明日の今頃は、もう帰ってきてる。
一喜しているか一憂しているかは、24時間後には既に決定しているんだ。
今の心臓の動きを、伝えたいくらいだ・・。
早い、早すぎて、少し苦しい。
仕事と一口に言っても、そんなに悲観的になったり心配をしなくても、
やり直す時間はいくらでもあると思う人もいるかもしれない。
事実、そうだろう。今回失敗しても、俺の年齢や環境を考慮すれば、
まだいくらだってやり直しが利くと、はたから見れば感じるだろう。
だけど、そんな理屈でこの緊張感が消えるなら、みんな苦労はしない。
数撃てば当たる的な挑戦ではなく、一発勝負のつもりでこの試験に向けて準備をしてきた。
入りたかったから、がんばった。面接練習だって、最後まで叱られっぱなしだったけど、やってきた。
俺も、一回は体験してみたいことがある。
今までは、それを体験する努力すら怠ってきた。
それは、頑張ったことが報われる、という体験。
21年間、嫌なことからは逃げ、厳しい現実を直視するのが嫌で、自分の殻に閉じこもった。
努力すれば何とかなるかもしれなかったことでも、「俺では駄目だ」という気持ちに負けて、
結局何もせずに時間だけが経った。
だから、初めての挑戦かもしれない。
甘えている部分を、勘違いしている部分を、明るみにするときが来たんだ。
俺には少なからず、「今やらなくても、やる気になれば出来る」といった風な気持ちが、どこかにあった。
でもそれは、自分自身の能力を直視するのが嫌で、言い訳をしてるだけだった。
・・怖い。何が怖いかって、この一大勝負に負けたら、もう殻を抜け出せなさそうなのが怖い。
芸人の人達とか、スポーツ選手たちに見られたら、すっごい怒られそうな文章だよね。
「壁にぶち当たって、それを乗り越えて人は大きくなる」とかね・・。
偉い、立派、お見事。その通りでしょうよ。
挫折を繰り返し、人は始めて深い考えとか人の気持ちを理解できるようになるものだろう。
それは、社会的なステータスとかよりも、ある意味大切なものかもしれないとも思う。
だけど、俺はもう嫌だ。
人がしなくていい挫折をした。人がしなくていい経験もした。人が気にしなくていいことも気にした。
・・ウンザリなんだよ。
小さいときから、壁しかなかったよ、俺の前には。
何も言わなくたって、最初から受け入れてもらえなかったんだから。
「人の中で生きる」なんて当たり前のことが、当たり前にさせてもらえない苦しみ以上に、
苦しいことなんかあるかよ。
卑屈。そういわれたら、反論する言葉もない。
人の言葉に耳を貸さないし、自分の考えを曲げもしない。
いや、十分曲げて生きてきたか・・
被害妄想なのかな?そうだとしたら、それも虚しい話だ・・。
こんな経験しかしてきていない自分が、受け入れてもらえるかどうかの勝負。
大袈裟に見えますか?話を飛躍させすぎですか?
ごめんなさい、でも、俺にとっては手ぶらで砂漠に行くくらいに度胸のいることなんです。