大連中山広場近代建築群~旧満州国を旅する⑭~(旦那KEN) | のん気夫婦の中国・天津・大連生活ブログ

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ken(夫)は、中国でのビジネスは中国での出産(天津ローカル病院にて出産)・育児話をメインに♪

ロシア語で遠方という意味をもつ『ダーリニ-』それが漢語化して

大連になったというこの街の歴史は、ブログをかきながらだんだんと

引きこまれていく。


当時イギリスである大英帝国の欧亜政策は上海、香港、シンガポールの

の都市を国際商業都市として築きあげ、それに成功し、欧亜の航路をも

牛耳りアジアを制そうという力であったのに対抗して


帝政ロシアが、ウラジオストックから東清鉄道を敷き、シベリア鉄道と

連結させ、アジアとロシアをつなが、大連と旅順近郊に港をつくり

商業都市にそだてあげるという、壮大な帝政ロシアの世界戦略の

南下政策のなかで、創り上げられつつあった大連!!


そんななか、日露戦争で勝利した日本が、その都市づくりを

ひきつぎ、街にはロシア建築と日本建築が混じり合う!!


私が大連で一番好きな場所!!それが大連市内の中山広場である。


中山広場は10本の放射線道路の中心に位置し、

周囲には当時の行政機関や銀行が集められていた。


建築様式は歴史主義建築の影響が強く、


ゴシック建築やルネサンス建築を基調とした建物が並んでいる。


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↑1940年代の中山広場である。


以前のブログで紹介した旧ヤマトホテルをはじめ


様々な日本人設計者による近代建築が立ち並ぶ。


しかも、当時からさほど、いらわれることなく

そのままに残されている!!


大連中山広場の真ん中は公園になっており


そこの中心にたち、360度を見渡せば


それらの名建築をみることができる。


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↑現在の中山広場!!



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↑まず旧ヤマトホテル!!!


そこから時計回りに、紹介!!


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↑旧大連警察署(大連民政署)

今はシティーバンクの看板がついております


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↑旧朝鮮銀行大連支店

設計者はやはり、長春の時と同じ中村與資平!!

現在は中国工商銀行!!


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↑旧関東逓信局!!現在は郵政局



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↑旧横浜正金銀行!!現在は中国銀行




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↑旧中国銀行!!現在は中信実業銀行

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↑旧東洋拓殖大連支店!!現在は中国交通銀行



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↑旧大連市役所!!現在は中国工商銀行!!


ぐるっと一周すると8つの、これらの近代建築を

見ることができます。


私個人的には、いつもここにくるとなぜだかドキドキ

します。


実はこのあと、父と二人で大連の新聞社に2社ほど

乗り込みます。


前回ブログで書いた、これらの建築や戦争遺構の

世界遺産として登録するための、意見を聞きに!!


1社は相手にされなかったですが、

もう1社は、それなりには、話を聞いてはくれましたが。


何故、中国の東北地方ではここまで徹底して

あの苦い戦争の時代の建物を徹底的に再利用しているのか!!


そんな質問をすると!!答えは2つ!!


1つは、はやりあの時代の国恥を忘れないため!!


そしてもう一つは、やはりこれらの建築価値が非常に高い

ということ。


当時の日本人の設計者の欧米留学組やその弟子たちの

設計した建築であり、80年~100年たった今でも

しっかりと衰えること無く、使われている。


そのように言っておりました。


いつまでも、いつまでもここにこれらの

老建築が存在し続けること。


それはとても、いいことだと思います。




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