ほぼ一ヶ月ぶりの更新!今回は韓国取材の話です。
今月の3日から3日間、訪ねたのは益山(いくさん)という人口およそ30万人の地方都市。首都ソウルから車で3時間、工業化が進む農業が盛んな町です。
益山(益山の街の様子)
取材の話はさておき、やっぱり興味があるのは食べ物。どの料理も味は上々、美味しくいただきましたが、3食すべてがニンニクと唐辛子はつきもの、我々はわずか3日の滞在だったので乗り切れましたが、あれが毎日続くとキツいかもしれません。
ユッケ
(焼き肉屋さんのユッケ白く見えるのは梨です)
感心したのは韓国の人々の食に対する姿勢です。日本のように伝統食を忘れ欧米型に傾いているのとは違い、ちゃんと自分たちの食文化を大事にしていました。お土産屋さんのお兄さんが名物韓国海苔の説明で、「この海苔はごま油と自然塩を使っています。添加物は体に悪いから使ってないよ」と流暢な日本語で話してくれたのには正直驚きました。しかしガイドさんの話では、韓国でもファーストフードやコンビニが増えたことで食生活が変わり、アトピーの子どもが増えているという事です。

(ソウルの南大門市場 観光客でいっぱい)
初めて行った韓国、人々は暖かく親切、ご飯はおいしい、今度はゆっくり観光で行きたい国です。
 玄米食に転食してもうすぐ10年。美味しい母乳のため期間限定で始めた玄米食がそのままアトピーのためになり、今では「美味しくて止められない」わが家の味になりました。
「食はその人の運命を左右する」と、水野南北の書にある様に、たかが玄米されど玄米です。とは言ってもわが家とて家族みんなで同じ食卓を囲むまでの数年間が、まさにドタバタ続きでしたが・・・・。
なずなの野菜(当時赤峰勝人さんの循環農法で栽培された無農薬無化学肥料の野菜の宅配会員になっていました)が届くようになって、食餌療法も本格的になりました。赤峰さんの本を繰り返し読み、ビデオを何度も巻き戻しながら一日でも早く良くなれとばかりになずな流料理習得に必死でした。息子のアトピーは重度でしたからなずなの小麦粉でも卵でもかゆみが吹きでました。豆腐を食べるとおヘソがジュクジュクしました。本当に玄米と野菜だけの食事が始まりました。幸い息子はまだ他の味を知りません。母乳をあげる私の忍耐の日々でした。息子の祝い膳での食事も私たち用(野菜炒めと玄米)、一般用(お寿司にお肉)の二種類を用意しました。東京では友達に誘われても荷物の多さと途中で痒がり血だらけになる事を考えると外出も自由に出来ませんでした。食べられない!となると無性に食べたくなりました。世の中には美味しい物の情報が溢れています。それでも、自分を責めていた私は自分さえ我慢したらという気持だけで支えていました。その一方で、玄米と野菜だけの食事は私の体を整え味覚と臭覚を研ぎ澄ましていきました。長年の鼻炎はぴたりと止っていました。なずなのオクラを茹でて細かく切りうるめ削りとお醤油をかけて食べると卵の味がすると感動したり、コンニャクを揚げるとお肉のようだと喜び、梅肉エキスをスプーンでそのまま舐めすぐに水を含むと口一杯に広がる甘味を発見し、この味には助けられました。これが許される唯一の甘味でしたから。主食も玄米おやつも玄米の日々でした。息子の笑顔に会いたくて「今日一日頑張ろう」と、今日だけで精一杯の日々でした。
旬の野菜と玄米を食べていくうちに体は元気になり、何より体がそれを求めている事に気がつきます。自然塩をたっぷりかけたトマト(東京では無農薬無化学肥料のトマトが手に入らず1年ぶりでした。)を口にした瞬間、嬉しくて美味しくて泣いてしまいました。食べ物を食べただけの事で涙する自分に驚きながら、命なんだ。命をいただいているんだ。大切な命を私たちの中にとり入れ命とかえさせて「いただきます」なんだと実感していました。

2月14日と17日、子どもたちが無事誕生日を迎える事が出来ました。
06誕生日
アトピーでこの子たちの将来はどうなる事かと心配していたのに今はこの通り!
ありがたい事です。
 子どもがアトピーになったおかげで巡り合ったもののひとつに自然海塩があります。アトピーの体は極度のミネラル欠乏であるということで、なるべく子どもにミネラルを補給させたいという事からだったと記憶しています。当然それまでは塩と言えば塩化ナトリウムであり「自然海塩とどう違うのか」などということは一切考えもしませんでした。しかし、一度使ってみてビックリ!料理の味、漬け物の味、直接なめた時の複雑な味。これが本物の塩なのかと感動したものです。

