● 『そのままのあなたが素晴らしい』 田中信生 | 本読んだっていいじゃない♪

著者は、米沢在住の牧師である。


現在、カウンセラー的仕事が多いようだが、

その予約は数年先までいっぱいと聞いた。


「問題行動は改めさせる、しかし、その子は徹底して受容する。

罪を憎んで人を憎まず、です。」


カウンセラーも最終的にはここなんだ。

前回の伊藤さんと同じスタンス。


また、

「受けるより与える生き方」

も説いていた。


「 実は、与えるためには、 ”もらう” という気持ちが必要です。

  どんなにたくさん持っていても、与え続ければいつかなくなります。


  親切して ”あげる” では、いつかエネルギーがなくなってしまう。

  

  親切をさせて ”もらう”、 掃除をさせて ”もらう” だと、 

  どんどんエネルギーが増えていき、疲れることがありません。」


何人もの女性と浮気をしてしまうご主人の相談に来たある奥さん、

のエピソードがあった。


カウンセリングを学び、夫が家をあけても文句を言わない、

帰ってきてくれるだけで幸せだという態度で接したところ、

次第に夫の女性遊びのペースが落ち、謝罪を口にするようになったとのこと。


これも見方を変えれば、

帰ってきて ”くれる” だけで幸せ、になる。


与えていても、”あげる” と ”されてもらう、くれる” では疲れが違う。


与えていたのに疲れていたら、”語尾”が”あげる”になっていないか、

考え直すところに知性を使える自分でいたい。


***** 一部抜粋 ******************


● 彼女は夫の心の渇きを知って、

自分が母親になってあげようと決めました。


謝罪を口にした夫に

「 私はあなたがいてくれるだけで幸せです 」


心の底から出た言葉でした。

それからみるみる夫が変わっていきました。

やっと母に愛された実感があったのでしょう。


現代の価値観からいえば、このような例をあげると、

どうして男のわがままのために女性が無理を、と反論が上がります。


我慢しないで離婚すればいいではないか、

女の主体性はどこにあるのか、というわけです。


得てして知的な女性に多いのですが、

相手の苦しみを理解しようとすることは、

相手に屈服することではありません。


この男性は、何人も女を替えていい思いをしているのではなく、

満たされていないのです。


自分を顧みる余裕さえないままに、女性遍歴を重ねている。


それを妻が愛をもってストップさせてあげることは、

主体的な行為だと思いますが、

いかがでしょうか?



● 不登校の子供に 「もう行かなくてよい」 と言い、

行き始める子と、もっと不安になってしまう子がいます。

なぜでしょう。


行き始めたケースは、

その子がなぜ学校へ行けないのかという気持ちがわかったから

「行け」と言わなかったのです。


駆け引きでなく、本音で心に触れたからよかった。


不安になってしまったケースは、

親と教師は、行けと言わない方が効果があるだろうという

動機からいわなかっただけで、


ほんとうは行かせたかったのです。


「行かなくていい」はたんなる駆け引きです。


言葉が問題なのではなく、

その言葉がどういう気持ちから出てきたのかが問題なのです。


その動機に「治そう」があるのか、「分かろう」があるのかの違いです。


意図的に企てられたところに、真の治癒はないのです。


******** 以上 *********************