マスメディア

詳細は「日本の新聞」、「日本のラジオ放送局」、「日本のテレビジョン放送局」、および「日本における衛星放送」を参照

交通

詳細は「日本の交通」を参照「日本の企業一覧 (空運)」、「日本の企業一覧 (陸運)」、および「日本の企業一覧 (海運)」も参照
古くから北太平洋および北東アジアの交通の要所として海運や航空において重要な位置を占め、世界的に有数の規模の海運会社や航空会社が存在し、各国を結ぶ。また、アジアにおいて最も早く鉄道を導入した国の一つであり、世界初の高速鉄道である新幹線を導入し、私鉄による鉄道網が全国を網羅している。また、高度経済成長以降、モータリゼーションが進み、道路網・高速自動車専用道路網が発達している。2010年代以降、高度経済成長期に作られたインフラが老朽化するなど問題も起きている[625]。
鉄道新幹線は、日本全国を結ぶJRの高速幹線鉄道である(E5系)青函トンネルは本州と北海道を結ぶ、1961年 - 1987年にかけて最高水準の工事技術を駆使して開通させた日本最長の海底鉄道トンネルである山手線は東京の大動脈である地方のローカル線は存続の危機にある。留萌本線・真布駅(北海道)明治維新以降、1872年10月14日の新橋駅(のちの汐留駅) - 横浜駅(現・桜木町駅)間の開通を皮切りに、国策として全国に鉄道網が急速に敷設され、日本国有鉄道(国鉄)や他の数多くの私鉄へと発展した。1942年には世界初の海底鉄道トンネルである関門鉄道トンネルが開通した。1970年代までに私鉄、国鉄ともに多くの路線が電化され、世界に例を見ない規模で分刻み・秒単位のスケジュールで運行され、その規模、技術、運営ノウハウ共に世界最高水準と言われる。1964年に日本国有鉄道(現在のJR)によって導入された新幹線は、都市間を結ぶ世界初の高速鉄道として空路に並ぶ地位を築いた[626]。戦後に東海道本線の輸送がひっ迫した事が東海道新幹線計画の契機となった[627]。新幹線は秒単位という世界に類を見ない定時性で運行され、2016年度は年間13万本が運行して、1列車あたりの平均遅延時間は24秒だった。これは、地震や豪雨、大雪などの自然災害による遅延も含めたもので、平常時は秒単位での定時運行が実現されている[628][629]。在来線と規格が異なるので全国を網羅はしていないが、北海道・北陸・九州の各地で整備が続く。

