今日は母の日ですね。

僕はこの週末はお仕事なので
ひと足さきに昨晩、
奥さんにお花を贈りました。

photo:01



お花をお願いしたのは、
大泉学園にあるパパスガーデン
👇
http://www.papasgarden.jp/

ネットで大泉学園近辺の
お花屋さんを探していて見つけました。

HPからも分かりますが、
こちらはただのお花屋さんではありません。

店主の方が、
独創的なデザインのもと、
素敵なアレンジをしてくれます。

一見さんの私にも丁寧に接していただき、こちらのリクエストに沿って
丹念にお花を用意してくれました。

僕も今回のお花はほんと気に入ってしまいました音譜

実はこちらのお店は、
東映の撮影所が近いこともあって
仮面ライダー関係のお仕事などもされています。

うちの奥さんも息子と共に
仮面ライダーにどっぷりはまっているんですよ、
なんてお話もしたら、
今回のお花を
仮面ライダー風に仕上げてくれましたグッド!

ちなみに写真の隣に写っているのは
息子からの母の日のプレゼントで、
ママの顔を描いたタオル掛けです合格

パパスガーデンの店主は、
ちょっとダンディーな感じの
カッコいい~方なんですが
お花を作ってもらっている間に
創業の経緯なんかもお話しいただきました。

38歳の時にパパスガーデンを開き、
いま創業12年。

花屋のビジネスもほとんど知識ゼロから始めたそうです。
それがいまの独創的なコンセプトに
つながったとのことでした。

いや~一気にファンになりました!!

iPhoneからの投稿
今日は快晴でしたね晴れ

我が家の温泉旅行もこんな快晴だったら気持ち良かったな~と思わず思ってしまいますがむっ

ま~記録的な大雨までいってしまえば忘れ難い思い出となるでしょうかお

今回泊まったのは
網代観光ホテル。

http://www.ajirokankou.com/

我が家はワンコ連れなので
ペット宿泊可という制約が常にあります。

ペット可だとペンションとかが多くなってしまいます。

しかし、この旅行は両親4人も同伴なので
温泉につかってゆっくりできるところが良いという選択基準から
観光ホテルや旅館で探して見つけたのが網代観光ホテルでした。

このホテルはあたりでした合格

網代温泉の漁港のすぐそばにこのホテルはあるのですが、
ホテルの外観も内観も風情があり、
僕はとても気に入りました。

大雨で写真を撮る余裕もなく写真をアップできないのが残念ですショック!

泊まった部屋は『見はらし』という名前の部屋で、
見事なオーシャンビュー汗
photo:01



塩味の温泉も程よい湯加減でグッドグッド!

4才の息子もつかることができましたし。

晩ご飯も豪勢で、舟盛りはじめ魚料理を満喫音譜

ちなみに今回は義父の古希のお祝いをしました。

オリジナルラベルを貼った日本酒をプレゼント。
この日本酒はネットで注文したのですが、
なんと古希を迎えた方の生まれた日の新聞も一緒に届けてくれるというサービス付きのもので、
これは義父にもかなりサプライズになりましたチョキ
photo:02



その新聞の内容は太平洋戦争開始の1ヶ月前で戦争の記事ばかりでした。

そんな時代を生きてきた親の世代にはリスペクトを感じますかお

翌日は雨もほぼ上がり、
小田原城に寄りました。
photo:03



5/3は北条家のお祭りでお侍さんもたくさんいました。
photo:04



そして最後は小田原の『早雲』というお蕎麦屋さんでお蕎麦いただきました。
photo:05


桜海老のかき揚げ美味でした音譜

という感じの網代温泉旅行でした。

久々の遠出でリフレッシュできましたニコニコ

iPhoneからの投稿
昨日は静岡方面は記録的な豪雨でした。

ここ網代温泉も昨日の午後から夜半にかけてものすごい豪雨で、寝ても目が覚めるくらいでした雨

こんな日に旅行するとは、なかなか思い出深い旅行になりそうです。

今朝は雨上がってくれました。
photo:01



部屋はオーシャンビューで
網代の港が目の前です。

iPhoneからの投稿
今日は両家の両親と一緒に網代温泉に来ています。

見事に春の嵐に遭遇。
photo:01



お泊りするお宿はなかなか良さげです。


iPhoneからの投稿
桜もこの週末で散ってしまいましたね。

僕の大泉でのランニングコースにも

こんな立派な桜が咲いていました音譜
photo:01



そしてこちらは毎日の通勤路の桜並木。

息子とサイクリング中にパシャり。
photo:02



結局今年も桜のしたで宴会ができなかったので、

来年はやりたいっすあせる

iPhoneからの投稿
昨日は家族で

茨城の坂東市(守谷の西北)にある

茨城県自然博物館に行ってきました。

入場料も大人700円ぐらいで幼児は無料ということで、
(料金も安いので)そんなに期待しないで行ったのですが、
いやいやかなり充実でしたニコニコ

息子は恐竜コーナーにはまってましたグッド!

