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はじめに
食事内容は東京のすこしいいホテルと同等だったが、現地のものを選べるたのしさ、体育館ほどの高さがある天井の空間で食事できる特別感はとてもいい経験だった。
とはいえあまり現地のものは食べず、小籠包やビーフカレーなど普段から好きなものを選んだ。ビーフカレーはこれまで食べたカレーの中でもかなり上位だったと思う。
朝食後、この旅で初めての便意を催したため、部屋に戻ってトイレにこもる。便器の隣にある「便器らしきもの」の正体をAIで調べると、またがってお尻を洗う器具らしい。
手間や正確さを加味したうえで、どう考えてもウォシュレットのほうが7つ星を感じられそうだが、現地の価値観に基づくとそうではないらしい。
しっかり出し切ったのち、何度も忘れ物がないかくまなく調べてチェックアウトの11時に部屋を出た。
さて、今日の24時30分に成田行きのフライトで帰るわけだが、今回の旅最大のヒマが訪れる。ここを制してこそブルネイ旅を制したといえる。
大してアイデアもないが、松本くんの調べてくれたモスクに向かうことに。配車アプリDartで正面玄関までお迎えをお願いすると、先日車内でぼくが落とした1万円をホテルに届けてくれた「nurr」とマッチした。
感動の再会ムードになるかと思いきや、nurrはこちらの顔を見ることもなく乗車を促した。気づいてないのかと思い、後部座席かは「Long time no see!!」と話しかけると、ようやく「year year」と返事があった。おそらくブルネイでは旅行者も運転手も少ないため、このような再会は珍しくともなんともないのかもしれない。
ほどなくして着いたモスクはなかなか壮大だった。RPGで出てくる「試練の塔」的な建物もあって、冒険心をかき立てられた。観光客が入れるのは14〜15時のわずか1時間だったが、その間に限りなく絨毯で敷き詰められたモスク内をこれでもかというほど散策することができた。
信者と見える男性が、床にひれ伏して祈る姿が印象的だった。それとは別に、男女の祈る部屋が分かれていたりもするようで、このあたりは知識の薄いぼくでは何が行われているか全容がつかめない。
モスクからthe mallというブルネイ最大級のショッピングモールに移動して丸亀製麺でランチタイム。親子丼やチキンカツカレーなど、豚肉を使わない和食が豊富にあること、海苔の天ぷらなど日本で見かけないトッピングもあること、帰り際にスタッフ一同で「アリガトウゴザイマシタ〜!」と声をかけてくれることが印象的だった。そう、この日記はほとんど備忘録のために書いている。
その後、ダイソーへ行ったり、ゲーセンで遊んだり、映画館でトイストーリー5を観ているうちに、近くでナイトマーケットが始まる時間になった。そう、ただの地元民が夜飯を食べにくるだけの場所だが、それゆえに最高なのだ。
松本くんはナシカトック、ぼくはミーゴレンを主食として、実質最後の現地食を嗜んだ。松本くんはきりたんぽを再挑戦していた。冷蔵庫冷え冷えきりたんぽよりは食感がマシだったが、まあきりたんぽはきりたんぽだった。ぼくはタップリ500mlほどあるアボカドのフレッシュジュースも飲んだ。「フルーツを液体化して供給する」というのは、個人的に余るほど豊富にあるんだろうという偏見がある。アボカドがジュースにするほど豊富なのは羨ましい。これも1ブルネイドル。約120円で飲める。
21時ごろには空港に着き、0時半発のフライトを待った。過去これほどにガラガラだった空港は初めてかもしれない。荷物検査も我々2人しかおらず、PCさえカバンから出さないゆるゆる審査であっというまに搭乗口へ着いてしまった。
搭乗口には、いったいブルネイのどこにいたのだろうと不思議になるほどの日本人が集まってきた。旅中はほとんど聞かなかった日本語にすこし安心感を覚え、ほどよい眠気に誘われるまま搭乗口をあとにした。
地元民で賑わってた食堂のマレーシア食うまい。焼きそばにあんかけのかかったようなモノで、200円くらい。働いてたおばさんに日本から来たと告げると大変喜んでくれた。沖縄の食堂にいるオバァのような風貌で働いている人もいて、いい空間だった。
フェリー乗り場へ向かう前に、最後のお酒を買う。ふたたびブルネイ国内に持ち込むためだ。ようやくビールが1缶あたりで売っている店を見つける。ハイネケンも地元ビールも1缶4リンギット。157円。
どうして地元ビールも欧米系輸入ビールも同じ値段なのだろう。仕組みがまったくわからない。お酒が続いてることもあり、量はそんなに要らなさそうだと予想。旅の疲れもあるため、荷物はなるべく重くしたくない。昨日は部屋で日本から持ってきたウイスキーも大量に捨てた。そしてビールを2缶だけ買う。松本くんは4缶買っていた。
いよいよ不要になるリンギットをうまく使い果たしてフェリー乗り場へ。すでに買ってある復路のチケットを受付で渡すと、なぜかお金を要求される。
Why? We already paid.