日本の新幹線
  • 東海道新幹線
  • 山陽新幹線
  • 九州新幹線
  • 北海道新幹線
  • 東北新幹線
  • 上越新幹線
  • 長野新幹線
  • 北陸新幹線
  • 山形新幹線(ミニ新幹線)
  • 秋田新幹線(ミニ新幹線)
  • (建設中)中央新幹線、九州新幹線西九州ルート
都市圏では、これら普通鉄道に地下鉄やモノレールなどが加わる。更に、近年の環境問題の意識から路面電車が見直され、富山県などでライトレールが導入されている。2003年8月の沖縄都市モノレール線(ゆいレール)の開通によって全ての都道府県に広がり、2004年の時点での全国における総全長は、23,577 kmである。その一方で2016年にはJR留萌本線の留萌駅 - 増毛駅間が廃線になるなど地方の鉄道が人口減少に伴い採算が取れなくなり、消滅し始めている[630]。航空羽田空港は日本最大の空港であり、2018年には乗降客数で世界第4位となった[631]羽田空港国際線ターミナルの出発ロビーMitsubishi SpaceJetは、最新鋭の国産小型旅客機として開発が進められている次世代リージョナルジェットである(三菱航空機)「日本の航空機産業」も参照戦前にはごく限られた利用しかなかった日本の航空・空運業は敗戦直後に占領軍が出した航空活動禁止指令により完全に機能を停止したが、独立を回復して航空活動も復活した1950年代以降、日本航空が日本のフラッグ・キャリアとして国内外に路線を広げ、アフリカを除く全大陸へ就航し、現在もアジアのみならず世界でも有数の規模を誇る航空会社として知られていたが、2010年、会社更生法の適用を受けた。また、1980年代まで国内線のみを運航した全日本空輸 (ANA) は現在、アジア圏を中心に日本航空(JAL)と共に欧米へ国際線を運航する。1990年代以降の規制緩和を受け、スカイマークや北海道国際航空(エア・ドゥ)、スカイネットアジア航空などが新規参入し、国内航空運賃の引き下げに寄与した。歴代の国土開発計画が「高速交通サービス空白地帯の解消」を重要課題の一つに掲げたこともあり、地方を中心に空港インフラが充実し、国内に98もの空港を有する。東京国際空港(羽田空港)と北海道(札幌都市圏)の新千歳空港、東京と福岡空港を結ぶ2路線は年間800万人を輸送する世界屈指の大幹線に成長した。羽田空港は2014年、スカイトラックスが実施した「Global Airport Ranking 2014」において日本の空港として初めて世界最高水準の5つ星を獲得した[632]。2018年3月、スカイトラックスは、世界の空港ランキングでは2017年の第2位から順位を落として第3位として選出したものの、世界で最も清潔な空港では第1位として選出した[633]。日本最大の国際空港である成田国際空港は、1978年5月20日に"新東京国際空港"として開港。貿易総額日本第1位の港でもあり、国際航空運輸の重要拠点となっている[634]。鹿児島・沖縄両県の南西諸島をはじめとした離島に整備された空港は輸送量は小さいが、住民の日常生活を支えている。一方、騒音問題や用地確保などによって都市部における空港インフラは整備途上で慢性的な容量不足であり、航空網充実の足かせとなっている。また、一部の地方空港では採算面の課題も浮上している。世界有数の航空網を整備した空運業に対し、戦後の航空活動禁止令で解体された航空機製造はその国内需要を全く満たしていない。1964年に正式出荷を始めたYS-11は東京オリンピックでオリンピック聖火を輸送したが1973年に製造を中止し、2006年に民間航空路線から完全に撤退した。YS-11開発の中核だった三菱重工業は2015年に新たな国産旅客機のMitsubishi SpaceJetを初飛行させ、リージョナルジェットへの再参入を目指したが、2020年に開発態勢の大幅縮小が発表された[635]。一方、本田技研工業はアメリカの子会社工場でHondaJetの開発に成功し、2016年から日本国外での販売を開始。新規参入でありながら好調な販売実績を記録している[636]。


  • 日本航空
  •  
    全日本空輸
  •  
    スカイマーク
道路富士山と日本の大動脈の夕景。山側の国道1号と海側の東名高速道路(静岡市清水区薩埵峠)詳細は「日本の道路」、「日本の高速道路」、および「日本における自動車」を参照自動車は左側通行である。高度経済成長以降、自動車産業の保護を目的に、国内における陸運の主力をトラックにする政策が採用されたことなどから、全国的に道路・高速道路、大都市部では都市高速の整備が進められた。主な高速道路としては東北自動車道、東名高速道路、名神高速道路、山陽自動車道、中国自動車道、関門自動車道(関門橋)、九州自動車道などがあり、ヒトとモノの移動を支えるライフラインとして日本全国に張り巡らされている。しかし、近年、都市部を中心に慢性化した渋滞や通行料の高さ、駐車スペース確保の困難さ、環境問題への対策として、鉄道や航空機などの公共輸送、船舶輸送などが見直されている。また、高速道路の一部はアジアハイウェイ1号線(AH1)に指定されている。2016年4月時点での舗装された道路の全長は、1,278,183.5 km である。海運「海運#日本の海運会社」および「造船#日本の造船史」も参照四方を海に囲まれ、日本には欠かせない運送手段であり、沿岸部に工業地域・工業地帯や人口が集中する理由でもある。2020年現在、日本には994の港湾があり、中でも重要度の高い港湾は国際戦略港湾(5港)国際拠点港湾(18港)に指定されている[637]。また漁港は2790あり、中でも漁業の中心地かつ漁業の振興に欠かすことの出来ない漁港13港は特定第3種漁港に指定されている[638]。日本郵船や商船三井などの世界有数の規模を持つ船会社が19世紀の後半から各国との間に貨物船や旅客船を運航してきた。現在、中東や東南アジアから石油や天然ガスなどの資源が輸入され、ヨーロッパやアメリカ合衆国へ電化製品や自動車などが輸出される。さらに、大小の船会社によって多数の貨客フェリーや高速船が運航される。また、造船分野においても、その技術力の高さから世界有数の規模を保つ。


