前回更新が2017年8月1日だから、2年前。

それから何があったのかな、色々ありました。

2017年8月、愛車LAPINで信州へ。途中、SAで台風に追い抜かれました。

もう何度目になるのだろう、そんな上高地ながら初めて河童橋を越え、途中お猿さんの集団と遭遇しながら、明神池まで。「上高地へ行くなら明神まで行かなきゃ」と会社上司に言われた意味が分かった気がしました。

帰路、馬籠・妻籠、岩村城跡にも立ち寄ることが出来てよかったです。

 

9月には、やはりLAPINで能登半島を駆け足一周。

ずっと行きたかった七尾城跡に登城出来、やっとまた一つ宿題を完了。

 

年が変わり2018年。

私が国鉄時代に初めて特急列車というものを見たキハ82系、その流れをキハ181系を経て正統な後継者として受け継ぐ最後の気動車(ディーゼル)特急車両だと私が個人的に感じ、現役車両の中で一番好きなキハ183系。毎年会いに、乗りに北海道へ行っているのですが、2018年も行くことが出来ました。特急「北斗」として最後の運用期。

 

2月、LAPINで四国一周。行き残していた室戸・足摺の両岬と安芸、そして沈下橋(潜水橋)を。

 

5月は、前回久し振りに釧路駅を経由した際に、国鉄時代の道内主要駅の雰囲気が残る佇まいが気になり、「夜の風景」を中心に、釧路駅を見たくなって再び北海道へ。

痛々しいキハ183の姿に、もうゆっくりさせてあげたいような、でも少しでも長くまだ頑張って欲しいような。彼が引退してしまったら、もしかすると私が北海道へ旅することはもうなくなってしまうかも知れないから。

 

7月は、初めての立山黒部アルペンルートを。

また一つ、個人的宿題完了。

 

8月、加速度的に認知症が進む母親に少しでも「回復の刺激」になればと、そしてもしかしたらこれが最期になるかも知れないとの思いで、もう何年振りだろう、母の故郷へ。

今、思い返すとよくぞ決断して連れて行っておいたな、と。

私も、小学生の時以来だろうか、神楽を見ることが出来、胸が熱くなりました。

 

9月。居住する大阪で「勇壮な」、つまりは一歩間違えれば「祭りの時ぐらい大目に見ろ」「祭りとはこんなもの」「祭りなんだから文句言うな」みたいな傍若無人・粗暴な言動に河内や泉州で何度も遭遇しウンザリ、以来ずっと「祭りバカ」が大嫌いな私ながら、その存在を知ってずっと気になっていた「おわら風の盆」を見に、富山へ。

本来翌日は休日のはずが、台風対応で急遽出勤しなければならなくなり、トンボ返りで深夜戻り、ほとんど徹夜で仕事をしたものだから、人生指折りの「うわっ、オレ死ぬかも」みたいな過労状態に陥りましたが、でも、見に行ってよかった…。

 

10月、紅葉黄葉を訪ねて、信州へ。

「車で行くなら旧道、安房峠越え」との、やはり会社上司の言葉は正解。

またお猿さんにも遭遇しました。

 

12月。年賀状用画像撮影を兼ね、富士方面へ。

山中城跡、よかったです♪

 

2018年のから2019年へかけての年末年始は、もう地獄でした。

認知症の母親が徘徊、行方不明数度、野宿して警察に保護されたり。「姥捨山に実の親を捨てるのではないか」と悩んだりしましたが、ついに施設へ入所させることに。

やっと落ち着き2月、前回で気になった遠軽駅を訪ね北海道へ。

 

4月、3年越しの挑戦・3度目の正直で、大井川鐡道さんの「長距離鈍行列車ツアー」に当選、行ってきました。

「旧客」と呼ばれる古い客車(電車や気動車のように自身だけでは走行出来ず、電気・ディーゼル・蒸気等の機関車に牽引される車両)で同じ区間を3往復、約11時間半ひたすら乗り続けるというもの。さすがに退屈するかな等の心配は杞憂でした、あっという間に終わってしまった感じすら。

かつてのように、列車に長時間揺られながら旅する、もう二度と味わえないだろうと諦めかけていたあの雰囲気を再び感じることが出来、ちょっと涙ぐんでしまいました。

 

5月。熊野古道の有名どころのポイント幾つかを回ってきました。

 

あと、昨秋、星空観賞にちょっと関心が。

亡き父の故郷が愛媛・高知県境の山奥で、19歳の時に見たあの美しい星空のような風景を再び見たい、そう思ったのです。

 

そんな感じで、今。

色々思いつつ、何とか生きています─。