と言うと、tax、ということらしい。本料金に加えて2人で24リンギット必要だと。まもなく乗船開始となる中で、リンギット札を酒で使い果たすピンチ。
いそいで財布を漁ると、なんとか30リンギットあったので二人分払うことができた。このような残り現金とのせめぎ合いは、THE 海外旅というカンジ。ひとまずフェリーに乗れてホッとした。
ブルネイの港に帰ってくると、ふたたび静謐な空気感に浅い懐かしさを覚えた。タトゥーや髪型で自己表現している人がおらず、だれをみても「いいとこのぼっちゃん」という雰囲気を醸している。
本日泊まる予定のThe Empire Buruneiのチェックインまで時間があったので、タクシーで適当なショッピングモールへ。このあたりの時間の潰し方はほんとうにブルネイ旅の鍵になるところで、あまり「時間」を「潰す」という表現はすきではないが、それでもどこかで「時間」を「潰」さざるを得ないのがブルネイだ。
こないだ水上集落ツアーをしたとき、ブルネイに6日間滞在する予定だと告げたとき、船乗りのおっさんがやや驚いていたのはこういう理由なのだと納得した。
ショッピングモールの一角にあったカフェでランチ。とくになんでもないチキンカレーとオレンジジュースを頼んだが、このなんでもない感満載のオレンジジュースがとても安くて美味しい。やはり南国はフルーツが取って捨てるほど豊富なのだなと実感した。
そして3時ごろにホテルへ向かってチェックイン。The Empire Buruneiは世界に2つしかないといわれる7つ星ホテル。本来は5つ星が上限だが、5つというには足りないとどこかのだれかが言ったのが広まり、通称7つ星ということになっているらしい。
しかし、余分に星を2つ付けてしまったがためにハードルが上がり、7つ星のクセに●●が残念だったなどとするネガティブな口コミがまあまあ多かった。ぼくらがいつも旅で泊まる場所など0.4つ星くらいだから、そのギャップはかなりのものだろうと期待した。
実際、とてもレベルが高かった。敷地内は広すぎてバギー移動だし、プールと海の境目がわからないほど広大なプールが敷地内を覆っていた。7つ星のクセにウォシュレットがなかったりベッド脇にコンセントがなかったりしたが、そこは見なかったことにしておく。
マレーシアから来た我々がお酒を持ち込んでいることを見越しているのか、プールから帰ってくると氷のたくさん入ったアイスケースが部屋に置かれていた。ここで前夜の「ウイスキーをすべて廃棄する」という暴挙を深く後悔する。卓球台が余裕で置けるほどの海に面した庭で、冷たいウイスキーが飲めたらどんなに美味しかったろう。
18時ごろになり、夕陽が見える先端スポットへ。砂浜際に映える立派な松の木、夕暮れを告げる虫の鳴き声。静止画を残しても動画を残しても日本の風景にしか感じられない。雲で水平線に沈む太陽が隠れてしまうかと思いきや、最後の最後だけ雲が切れて沈む様子がみれる珍しいサンセットだった。酒は部屋の冷蔵庫で眠っているが、とてもいい時間だった。
それから、ホテル内の軽食屋へ行ったり、部屋でビールを飲んだり、大理石まみれの浴槽に浸かったりした。
1泊2万以上する豪華ステイだったが、ひさびさの入浴で身も心もほぐれて、あろうことか21時半ごろ眠りに落ちてしまった。
今日はそそくさとブルネイを退散して、たった1泊だけマレーシアのラブアン島に向かう。
酒やタバコに税金のかからない天国のような島で、ブルネイとは対極的で陽キャな雰囲気を想像している。
港に着くのが早すぎて2時間ほどヒマがあったため、歩いて15分ほどの食堂に向かうことにした。
赤道直下の太陽を浴びながら歩道のまったくない道をトボトボ歩いていると、一台の車が止まる。27,8歳とみられる男の子が運転席から顔を出し、どこへ行くの、乗せてあげるよ、と。
一人旅なら問答無用で断っているところだが、松本くんはなんの疑いもなく乗せてもらうつもりのようだった。
きっと疑わなくていいのだろうが、こういう海外の声かけはほとんど疑って目も見ないままスルーすることが多くなった。ぼくがそうなったのは明らかに15年前のエジプト旅から。あそこでぼくは何か大切なものを失った気がする…
二人いればトラブってもまあいいかと思たことと、27,8歳の青年の瞳にまったくの曇りを感じなかったことから承諾して、車に乗せてもらうことにした。
ものの2,3分で着いてしまったが、歩けば10分近くを歩かねばならなかった距離だ。ついにはその青年に食堂まで送ってもらってしまった。
瞬時に疑いの目を向けた自分を恥じつつお礼を言って、車を降りた。アイスコーヒーを買ったり隣のスーパーマーケットに寄って時間を潰した。
高速船に揺られること90分。あっけない入国審査でマレーシアに到着して、真っ先に売店へ向かった。お酒が売っている。ただこれだけのことだが、とても恵まれていることのように感じる。