文化

詳細は「日本の文化」を参照
日本は東アジアに位置しており、現在の中国や朝鮮半島など近隣の地域から様々な文化的要素を取り入れてきた。一方で海洋によって大陸から隔てられた島国であることや、遣唐使の停止や鎖国なども伴い、独自の文化も発展させてきた。現在では情報通信の発達に伴い、世界規模で様々な文化の影響を受けつつ、日本独自の文化の発信も行われている[639][640][641]。


被服

詳細は「和服」を参照
日本では伝統的な被服は和服であったが、現在では洋服が広く普及している。その中でもファストファッションが大きなシェアを獲得している。三宅一生や川久保玲など世界的に展開するファッションデザイナーも居る。


詳細は「日本料理」、「和菓子」、「日本酒」、「茶」、「茶道」、および「煎茶道」を参照日本料理の一例
日本の国土は大部分が温帯に属し、南北に長く、海洋に囲まれているため、四季がはっきりしており降水量も多い。そのため、魚介類や海藻、野菜や山菜、果物など様々な食品が自然の恵みとして得られる。また、稲作の導入、仏教や鉄砲の伝来、鎖国や文明開化、第二次世界大戦などを経て、様々な異なる食文化の影響を取捨選択した独自の食文化が成り立っている。日本の伝統的な食文化である和食はユネスコの無形文化遺産に登録された。現在の日本では貿易や情報通信などの発展に伴い、伝統的な日本の食文化だけでなく、世界中の食品や料理、風習などを伴う食文化に接することができる[642][643][644][645][646]。


食品

四季があり降水量が多いため、米を含む穀物、野菜や山菜などの種類が豊富である。また暖流と寒流が交わる海洋に囲まれているため、魚介類や海藻などの種類も豊富である。これらの食品は、多く採れかつ味の良くなる旬を大事にする形で利用されてきた。一方で、ウシやニワトリなどの肉食が禁止されたことがあることなどの影響から、食肉や乳製品はあまり普及しなかった。現在では食肉や乳製品も一般的に利用されており、また小麦や大豆など輸入が多い食品もある[642][643][645][647]。食料自給率は高くない。


料理

一汁三菜など飯を中心としたメニュー、献立が多い。また様々な食品と豊富な水を利用した「だし」によるうま味も特徴として挙げられる[642][643][645]。


栄養

伝統的な食事は、比較的に栄養バランスに優れ低カロリーという特徴がある。一方で昔では凶作や戦争、貧困などによる栄養失調や生活習慣病もあった[645][648][649]。


作法

食事の際の挨拶や、食器を手に持つことが許され、音をたてて食事をすることに寛容など、独自の作法がある[644][645]。


道具

食品の貯蔵や調理に用いた縄文土器や、食器に用いる漆器や陶磁器、調理に用いる包丁など、様々な道具が用いられてきた[643][650]。


建築

詳細は「日本建築史」を参照
日本は山林が多く、木造建築が伝統的に用いられてきた。現在では都市を中心として高層建築物も立ち並ぶ。ゼネコンなど世界的に展開する企業もある。
  • 新倉山浅間公園と富士山
  •  姫路城
  •  虎ノ門ヒルズ

