広島カープ優勝☆ | まぁ状況で◎。富澤祥行 アメブロにて

まぁ状況で◎。富澤祥行 アメブロにて

玉川学園の秘密兵器と言われて久しい(?)名も無きテノールのその日常。


今日 広島カープが25年ぶりにセ・リーグ優勝を果たした。

毎年スタートは良くても5月の鯉のぼりを過ぎた辺りで失速し続けていたカープだが

今年は交流戦もそれなりに乗りきった為にそのまま一位抜けしてしまった(^^:)。

まぁスワローズファンとしては微妙でも、一プロ野球ファンとしてはこれで良かったと思うものである(*^_^*)。


というのも

オレが完全に物心つき、プロ野球への記憶が完全に残り始めたのがカープが初優勝した昭和50年からである(オレ五歳…)。

とにかくこの年の赤ヘル旋風は印象的で、特にこの年のルーキーだった北別府投手がフジカラーのCMにまで登場し、
そうか世間はそんなに騒ぐのかと思ったものだ(^^:)。


さてその後も、

もちろんヤクルトファンのオレと、カープとの歩みは続いていき(^^:)


あの伝説の「江夏の21球」で初の日本一になった昭和54年は、あの優勝シーンをなぜあんな時期に伊豆に旅行したのかはしらないが、祖父母と伊豆下田の街頭テレビで観た。
(大阪球場の夕焼けと江夏の偉大さが印象的だったなぁ…)


翌年はスワローズが好調だったにも関わらず、前年王者カープにだけはボコボコにされ、最後まで首位につくことはできず、小5のオレは心の底から山本浩士と衣笠を恨んだものである(油粘土で二人を型どり呪いの儀式をしたほどだ…(^^:))。
結局カープは連続日本一、
きっと当時の近鉄監督の西本さんも二人に呪いの儀式をしたに違いない(≧ω≦)。


その後は我がスワローズはまさに暗黒の時代だがカープは円熟の感あり、

昭和59年は山本浩士、衣笠はもちろん、山根、北別府、大野の三本柱に、この年異常に調子が良かった抑えの小林がいて、その年三冠王だったブーマーのいた阪急をも日本シリーズで破り昭和50年のリベンジを果たす。

この頃のカープはイメージとしては強いカープ、
86年、91年とセ・リーグ優勝を果たした。
(86、91もいいチームだったが、すでに黄金時代を迎えたライオンズにシリーズで惜敗したのだ。西武強かったもんなぁ…)


そして25年


最後に優勝した91年は松井玲奈やあっちゃん、ゆきりん、きたりえなどが生まれた年である、

月日の重さを感じるなぁ(^^:)。


おめでとう、カープファンよ。

今年は許す(*^_^*)!!