この恐竜は動くんです!!
photo:01


photo:02



4歳の彼はまだこういう分かりやすいもの(動く面白いもの)にしか興味を示しませんが、

もっと大きくなれば興味の対象も変わると思いますが、

小学生でも十分満喫できそうな展示でした。

ちなみに私は地球の歴史についての
ムービーを見ました。

地球で一時代を謳歌した恐竜は

巨大隕石が地球に衝突したことにより引き起こされた異常気象で滅んだとのこと。

人間の時代はどうなっていくのだろう~とふと考えてしまいました。

この茨城自然博物館は

周りの公園も充実していて、
桜の季節はお花見もできる感じでした。

嫁さんの実家から近いのでまた行こう、と思いました音譜
今日は4/1。

日曜で休みなので新年度という感じしないです。

自分の会社も3月決算じゃないので。

でもせっかくキリのいい日なので、
年明けからまだ書いてなかった新年の目標を書いてみよう。

1.マラソン
今年は秋と冬に2回、マラソンに出走ビックリマーク

目標タイム 2時間10分切り

途中エイドステーションの時間を考えると少なくとも1キロ5分40秒平均でいく必要がある。

このためには継続的に、走力アップのトレーニングが必要になる。

最近のランニングコースはかなりアップダウンがあるので走力アップにはもってこい。

ちなみに今日の風景⬇
photo:01


photo:02



当面は週1で15キロのランニングをスピード重視で取り組もう。

夏場の練習をしっかりこなせるかがポイントかな。

2.中小企業診断士登録完了
次の夏と次の冬(来年の2月)1回ずつこなして、トータル3回15日の補習をクリアし、診断士登録をするメラメラ

3.家族旅行
去年は家族旅行ゼロだった気が。
今年は行くぞアップ
沖縄とか行きたいな~音譜

そんな感じです。

今年度は楽しくやりたいですグッド!

iPhoneからの投稿
もうだいぶ前ですが、1月に走った勝田マラソンの簡単に振り返っておきたいと思います。

2010年秋にマラソンデビューしたつくばマラソンの時との記録を比較してみます。

◆ハーフ通過タイム
2010秋のつくば 2:09:32
今回の勝田 2:09:55

前半はそんなにら変わらないタイム。

しかし、しかし、

勝田マラソンでは

このハーフの時点でかなり脚にきていたんだと思います。

たしか26キロぐらいのところで
大きな陸橋があるのですが、
そこの坂道の登り途中でなんと太ももの裏がつりかけてしまいました。

その陸橋はなんとかつらないようにやり過ごしましたが、
勝田マラソンの後半戦は実に坂が多いんです。

練習不足の脚では、どんどん出てくる坂を走って登ることができません。

坂がくるたびに歩いてしまいました。

脚がつるのが怖くて歩くのですが、
そのうち坂を理由に歩いていた感じでした。

そして、35キロ過ぎると国道の交通規制がなくなりました、

交通規制がなくなったので、
横断歩道では赤だと止まる必要があります、

赤のたびに一休みです。

という感じで、坂で歩き、信号で止まりの繰り返しで後半はかなりペースダウンショック!