最低限のお酒を買ってミカサホテルにチェックイン。清潔でにこやかなおじさんがとても好印象の宿だった。ラブアン島はフェリー乗り場周辺にホテルが密集しており、狭いエリアに飲食店が困らないほど散らばっている。この食文化の豊かさに、ブルネイとは違う国に来た実感が一気に押し寄せた。
部屋の中で、日本から持ってきたウイスキーを部屋のマグカップに注いで、雑な部屋飲みを開始。部屋飲みは楽しい。1秒で横になれるし、トイレも10歩先にある。
部屋飲みでいい気分になった夕方6時頃、だんだん街がにぎやかになるのを肌で感じた。外から重低音の響くドゥンドゥンした音がどんどん大きくなる。やはりここは陽キャの性質を持っているらしい。
ようやく外に出ると、すぐ近くにナイトマーケットがあったので向かう。ブルネイのそれと違うところは、観覧車やゴーカートのネオンが輝いてる点だ。全体の敷地に対する子供向けコンテンツの面積が大きくて驚いた。そのことからもわかる通り、日本よりもずいぶん平均年齢が若くて勢いのある土地柄らしい。
ナイトマーケットでは食うところがなかったので、再びホテル近くの飲食街へ。明らかに中華系が経営してる食堂でチャーハンやビールを嗜んだ。「ナシゴレン」とオーダーしたら、どこからどうみてもノーマルなチャーハンが運ばれてきた。
ビールは大瓶が400円。これだけで安いと思ったが、1瓶おまけで付くらしい。まさに噂通り、酒好きにとっては天国のような島かもしれない。
食いきれないほどのチャーハンを二人でギリギリ完食して、食堂を後にした。
その後、ICHIBANというマッサージ屋へ。フット60分コースを受ける。1,700円。とても安い。松本くんは終わった後はすっかり眠っていて、スタッフさんに「アンタの友達、起きないからアンタが起こしてヨ」と頼まれる。東京のデジャブが早すぎる。
松本くんはマッサージが気に入ったようで、こんな気持ちいいなら日本でも受けに行こうかと。ぼくは2週にいっぺん行くほど大好きなので、話題が増えるのは嬉しい。しかしマレーシアのマッサージはずいぶんソフトだったので、わりとゴリゴリ攻めてくる日本の中華系マッサージはすこし性に合わないかもしれない。
さすがにマッサージ後は部屋に帰って即倒れ込むかと思いきや、それからまた酒を飲んだりスマホのゲームをやったりした。きっとマレーシアの陽キャがそうさせている。数店のカラオケやクラブから聴こえてくる騒音は夜中3時まで続き、3時で静かになったかと思えばそこからはW杯中継の音が部屋内へ漏れまくった。
とにかくブルネイの静謐さを一気に忘れさせる印象的な一夜だった。
小さな電動ボートを走らせて受ける風は気持ちよく、マングローブの中をひたすら奥へと突き進む。なんだか有名らしいテングザルのファミリーを見たり、動物園でみるようなデカい野生のワニをみた。ワニはなかなかの迫力。
水上集落はほんとうに水の上の集落で、住居や売店はもちろんのこと、学校や警察署まである。
なかには杭だけ残って建物が朽ち果てた廃墟のようなところもあって、なかなか見応えがあった。木が渡してあるだけの歩道をどきどきしながら歩いて、暮らしの一部をいろいろとみてまわった。猫がのんびりしてて可愛かった。
本土へ戻ってきてからは、博物館でひたすら歴史の遺品をみてまわった。歳を重ねてからは、なぜか歴史の遺品をダラ見するのがたのしい。極上のカーペットが敷き詰められた館内は、裸足で歩いているだけで気持ちよかった。
さんざん歩いてみて周り、一度ホテルに戻って爆睡。さいきんの旅では、午後に一度昼寝をはさむことが多くなった気がする。若い頃はどうしていたんだろうな。昼寝をすると、夕方以降の観光が疲労によるストレスなしで楽しめるからとてもいい。
2時間ほど眠って向かった先はナイトマーケット。といっても、観光向けのものではなく、地元民がわらわらと集まって夜飯を食いにくる屋台の集合体のようなところ。ゆえに客引きもなく、値段もローカルで、味もよい。しかも毎日開催。東南アジアは外食が安いからあんまり自炊しないというアレだ。
米にヤンニョムチキンをごろんと埋め込んで紙で巻いただけのナシカトック。120円くらい。これ1品で腹八分目くらいになるので、食べたいものはたくさんあってもなかなか食べられない。肝心の味だが、なかなかうまかった。
ソトというスープ、冷たいマンゴー、プロットパンガン、ほぼ衣しかないエビの天ぷらなど、買いすぎた一部を持ち帰って部屋で一杯やった。日本から持ち込んだ日本酒がうまい。
バナナの葉にもち米を包んだプロットパンガンは、どうみても見た目がきりたんぽのそれだった。味も値段もマンゴーは安定のクオリティ。日本は勝てそうにない。