海塩
 
きょうは自然海塩についてのウンチクではなく、その不思議さについて書いてみたいと思います。
5年ほど前、長男のアトピーも家内の想像を絶する食事療法のおかげでやや落ち着き、そろそろ保育園に行かせようと言う頃でした。幸い、アトピーについて理解を示して下さった保育園に入園する事が出来、おやつについてもみんなが食べられるものをと配慮していただき、長男は生まれて初めて集団生活をする事になりました。
しかしある日、原因はよくわかりませんが(たぶん小麦粉を使ったおやつを食べたのだと思います)保育園で突然湿疹(蚊に刺されたようなプクッとしたものが無数にできる)が出て喘息(呼吸困難)の発作が出たとき、3パーセントくらいの塩水をコップ一杯飲ませてもらった所、30分くらいで症状が治まったという事がありました。アトピーが重症の時はあまり分かりませんでしたが、比較的回復し始めてからはこの方法は効果がありました。なぜそういうことをしたかと言うと、喘息の発作で呼吸が困難な時に病院に行く前に飲ませたのが始まりだと思います・・・気休めに。なぜ症状が回復するのかは分かりません。たぶん海塩に含まれるミネラルが何らかの働きをしてくれているのでしょう。その他にも、アトピーでジュクジュクの肌を雑菌が入らないように、しみない程度の濃さの塩水でふいたりもしました。
あと、海塩については色々な話があります。塩化ナトリウムを海塩にかえて花粉症が治った人、高血圧が下がった人、水虫に塩水をつけて回復した人など、自然海塩には何か不思議な力があるようです。

もちろん、医学的に証明されている話ではありません。経験と直接話を聞いた事のみを掲載しています。
でも、自然海塩って人間の体にとても必要なものかもしれませんね!
 最近何かと時間が取れなくて貧乏ヒマなし状態、忙しく働けることに感謝します。

 暦の上では立春が過ぎ春に向かって季節は進んでいる訳ですが、この季節の変わり目こそが「アトピー」に悩まされている人たちにとって、一つの通過点になる季節だと思います。
我が家の長男が2歳から7歳の頃、アトピーの汁が出たり(悪化したと見える)少しかさぶたで安定したり(良くなったと見える)を繰り返していました。そのうち、喘息も併発し時には入院もしていました。そしてこの季節の変わり目になると決まって、喘息が悪化したり、体内から汁が吹き出たり、見た目はひどく悪化したようになったのです。その度に「結構良くなっていたのに」とか「また元に戻った」とか「いつまで続くのか」と言った会話を夫婦間で良くしました。

 しかし、東京から大分に移住し季節の移り変わりとともに暮らしていると、最近になって思う事があります。畑の作物や草木にそのヒントがありました。
植物は冬の間、見た目は生長しません。しかし作物は春になるまで土の中の根を伸ばしガッチリ大地をつかみます。地上から出ている所は極力少なくし寒さに耐えるのです。木も秋にいったん葉を落とし新芽が出る部分に少しずつ栄養を蓄え、そして春が来たら草も木も一斉に芽吹き、水と太陽エネルギを使ってどんどん生長していきます。
アトピーもこれと同じで、冬の間はあまり動きが無く春になると体の自然治癒力のスイッチが入り体内の毒素を出そうとするのではないでしょうか。これはあくまで経験値ですが、アトピーは体内に蓄積された化学物質(毒素)が排出されない限り回復する事は無いと思います。せっかく毛穴から毒素を出そうとしているのに、それを悪化したと判断し、ステロイドを塗ってフタをしては毒素の出て行く道を閉ざしてしまう事となるのです。食事から一切の化学物質を排除し、出せる時に最大限に毒素を出す。これが回復の道だと思います。

 しかし、そうは言いながら我が子が血みどろになってかゆがる姿には切ないものがあります。そんな時は、「この汁が出きったら絶対良くなるよ」、「悪いものを体から出せてえらいねぇ」といって抱きしめてあげてください。

こんな事を書いているのに、父としてあの時子どもにしてあげられず今になって後悔している昨今です。
 23日午後国会が始まった。当然野党はアメリカからの輸入牛肉問題や耐震強度偽装問題、ライブドア事件などを理由にここぞとばかりに与党を責め立て、我々こそ政権にふさわしい党だと主張している。そこには、国民の実生活に関わる問題など見当たらないように思える。

 最近知り合いの大学2年生の男の子にこんな質問をしてみた。
「将来どんな仕事につきたいと思っているの?」
彼曰く
「今考えているんですけどまだ分かりません。それより、将来年金はもらえそうにないし国の先行きが心配で・・・」
彼の言う事に相づちを打ちながらついこんな事を口走った。
「役人は自分たちの保身ばかりで国家の事なんか考えていないし、政治家だって同じ。」
そこまで言って、突然ある言葉が浮かんできた。

「国は自分たちで作るもの」

ハッとした。みんなが幸せになる為に自分たちは何をすべきか、もう人まかせではいけない。