からなくなってきてしまいましたが。。。。
でも、家族が亡くなったことは、決して遺族の責任ではないと思うのです。
そして、それを打ち明けて、離れていくような人間は、それまでの人間だったということです。
それ以上でも、それ以下でもないのだと思います。
私は、あの文章を読んだ時、思い出したことがありました。
旦那が、旦那の身近な人に兄が亡くなったことを何と言ったのか、聞いたことがあります。
旦那は
ただ、亡くなったことだけを話した
と言っていました。
自殺したって話してないんだ?
そう私が言うと、
それは、ちょっと。。。。
そう言っていました。
それはちょっと?
それはちょっと?どういう意味かよくわかりませんでした。
私は全然自殺という事実を伝えて構わない。。
そう言いましたが、旦那にはそのつもりはないようでした。
はっきりとした理由は言ってはくれませんでしたが、あのサイトの文章を読んでから、そう
いう理由があったのかもしれないな。。。と思いました。
世間体を旦那は気にしていたのかもしれません。
なんか、自殺しちゃって、ごめんね。
そう、思いました。
でも、もしかしたらそれが普通の反応なのかもしれません。
私も旦那の立場だったら、もしかしたら、そうなっていたのかもしれません。
そうやって、夫婦であっても、受け止め方はまったく違うのです。
それは血が繋がっているか、繋がっていないか、どれだけ同じ時間を過ごしてきたのか、どれだけの思い出があるのか、、、
そんなことは全く関係がないのだと思います。
その人の内にあるものなんだと思います。
それはちょっと。。。
そう言った旦那の言葉は、
辛すぎて言えない。。。
その代わりの言葉だったのかもしれません。
。。。そう思いたいです。
それ以後、私はそのことについて、旦那に聞いたことはありません。
誰にでも、話してみないと分からないし、話したくないなら話さなくていいのだと思います。
私は、もうすぐ一周忌を迎える中でたくさん、それを知りました。
無理をしてもそれ以上はないかもしれないし、あるかもしれない。。
でも、無理をしなければ、それ以下はないのです。
自分の心を守るために、何が大切なのかいつもいつも考えていました。。。