いま巷で話題になっている「食品の裏側」安部 司 著を読んでいます。文字通り食品のパッケージの裏側に書いてある食品添加物についての本です。以前から読みたいと思っていたところ、偶然家内が買ってきたので借りています。ひとことで言うと、一気に読んでしまえるくらい興味深い内容です。単に食品添加物は「悪」であると言わない所も納得して読む事が出来ます。読み終えたら又感想を書こうと思います。
食品の裏側
中国からものすごい量の黄砂が飛んできた。
毎年本格的な春の到来とともに大陸から飛んでくる黄砂だが、今年はいつもより多いみたいだ。
普段コンタクトをしているので黄砂の粒子が目に入りゴロゴロしてかなわない、ローカルはもちろん全国ニュースでも黄砂の事が話題になっていたのでかなり広い範囲で降ったのだと思う。
黄砂で良い話はあまり聞く事は無いが、農作物にとっては恵み?の黄砂らしい。循環農法家の赤峰勝人さんによれば、年々酸性雨の為に露地栽培の野菜が出来にくくなっているとの事、酸性土壌になって虫が発生するからだそうで、その酸性を中和してくれるのがアルカリ性の黄砂だというのです。ということは、黄砂も無駄に飛んでくる訳ではないという事。偶然かはたまた地球の治癒力なのか、いずれにしてもこの時期黄砂は有り難い「黄砂さま」という事ですね。

全然話は変わるけど、先日大分朝日放送のある番組に、発酵食品特集という事で「あじご家」の魚醤「健醤」が取材を受けました。安全で美味しい調味料なので、これをキッカケに広く皆さんに知ってもらえれば良いなぁと思っています。
感謝!
 「もしかしたらうちの子はアトピーかもしれない」家内がそう口にしたのは長男が生後2ヶ月頃だったと思います。今から9年前、アトピー性皮膚炎という言葉は聞いた事がありましたが、一体それがどのようなものなのかさっぱり見当がつきません。
「でも乳児湿疹なのかもしれない、それなら時が来れば自然に治るらしいよ」という家内の言葉に私は少し安心し、息子の湿疹の事は『いざとなったら病院に行けば何とかなるだろう』と、それほど深刻に考えてはいませんでした。さらに『自分の息子が訳のわからない病気にかかるはずがない』『ただでさえ忙しいのに厄介な問題を抱えたくない』とさえ思っていました。
しかし、生まれた時スベスベだった息子の肌はみるみるグチャグチャになり、黄色い血膿のようなものが後から後から湧いてきます。息子は痒がり、眠りは浅く、夜は家内がソファーに座り抱いて寝ないと眠れないという日々が続いたようです。当時、フリーでテレビディレクターの仕事をしていた私は不規則なスケジュールでしたし、男は外で仕事、女は家で子育てという考えの元、基本的に子どもの世話は家内だけに押し付けていました。ですからたまに早く帰れる日があったとしても、わざと寄り道をして煩わしい事から逃れようとしていました。我ながらひどい話です。
 ある日夫婦で相談をした上で病院に行きました。息子はどんな状態なのか知るためでした。そこで医師に言われた言葉が「どうしてこんなになるまで放っといたんですか。こんなにひどいアトピーの子は見た事がない。アトピーの原因はわかりません、ステロイドの軟膏を塗って押さえるしかありませんが将来毛穴の8割が塞がってしまいます。一生治りません。」何という事でしょう、生まれて数ヶ月しか経っていない赤ちゃんが、アトピーは一生治らないという宣告を受けたのです。それまで無関心を決め込んでいた私の中で何かが打ち破られた気がしました。『この子が一生このままであっていいはずがない』もう逃げてばかりではいられない。でも一体どうすればいいのだろう、遅ればせながら息子がアトピーになったという現実を初めて認識した瞬間でした。
菜の花

春になり、ただ美しく咲く「花」。
誰に強要される訳でもなく、誰におごる訳でもなく、次の世代へと命をつなぐ為に咲く花はなぜか人の心を暖かくしてくれます。

桃の花 水仙

先日訪れた「安心院町」のお寺にこんな言葉が書かれていました。
『大きくも小さくも咲け 花は花』

なずなの花
なずなから野菜や調味料が届くようになり、食事から化学合成された添加物や砂糖を摂らないで済むようになりました。身の回りの事、洋服や洗剤などにもできる限り注意していましたが、気掛かりな事がひとつありました。それは、『子どもが病気になった時どうするか』という事でした。重症のアトピーだった長男は、湿疹が落ち着くまで予防接種は待ちましょうという医師のアドバイスもあり、一切の化学薬品は体内に入れていませんでした。元々予防接種は受けさせたくないと何となく思っていたのでそれはそれで良かったのですが、初めて高熱(40度以上)を出した時は途方に暮れました。というより「ビビった!」という表現がピッタリだったと思います。病院に行くべきか?それとも自然療法か?迷いに迷いながらも、東城百合子著「自然療法」を片手に、豆腐パスターや梅醤番茶を作り、足の裏をビワ葉コンニャク湿布で暖めていました。自然療法は小さい子どもには馴染みにくく嫌がりましたが、熱が出たら青菜を額や後頭部に当て梅醤番茶を飲ませる(子どもが飲める分だけ飲ませました)。

そんなことを続けていたら、いつの頃からか具合が悪くなると子ども自身から梅醤番茶が飲みたいとかレンコン湯が飲みたいと言い出すようになりました。子どもにも何か伝わるものがあったのでしょう。自然療法は必ず応えてくれました、「これがお手当て」という物なのか。自然の愛が少しずつ、私の中に自信と勇気を芽生えさせてくれたように思います。夫の不注意から、腕の皮膚が溶けて垂れ下がるような火傷を負った時はさすがに病院に飛んで行きました。しかし帰宅後、病院で塗ってもらった薬を嫌がりむずがるので、塩水で薬を拭き取りビワの葉を腕に巻いたところ、ほどなく痛いはずの腕をついて遊びだしたのを見て、ビワの葉のすごさに感動した事もありました。病院では後に残りますよと言われましたが、朝晩二回ビワの葉を取り換えただけで、火傷は跡形もなく一週間ほどできれいに治りました。赤峰さんの「ニンジンから宇宙へ」に書かれている『自然から私たちは十分愛されています、自分を愛するように自然をもっと愛する事です』ということを少しだけ体感した気持ちになれたのです。
ニンジンから宇宙へ
(赤峰勝人 著 ニンジンから宇宙へ)