秋の屋上は少し冷えるが、今の自分には丁度良い。空は抜けるような青、まさに秋晴れ。雲のない空は眩し過ぎるが、見ているとこちらの思考まで青く塗りつぶしてくれる気がするから、やはり丁度良い。

とにかく空っぽに。自分という入れ物に溜まったいらないモノを、ただひたすら流し出す作業。

私が私を保つための作業。

「何泣いてんの?」

突然声が降ってきた。
いつの間にか屋上に来ていた『誰か』を、視線だけで見上げる。視界の端に佇む男子生徒は、ポケットに両手を突っ込み、だらしなく立っているように見える。

こんな最悪なタイミングで来るなんて、なんなのコイツ。

ボヤけた視界ではハッキリと認識出来ず、話しかけてきた『誰か』に顔を向ける。

「ぶっ細工な顔…」

まさかの暴言。
しかも力強く『ぶ』と『さ』の間にちっちゃい『つ』まで入れて。



これが私と失礼な男のファーストコンタクトだった。











第一歩『ファーストコンタクト、からの?』



そりゃ確かに毎朝頑張って引くアイラインも、通常時は上を向いて伸びるマスカラも、全部黒く滲んで、鍋底のお焦げみたいになっちゃってますが。

一応、女子。
一応、初対面。

「一応女だろ?もう少しまともな泣き顔作れば?見苦しいぞ、今のあんた」

一応女とか、今のあなた様に言われたくないのだけれど。

ついさっきまで流れていた涙が嘘のように引っ込むと、代わりにお腹の底がふつふつと煮え立つのが分かる。
私はこの失礼極まりない相手に応戦するため、まばたきをして邪魔な涙を落とし、クリアになった頭と視界で相手を確認する。輪郭がハッキリした。

「あ、泣き止んじゃった」

なんなのコイツ。

本当になんなのコイツ。

割と整った顔立ちをしているのがまたさらにムカつく。

黒髪、ピアス穴のない綺麗な耳、ずれ落ちてないズボン、キチンと履かれた上履き。
案外身なりはまともだったが、気だるそうに立っている。
不良ではないらしいが、優等生でないのも確か。だって今は午後の授業の真っ最中。しかも、ここは常連じゃないと鍵の開け方がわからない屋上。

つまりコイツはここの常連と言うわけか。

他の『いかにも』な連中とは、何度か鉢合わせしちゃったこともあるけど。見たこともないぞこんな失礼なヤツ。

「泣き止んでも酷さが大して変わらないとか、可哀想だな、あんた」

本当に、一回会ったら絶対忘れないぞこんなヤツ。

一つ息を吸うと、冷たい空気が体を巡り、頭がスッキリした気がする。反撃の準備は出来た。相手も認識した。
空っぽになるのも、今日は諦めた。

「それはそれは、どうも失礼いたしました」

反撃開始。
散々失礼なことを言ったのは相手の方だけど、気にしてませんという意思表示と、精一杯の皮肉を込めて言ってやる。
『酷い!』とか『最低!』なんて言葉で返したら、まるで私が負けを認めたみたいで嫌だから。

だけど思いがけず、相手が意外そうな、少し驚いたような顔をした。

私がただ黙って言われてるだけの女だと思っていたのだろうか?おあいにくさま、私は顔に劣らず口も悪い。言われっぱなしは我慢ならないし、応戦だってする。
しかし相手はこちらの思いとは裏腹に。

「へー、声は意外と可愛いんだ。」

唐突にそう言うと、さっきまでの嫌みったらしいすました顔を、サラッとした笑顔に変えたと思ったら、回れ右。さっさと屋上の出入口から出ていってしまった。

一人残された私。
ライバルとの試合直前に、不戦勝宣告された人の気持ちだ。
勝ったような、勝たされたような…釈然としない気持ち。

「…なんなのよ」

一体全体なんだって言うのか。

人の悟りを邪魔して行ったアイツは、よくよく思い出したら、上履きが一つ上の3年生カラーだった。





つづく