『成人の日』の行事は、今や様々な名目で呼ばれているが、以前は『成人式』と呼ばれていた。その前身は戦後間もなく埼玉県の蕨で始められた青年団の、当時の団長の呼び掛けであったことは結構知られている。


古今東西様々な伝統があるけれど、それらは多分誰かの思いつきで始まったのだと思う。


例えば、富士山の近くの市で行われている夜中に大きな松明を沢山焚く奇祭と呼ばれている祭り等は、始めた当初の集落の人口を考えたら、ほんの小規模の行儀だったろうし、それこそ誰かがほんの思いつきで始めた事に違いない。

その後、誰かが意味付けを加え、伝統が始まったのであろう。


宗教も同じかもしれない。


誰かが思いついた事柄が、伝統と呼ばれる行事になるという事への隔たりに何か違和感がある。


若い時にはそんなことは全く考えなかった。

と言うより、無自覚に積極的にそれらの行事に参加していた。


伝統的行事がある事に特に異論はない。

只、以前は普通に行われてていた秋の大運動会が(春の小運動会に対しての呼ばれ方)、現在は多くで春のに行なわれるようになっている。

そこには、様々な理由や原因があると思うが、要するに伝統は変化するという事である。


高齢者になってから気付く事が多いものだと思う今日この頃である。