お散歩しながら、三国志の空想にふけっていたら、
『山南河北』
という言葉が思い浮かびました。
『山南河北』とは、
「山の南側と河の北側は、とても陽が当たって良い場所だね♪」という意味です。中国は主に西→東に川が流れるので、この言葉が今も残っています。史上、この意味で有名なのは 「咸陽(かんよう/現 咸陽市)」 という場所です。(長安の左隣だよ^^)
「よく陽が当たる
」という言葉から、道教の「陰陽
」を連想しました。
『山南河北』
という言葉が思い浮かびました。
『山南河北』とは、
「山の南側と河の北側は、とても陽が当たって良い場所だね♪」という意味です。中国は主に西→東に川が流れるので、この言葉が今も残っています。史上、この意味で有名なのは 「咸陽(かんよう/現 咸陽市)」 という場所です。(長安の左隣だよ^^)
「よく陽が当たる


「陰は地」、「陽は天」の意味、と言われています。(他にも「女・男」などもあります)
・・・・・・・・・・・・。
さっ、「山南」だぁ!!

御所がある京都は、山の南側に位置し、『山南』と言えます。
また西と東に流れる川は京都の下方で合流していて、京都の位置は『河北』って言える気がしませんか?!
貴船の方は山が多く


そして道教で、陽は天。つまり 天皇 につながります。
(古来、「陽」は天子・王のいる首都名として用いられた字なのです)
「陽の当たる山の南は、王のいる場所 = 天皇の都」
つまり、山南敬助 の名前は
「天皇を敬い助ける」
という決意表明に見えたのです (*≧∇≦)/
ドーン!☆
思えば、山南って珍しい名前ですよね。
江戸末期は革命期という事もあり、偽名・改名が流行っていました。
また、「山南敬助 は偽名だった」なんていう説も多く・・・・・・ムネアツです(*´Д`)ハァハァ