被災地の映像を見れば見るほど
ことばを失っていくばかりです。
一人でも多くの方が
無事でいられるようにと願います。
― 節電のため、書くのは控えようかと
思っていたのですが、
覚えているうちに書き記しておくことにします ―
はじめの地震が起きた時
わたしは職場にいました。
だんだんだんだん、大きくなる揺れに
ただ事ではないことを感じました。
職場には多くのお客さんが
いらっしゃったので、とにかく
「本棚から離れてください!」
「窓から離れてください!」
と声をだしながら、館内をまわりました。
多くの方は、先日の
ニュージーランド地震のことが
あったためか、外へ外へ
逃げて行かれました。
そんな中、
窓際でイスに腰掛けたまま
揺れに耐えている
ご老人がおられました。
「大丈夫ですか?」 と声をかけると
「大丈夫ですよ。
揺れがおさまってから
避難しますから。」
と、ご老人。
その方に声をかけながら
他の職員と共にそばにいると、
「あなたたちも、大変ですねえ。」
と、やさしい口調で気遣ってくださいました。
長い揺れがおさまり
誘導しながら移動しましたが
そのあとのことは、バタバタしすぎて
あんまり覚えていません。
ただ、むすめの保育園とも、
だんなとも、なかなか連絡がとれずに
ヤキモキしました。
結局、だんなとはメールで
連絡がついたものの
むすめとは連絡とれず。
仕事が終わって、
むすめの顔を見たときは
本当にホッとしました。
一人暮らしの祖母もTVが
倒れたくらいで大丈夫でした。
こんな状態で一人にしておくのは
不安なので、だんなが一緒に
連れて帰るつもりだったのですが
この日は説得しきれなかったようで…。
「今から一人で帰る」 とメールがある。
こんな時に、おばあちゃんを
一人にするなんて…と思ったのですが
電話もメールも通じず。
もっと、気を使わない関係を
築けていたら来てくれただろうに…。
となんだか申し訳なく思いました。
地震翌日、だんなが仕事場に行くと
祖母の方から
「そっちへ泊まっていい?」
と言ってくれたそうです。
よっぽど心細く、
不安な夜を過ごしたんだろうと
また、申し訳なく思いました。
夜、祖母の顔を見て一安心。
4人で一緒に寝ました。
翌早朝、今度は弟が来宅。
不安な中でも、いろんな人が来てくれて
むすめはなんだかうれしそうです。
そんなむすめっ子。
地震のとき、頭を守るように
教わったのか、あの日以来
ヘルメットを外すことができません。
遊ぶ時も、食事の時も、眠るときでさえ
ヘルメットをかぶり続けています。
よほど怖かったんだろうと思います。
しばらくは様子をみて
気のすむように
させたいと思っています。
東京は電車が止まったり
スーパーの棚がスッカラカンに
なっていたりしますが、
元気ですので、ご心配なく。
明日からは停電も始まります。
体調崩さないように
過ごしていきたいと思います。
ああ、明日、仕事あるのかな…。
