イングヴェイシリーズ第2弾でございます。

初めて聴いて衝撃を受けた数年前の経緯を引き続き書いて参ります。
(注:ここでいう「数年前」とは30年以上前のことです)
ホットケ。
昨日のことのように覚えてるのだ。
とまではさすがに言えないが...
しかし今も思い出す、あの衝撃。
 
2曲目:Far beyond the Sun
スローでもの悲しいBlack Starから一転、アップテンポで動的な曲です。
こちらの方がHRらしいと言えば言えるのかもしれませんが。
でもやっぱり旋律がまるでクラシック。
それも極上の。
曲も音も美しいところへもって、ロックならではのノリも加味され、そのドラマティックな展開に「こ!...ここここれまた...」
(↑硬直が進んでいる)
 
そしてこの曲で早絶対に触れなければならないのがキーボードのイェンス・ヨハンソン(Jens Johansson)。
これがまた素晴らしい。
中ほどのイングヴェイのギターとの掛け合いのスリリングなこと。
クラシカルな音楽性といい、即興を多用するイングヴェイのギターと対等に渡り合える腕とセンスといい、イングヴェイの音楽にはイェンスのキーボードは不可欠!とすら思っていたから、後年脱退した時は心底悲しかった...
 
3曲目:Now Your Ships are Burned
8曲中2曲のヴォーカル入りの内の1曲。
正直、初めて聴いた時はこれは今一だった。
これまで何度も、イングヴェイの1stは素晴らしいが習作っぽさも残っている、と書いてきたが、これも当時はそういう印象だった。
だが...
 
耳が慣れてくるに従って、これもまた完成度は高いのではという気がしてきたのも事実。
例えばタコさんの曲を初めて聴いた時、圧倒されはしたものの美しさより「むき出しの音楽」と感じたのに、何度も聴くうちにその美しさに気付かされたのとちょっと過程としては似てるような気がする。
さすがにあれほどの重みや苦悩を湛えた曲との比較はできないが。
Now Your Ships are Burnedを美しいとまでは感じないし。
 
ただこれをヴォーカル曲と捉えていたことが実はおかしいのではと今になって思う。
ヴォーカル入りではあるがヴォーカル曲とはちょっと違うような気がする。
ヴォーカルもあくまで楽器の一つとして使用している。
 
そしてこの曲での一番の聴きどころというか、一番楽しみなのが...
実はギターではなくベース。
と言っても、ベースもイングヴェイなわけだけど。
あ、このアルバムではベーシストを使わずイングヴェイが全部弾いております。
そしてこの曲でのそれが...凄い!
 
ロックではベースはドラムスと共にリズム隊と言われるが、そんな常識なんぞ何のその、のイングヴェイ。
ベースで弾きまくる弾きまくる!
しかもこれが聴いてて物凄く心地よい。
そこが...単なる腕ひけらかしの弾きまくりと違うところなんだよ、リンチ君
「...」(←突如呼び出されるジョージ・リンチ)
 
私はベース弾きまくりで有名なビリー・シーンの演奏を聴いたことがなかったので、もしやこんな風に弾きまくってたのかな?などと常々想像していたのだが。
それでこのお正月にビリーの「ファランドール」を探して聴いてみたら...
物凄くがっかりした!
何かね...全然面白くない。
オケ演奏でのファランドールはあんなにノリノリで楽しいのに。
(♪タン!タタン!♪)
タンタン、タタン!おわけーの!お待ちなせえ!!
(...)
と思わずのってしまうぐらい楽しい。
(わけわからない読者はどうすりゃいいんだ)
分かるまでさかのぼって読みたまえ、分かるまで。
(...)
 
それがビリーのは期待してたようなのとは全然違ってた。
あれでは自己満足に過ぎないというか。
音は安っぽいし。
他の曲を聴いてないので彼のプレイそのものをそれだけで判断する気はないが。
今の段階ではベースに関してもイングヴェイの方が断然好みだ。
 
ああいうベースの使い方は、決まり切ったことしかできない連中からすれば邪道なのかもしれないが。
けっ、「クラシックは決まり事ばかりの窮屈な音楽」とか「ロックは自由な音楽」とか言うのに限って、実は決まりごとに沿って単純なことやるしか能がなかったりするんだぜ。
だから通常のロックンロールって単純で大雑把なんだ。
(余計な一言を挟むな)
だってクラシックほど自由で幅広い音楽はないもの。
 
ということで、次のEvil Eyeまでは行きたかったんですが...
ちょっと用がありまして、また次回。
(次回書くんだろうな)
書きたいです!
書きたいことは山ほどあるのにこれではあまりにペースがのろ過ぎる。
(そう思ったら変なもん挟まないように)
今のところ何も挟む気はありませんが...
(前回と前々回見てから言うように)
えーと...