で結果は・・・

◆フルマラソンのタイム(ネット)
つくば 4:12:57
勝田 4:38:10

終わってみれば
前回のつくばに比べて
後半で26分の遅れとなりました。

ということは後半だけで1キロあたり73秒の遅れ。

走っている時はそんなに遅れてるとは思わなかったのですが、
タイムは正直です。

そして、練習量も正直です。

精神的にも頑張れなかったマラソンでしたガーン

次のマラソン大会は決めていませんが、
次回はマラソンデビューのつくばマラソンのタイムを抜きたいメラメラ

と思います。









iPhoneからの投稿
今日で震災から1年。

東日本大震災で亡くなられた方の
ご冥福を深くお祈りいたします。

今日は朝10キロランニングしたあと、
家族で後楽園までおでかけ。

息子と妻が大好きなゴーカイジャーのショーを柏時代のお友達の家族と一緒に鑑賞。

そのあとは3家族で久々に賑やかなランチを過ごしました。

子供達が夢中になって遊んでいるのを見ていると柏の頃みたいでした。

家族で過ごせることに深く感謝します。

震災後の1年は正直、自分や自分の家族のことでいっぱいいっぱいでした。

1年経った今も、復興はままならないようです。

震災前から日本は、少子高齢化が進み、経済成長は期待できず、財政も悪化の一途でした。

そんな日本の将来に僕は明るさを感じていませんでした。

そして、震災。

原発事故によって、震災は被災地だけでなく、もっと広い範囲の人達に直接、間接的に関わるものになった。

僕らもその中に含まれる。

そして、これから数十年にわたり、
震災というのはなんらかの形で僕らの世代に影響を与え続ける。

それは被災地の復興という直接的な関わりかもしれないし、そうではない形の関わりかもしれない。

僕はいま30代後半のアラフォー世代。

社会の仕組みもいろいろ分かってきた世代。

上を見れば、自分の親の世代をはじめとする引退世代がたくさん居ます。

下を見れば、自分の息子のようにこれからの未来になんの心配も憂いも持っていないキラキラした世代がいます。

その間の僕にできることを今年から少しずつやっていこう。

直接的でなくても良いと思う。

上と下とそして自分たちのすべての世代がいきいきと暮らせる日本にしていきたい。

会社で頑張ることがそれにつながるはず。

休みの日にできることもたくさんあるはず。

自分が成長していくことが、今後の日本の成長につながるかもしれない。

そんなことを今日の終わりに感じました。
明日で震災から1年。

震災までは柏で一生暮らすものと思っていた。

しかし、我が家は柏のマイホームを手放し、いまは練馬にすんでいる。

震災からの1年はこれまでにないくらいら長い1年だった。

僕はなにか思ったら動かないといられないタイプ。

やらないでもんもんとしているくらいなら、とりあえず先は分からないけどやってみよう、という思考。

マイホームの売却もそうだった。

柏を離れるのもありかな、家も売ってもいいのかな、となんとなく最初に思ったのは確か2011年の6月ぐらいだったかな。

妻の実家で隣の家が売却されたんだ、という話を聞いて、
へーこんな古屋でも売れるんだ~、と軽く思ったのがきっかけ。

そのあと、試しにマイホームの売却査定をとってみた。

その時はまだ冷やかしレベルだった。

夏までは中小企業診断士の1次試験があって、忙しかったので、
それが終わるまでは具体的には動かなかった。

8月上旬、1次試験が終了。

試験勉強しながらも、
我が家の中では、柏を離れてもいいかな、という雰囲気が徐々に醸成されていたと思う。

8月は僕の誕生日。

その誕生日にマイホームの売り出しを決定した。

僕の両親も妻の両親も、驚いて、その決断に戸惑っていたと思う。

柏で6年間にわたりコミュニティを築き、多くの友達がいた妻は、
頭ではなんとなくわかっても、
心はとても柏を離れるのが受け入れららない感じだった。

職場が東京で、起きている時間の8割を職場で過ごす僕だけが、割り切れていた感じだった。

なんでもやってみれば自ずと道が開けてくる、それまでの人生経験でなんとなくそれを感じていたから、
マイホームを売って、新たな地で生活を始めることも、それはそれでどうにかなるだろう、と感じていた。

むしろ、マイホームを買うとどうしても、そこで人生の型が決まってくるので、
それをリセットし、もう一度チャンスをもらえたと思うことにした。
その分、家族や親には多大な負担がかかってしまうが。

家を売りに出してからは、なかなか有力な買い手が現れず、その間の不安定感には自分も含め家族は精神的に参っていた。

ただ、一歩一歩進み続ければ必ず道が開けてくるとは思っていたし、
11月後半ぐらいになると、もう次の春ぐらいに売れればいいかな、と心境にもなっていた。

一方で新居は夏から本格的に探していた。

もともと夫婦それぞれが一人暮らしをしていた練馬方面で有力な物件が出て、そこに申し込みをしたのが、11月下旬。

家がなかなか売れないので先に引っ越すという決断をしたのだ。

息子の幼稚園も
年明けの3学期から新しい幼稚園に入れたかったという思いもあった。

家を開けてしまったほうが買い手も、付きやすいだろうという淡い望みもあった。

春までは住宅ローンと新居の家賃の二重払いも覚悟していた。

短期間であれば持ちこたえられるかな、という感じだった。

もちろんそれなりの計算はしていたが。

そんな矢先に有力な買い手が現れた。

まさに我々夫婦からすれば、
青天の霹靂だった。

その買い手への売却話がとんとんと進み、12月下旬に売却契約にこぎつけた。

そして、クリスマスもそっちのけで
引越しの準備をして、
年明けの1月2日に新居に引っ越した。

1月の下旬に正式に家を引き渡した。

2ヶ月ちょっと前まで柏のマイホームに住んでいた。

もっと前のことに思える。

それぐらい新居での2ヶ月も濃い日々だ。

まさかまた都民になる日が来るとは。。。















iPhoneからの投稿