久しぶりの投稿です
ヒーラクラス4年目になりました。
今日のカウンセリング提供体験からの気づき
を自分のために記しておきます
私の過去、私は建築の仕事をしていました。
夫婦ともに同じお仕事で出会いました。
そして
自分たちで自宅を十数年前に建てました。
建築士夫婦なので、仕事の経験もあり
そこそここだわって作りました。
自分でいうのもなんだけど、
すごく素敵なお家です
あくまで自分たちにとって!ですがね

(引き渡しの直前に私は倒れたんですが
)


しかし
どんなに素敵なお家を建てても
幸せとは限らない。
酷い鬱に苦しんでいた時は、
”素敵な家”を手にしても
自分が必ず幸せにはなれるのではない(残念)ということを思い知ったし
他の人からどれだけ素敵と言われても
自分の苦しみには素敵な家を持っていてもクソの役にも立たない(悲しい)
と思っていました





いろいろと自分と相手や世界と本当に戦っていましたね。。。
もちろん結果的に苦しみしかなかったよ

全ては
”それを自分はどう感じるか”
だなあと改めて感じます。
というわけで
今日のお話し、、、
カウンセリングする時に
素敵なお家はどうなん??
という話です。
紹介から急遽の対面カウンセリング@自宅
初めましての対面。
我が家の空間をどのように感じるかにも
その方のパターンが見えてくる。
キョロキョロと部屋のあちこちを見渡し
インテリアに目が行くクライアント。
『すごいですね(羨ましい)』
話しをしながら見えてくるパターン。
その人の表面を覆う防衛の場所。
表向きには自分はダメで可哀そうな人という鎧
内側の深くには敵対心やジャッジメントの苦しさ
オーラル、マゾキスト、サイコパス
私にもこのパターンがあるから
そこにはとてもハートに痛みを感じる。
『羨ましい』の中にある『嫉妬』
比較をしてジャッジすることや
その中にある攻撃性(自己・他者)に気がついてそれを本当にやめようと思えるまで
自分の苦しい戦いの世界は終わらない。
『嫉妬』は比較の傷から起こる
きょうだいとの比較
どちらが親の愛を得られるのか?
はたまた
異性の親の愛が、同性の親に取られた裏切りの傷。
上か下か?どちらが愛されるか?
私がいい?相手がいい?
終わらない二元性、ジャッジメント
この苦しみには
その比較は本当に自分に必要だろうか?
自分に価値がないって本当かな?
本当は自分はどうしたい?
自分にゆっくり問うためのスペースが必要です。
一朝一夕にはいかないけれど
本当に自分のために動くことを練習していくと、自分にも他者にも
尊敬や尊重を持てるようになっていく。
そう感じます。
自分の傷からのパターンだから時々はやってくる。それも許してあげる。
『嫉妬』を含んだ全ての防衛は
針穴から世界を見てるみたいな
子どもの意識
自分の一部にしかすぎない!
大人の意識の愛をそこに使って
自分を救ってあげてほしい。
自分ひとりではできない、当たり前です!
自分のことは自分だけでは見えない
そんな仕組みすら私たちは知らないのです。
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反省と気づき
いつものオンラインは余分な情報がないから
本題に入っていきやすいなあとか
対面の安心感もやっぱりあるなあとか
いろいろ気づきがありました。
セラピー提供については環境含めて配慮が必要だね!!とも。
ヒーリングとカウンセリングもそれぞれ違うよね。
自分の安全なセラピールームを作ってみたいなあ


