足りないからこそ、きっと人は頭を捻るんだ。
現代は”不足”が足りない。これは喜ばしくも、哀しいこと。発展を遂げてきた意味では喜ばしく、惰性で生きれるようになった意味では哀しい。
物資的に足りなかった頃は、豊かな時代を求め、改善するべく、頭を捻った時代。
物質的に豊かになり、得ようと思えばすぐにできる現代は、脳を甘やかせる時代。
極端な例かもしれないが、給料日まで残り1週間、財布に a)千円札 b)一万円札が入ってるのは、過ごし方が違う。頭の捻り方が違うだろう。
不足とは、問題を抱えている状態。問題があるから、そこに向かって頭を捻り、自分で考える癖が自然と身に付いてくる。物に乏しかった時代は、その中だからこそ"考える人"が多かったのかもしれない。
いつも無くなってからーー不足してから気付くのが人間でもある。その状態を目の前にして、対処できればいいのだが、その時になってからでは対処できないこともある。自分で考える力が圧倒的に抜けているから。不足は違う表現では、挫折とも呼べるかもしれない。
毎日のように、課題として不足を生み出しながら過ごして来た人と比べるとすれば、それが365日、それが何年と重なっていけば、その差は圧倒的とも言える
本当は答えは出ていないはずなのに、借り物の答えで満足している、そんな生き方はどうしても信じ切れない。本当は心は満足していない、それなのに物質的な満足に踊らされている。それは洗脳と同じだ。
心に満足を生むには、いま一度、物質的に"不足"をもつのが良いのだろう。
@bloketer
