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神聖寺 隆健 090-3085-9732

神聖寺 隆健 (しんしょうじ りゅうけん)
真言宗、法事と供養、仏教世話ばなし


上の梵字は私、隆健の筆によるサンスクリット語・般若心経からの一文字です。
ブログを途中からお読み頂いた方々の為に、過去のブログを、改めてご案内させて頂いております。なお、私のつぶやきは実生活には何の役にも立ちません。謝謝。
つぶやきを進めましょう。
閑話休題。
僧侶の日常生活は簡素で味気ないと思われがちですが、真言宗・高野山の世界に【宗教舞踊】があるのをご存知でしょうか!
私は男性ですが・・・日本舞踊の【名取】です。【宗教舞踊】も一手・二手と身に付けました。
いつか、みなさんにお披露目を。
真言宗、宗教舞踊【夢遍路】は、曲の中でも、好きな舞踊です。
【宗教舞踊】は落ち着いた『舞の世界』です。
弘法大師・空海。お大師様との『同行二人』信仰は舞踊の世界でも生きていますよ~。
舞の心とお大師様との融合。
静かにゆっくりと舞いながら『陶酔観』があります。
たまには、・・陶酔の世界も・・・宜しいのでは!
〔あははは”ナルシストにお勧めです”〕
【夢遍路】
 帰命頂礼(きみょうちょうらい)南無大師~
 遍路姿に身を清め~
 八十八のご遺跡(ごゆいせき)~
 発心修行の旅の里~

 遍照金剛南無大師~
 同行二人生き仏~
 二世(にせ)の安楽救わるる~
 菩提涅槃の阿字の里~
 あな有り難や(ありがたや)夢遍路(ゆめへんろ)~
そう言えば、昔、心霊ビデオ撮影に同行し、その際、姫路城の天守閣で踊ったことがございます。着物姿で、舞、艶やかに扇をくるっと返してピタリと立ち姿。
これは、ビデオ撮影収録されたのですが、編集録画から外れました。
(う~ん・・残念”でした)
天守閣の案内ガードさんが言いました!
「この天守閣で踊った人、初めてみた~」・・と。

上の梵字は私、隆健の筆によるサンスクリット語・般若心経からの一文字です。
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つぶやきを進めましょう。
生きる為の仏教誕生。
『諸行無常』-『諸法無我』-『涅槃寂静』。
お釈迦様は、なぜ、このようなことを説いたのか?それはインドの多くの民族・民衆がバラモン・ヒンズー教の神々に拘束されて、『カー○ト制度』を容認するバラモン・ヒンズー教の神がこの世を創った」と信じ込まされていたからです。
お釈迦様はカー○ト制度を否定するものを何とか生み出そうと瞑想し、とうとう、この『平等の哲学思想』を生み出したのです。
そして、この布教を決意し、立ち上がり、歩みだしたのです。
その根本たる『平等の哲学思想』の教えとしたものが『諸行無常』『諸法無我』です。
この世は、宇宙本体がいつから誕生したか分からないまま、時間の流れとともに生成発展をしている。その宇宙本体がその中で、ものを創造して、また、消滅させていく・・・。つまり、この世にアートマンも神も存在しない、宇宙は宇宙そのものの創造力によって宇宙誕生以来、『生成流転』の現実を時間の流れとともに形成しつつあると説いたのです。この世に神は存在しない・・・。この『因縁の理法(因・縁・果)』、の教えは燎原に火が燃え移るがごとく、古代インドの地,全土に広がっていくのです。
ここに、生きるための仏教が誕生したのです。


上の梵字は私、隆健の筆によるサンスクリット語・般若心経からの一文字です。
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つぶやきを進めましょう。
『諸行無常』-『諸法無我』-『涅槃寂静』。
お釈迦様は『八正道』を説きました。つまり、物事を平等に見て生きることを説きました。しかし、やみくもに『八正道』で生きよと言うのではありません。
まず、この世の仕組み、成り立ちをきちんと理解してから、『八正道』の実践生活が必要だと言いました。
さあ、ここから、仏教でもっとも「重要な教え」が登場します。後世になり『三法印』と呼ばれる教えです。
『諸行無常』-『諸法無我』-『涅槃寂静』。
以上の三つの教えです。
『諸行無常』『諸法無我』を知り、理解し『八正道』で生きれば『苦(=煩悩)』が消え去った境地となり、『涅槃寂静』が訪れると説くのです。
お釈迦様は単に自分の哲学思想を押し付け説いたのではないのです。人々を慈しみ、何とか幸福にするためにこの哲学思想を生み出したのです。
お釈迦様は、自分達の身の回りに「創造の神」を立てない、自分達・民衆・人間を支配する「神のようなもの」を認めてはいけないと説いたのです。
つぶやきは次回に続きます。