こんにちは(~o~)あじゅらですラブラブ
旅ジャーナルに引き続き(というか別物なのですが)、アニマルシェルターレポートという超個人的レポートを趣味で書きました。
趣味なので、大変甘く、適当な内容なのですが、何かの参考になれば…と思いましてブログにも転載します。
しかし、数値などについては参考URLから引っぱってきたものですし、嘘は書いておりませんので、ご安心を。←
ただ、自分でも「なぜこの数字を引用しているのか」などはなはだ疑問な点なども多々あるのであります(゜o゜)

しかし、現実問題こんな状態なのです…辛いですね。
ペットを飼ったら最期まで。当たり前のことなのに。

私としては、ペットショップでの生態販売自体は安易な購買につながるし、結果保健所で殺されることになることが多く、また、パピーミルなどの現実があるので、賛成できることではありません。
しかし、このような現実を知ると、ペットショップの動物を購入した人を批判する人がいるのですが、それは違う。購入した動物を大事に最期まできちんと飼っている飼い主を批判できる人なんていない。出会い方なんてそれぞれあるのだから。

私は、まずは知ってほしいと思う。
現実を、目をそらさずに見てほしい。
水面下で起こっている不幸なこと、という認識でいては、いつまでたっても不幸なことが水面下で行われている国の民族でい続けることになってしまいます。

そして、これからペットを飼おうと思っている人には、ペットとの出会い方の選択肢を広げてもらいたいと思います。

日本にもアニマルシェルターや保護施設がたくさんあり、多くはボランティアの方々が支えています。
それでも、ものすごい数の犬猫が殺されています。

以下、レポート。


アニマルシェルターレポート
平成23年10月5日
あじゅら
シアトルのアニマルシェルターの見学についての報告書

はじめに
 
“ペットブーム”という言葉がある。ペットショップやインターネット上のサイトには愛らしい子犬や子猫が並んでいる。そういった愛らしさが、不景気や政治不安などの世相を反映してか「癒し」や「安らぎ」を求める人々の琴線に触れる。そのような理由で多くの動物たちがさも当たり前のように売買されている。
 一方では、「かわいい」と安易に動物を購入した結果、飼いきれなくなって「捨てられる」動物が後をたたない。わが国においては、毎年20万頭以上の犬猫が殺処分されている。たとえば平成21年は犬猫合計して239,256頭であった。その内、飼い主が自ら保健所などに持ち込んだ数は82,369件にのぼるという(地球生物会議ALIVE』のデータによる)。
これは日本における表面化しにくいが確実に存在する問題である。その原因のひとつにペットモラルの低さが挙げられるだろう。そしてそのモラルを作っていくのは、飼い主自身であると同時に、先導すべき行政であり、動物取扱業に携わる者であるべきと私は考える。
 さて、ペット先進国といわれているアメリカにおける動物との関わりのひとつにアニマルシェルターが挙げられる。アニマルシェルターとは、捨てられたりして飼い主とはぐれた犬や猫をはじめとする動物を保護し、飼い主を待ったり、次の飼い主を見つけたりする動物保護施設である。しかし、保護の期間というのは施設によって異なり、NO-KILLと呼ばれる、殺さずに飼い主が現れるまで保護するところもあれば、病気などの理由やどうしても引き取り手がない場合には殺処分(※筋弛緩剤などを用いるものやガス室による殺処分である)という選択を持つところもある。
さて、今回、私はシアトルのアニマルシェルターを訪れるという好機に恵まれ、見学させてもらった。そこで感じたことや日本との比較を、まだまだ、研究も力量も足りない部分が多いのだが、書かせてもらおうと思う。

ペット先進国
 そもそも、なぜアメリカがペット先進国と呼ばれるかについて考えたい。
 まずは、今回訪れたシェルターもそうだが、市がその運営費のほとんどを出して動物を保護する姿勢が見られる点である。また、足りない部分は寄付金(donation)を募り、それがきちんと集まっている現実があるのだ。そして、多くのボランティアスタッフによって成り立っているという。当然のことだが、ボランティアであってもきちんと使命感を持って仕事をしているとのことであった。仕事時間はシフト制で組まれており、3ヶ月間のミーティングなどを経ての活動である。その人その人に合った仕事が割り振られているそうだ。ボランティアや寄付金が集まるという点を見ても、動物福祉に関心の高い人口が多いことがうかがえる。
 また、私の見た限りでは街中に野良猫は一匹もいなかった。これもボランティアや行政の積極的な活動によるものなのであろうか。これは憶測の域を出ないが、万が一野良猫がいたとしても誰かがすかさず保護をする体勢があるのではないだろうか。動物福祉に関心の高い人口が多いとはそういうことであると思う。
 公園でベンチに座っていると、小さな女の子が大きな犬を連れて散歩していた。勿論、そばには両親がいる。見ていると彼女は、公園で犬のリードを放して一緒に遊び始めた。犬は、小さいながらも彼女のことを自分よりも上位の者であると理解している様子であった。そうでなければ、ノーリードになんてできないし、少し距離が空いてしまった時に彼女が呼んでも戻っては来ないだろう。また、場所を移ってみても、犬がノーリードで放されている光景はよく見られた。犬同士の接触はあるが、喧嘩になったりせず、一緒にかけまわったりしている。ある飼い主の投げたおもちゃを他の犬が一緒になって追いかけたりということもごく自然に受け入れられていた。犬を連れていない周囲の人たちも我関せずという風情で日光浴をしたりしている。犬が全面的に受け入れられているように見えた。こうなるためには、例えば散歩時の汚物処理がきちんとなされていることはもとより、犬のトレーニングが徹底されている必要がある。また、幼い子と犬の間にも主従関係が成り立っていることから、幼い内から犬に関する知識や接し方についての教育がされているのではないかと考えられる。
 さらに、アニマルシェルターでは、飼い主になる人に対して必ず避妊・去勢を約束させる。これにより、殺される命を減らすという考え方である。また、引き取り(adopt)をするには、居住環境に関してなどのアンケートに答えたり、面談が設けられたりしており、簡単にもらいうけることはできない。こういった点からも、動物福祉に関心の高い人間が先導してこれから飼い主になる人にペットモラルを教えていることが見受けられる。
 このほかにも、動物に関する研究の進んでいる点や、自然食品のペットフード店があったり、家族として受け入れる際に子犬・子猫にこだわらなかったり、ペットショップからではなくアニマルシェルターから引き取るという風潮があったりすることなどたくさんある良い点がペット先進国と評される所以であろうと考察される。

(つづく)