宗教

日本国民の多くは無宗教を自覚しているが、実際は年中行事や冠婚葬祭などで神道や仏教と深い関わりがあり、アニミズム的な考え方も広く浸透している[651]。


社会

日本の社会的支出は高齢者に集中している[652]。少子高齢化による医療費負担の増大に伴い、財政の逼迫した健康保険組合が増え、組合管掌健保や協会けんぽの保険料率や国庫負担率の引き上げが議論される[653]。現在、毎年のように国民年金保険料や厚生年金の社会保険負担率が引き上げられて現役世代への負担が増し、公的年金の世代間格差が問題になっている。公的年金の実受給権者数は4,067万人であり、日本の人口の32.2%を占めている(平成30年度)[654]。
詳細は「日本の福祉」を参照戦前主に家族や地域社会における相互扶助によるものとされたが、軍人をはじめ公務員に特有の恩給制度があった。1942年に戦費の調達を目的に発足した労働者年金保険]が、日本の社会保障制度の始まりである。1944年に厚生年金保険法が制定されたのを契機に民間労働者の厚生年金も普及した。並行して民間企業における熟練労働者の長期雇用、年功賃金、企業年金、退職金といった、戦後の日本型福祉社会を担う企業福祉も普及した。戦後日本国憲法第25条が定める「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」、すなわち生存権の実現を目指した。政府は、「最低限度の生活を営む」ための児童保育、学校教育、職業訓練、雇用保険(1974年までの失業保険を継承)、障害者介護・自立支援、生活保護といった福祉サービスを提供しつつ、企業福祉を充実させる社会政策を採用した。その過程で被用者保険から外れた対象を救済するため、1958年に官庁や企業に組織化されない対象のために地域保険となる国民健康保険制度が発足し、1961年以降、ほぼ国民皆保険(ユニバーサルヘルスケア)が実現した。また、1959年に企業年金や職域年金から外れた対象のために国民年金も発足した。近年から現在に至る課題人口の4割をカバーする国民健康保険は、2009年には保険料未納率が12%まで達している[653]。また前年に健康問題を指摘された人のうち26%は費用を惜しんで医療を受診しておらず、この傾向は低所得層のほうがより高い[653]。生活保護制度も数々の生活保護問題を抱えている。当初より不正受給などの問題があったが、不況の長期化により受給者が増加し続けており財政負担が無視できないものになっている。またデフレの進行に伴う賃金の低下や非正規雇用の増加は、相対的に生活保護の生活水準を引き上げることになった。これにより国民年金のみや低賃金労働で生活するよりも、生活保護を受けたほうが良い暮らしをできるという可能性が、自立を目指さないというモラルハザードを生むのではないかという批判を強めることになった。


保健

詳細は「日本の健康」および「日本の医療」を参照
社会保険方式によるユニバーサルヘルスケアが達成されているが、GDP増加を上回るペースで医療費が増加している[653]。2009年のOECD対日審査では医療制度改革に一節が割かれ、老人医療費の上昇に対して若者世代の負担を抑えながら対応するかが鍵であるとOECDは報告している[653]。
平均余命2017年度の平均寿命は、男性81.09歳、女性87.26歳である[655][656]。女性は世界で2番目男性は3番目の順位である[657]。健康寿命では、男性72.14歳、女性74.79歳[658]。主な死因終戦直後まで結核などの感染症が多かったが、平成30年現在では、一に悪性新生物(癌)、二に心疾患、三に老衰と、生活習慣病を中心とする慢性疾患が主である[659]。保健(健康)への支出GDP に占める比率が7.8%、政府が負担する比率が81.3%で、一人当たりの GDP が20,000ドル以上の国々の中における標準的な水準である[660]。公費負担率はOECD平均より1割ほど上回っている[661]。急速に進む出生率の低下・労働世代人口の減少・高齢化社会への対応として、公的医療保険料の増額、医療費自己負担分の増加、後期高齢者医療制度の導入など、一連の医療制度改革により、負担が増加する傾向にある。医療供給体制医療従事者の人数は、2016年統計では医師が人口1000人あたり2.5であり、一方で看護師は人口1000人あたり11.8であった[662]。一方で病床数では供給過剰が指摘されており、人口あたりの病床数は世界1位でOECD平均の2倍以上、また患者の平均入院日数もOECD各国中で1位であった[661]。そのため社会的入院などの問題が指摘されている。過剰診療過剰診療が指摘されており、人口一人あたりの受診回数はOECD平均の2倍(OECD各国で2位)、医師一人あたりの診療回数についてはOECD各国で2位であり[653]、そのため患者から寄せられる共通した苦情は「3時間待ちの3分診療」であった[653]。検疫など近年、大学の医学教育や基礎医学研究の場における感染症や寄生虫症の扱いが後退し、麻疹の輸出国として非難されている。また、海外からの病原体の移入や海外旅行者が帰国した後の感染症・寄生虫症などの発症に対しての態勢にも危惧が抱かれている。


少子高齢化

詳細は「日本の高齢化」を参照
世界で最も少子高齢化が進んでいる[663]。高齢社会白書では「我が国は世界のどの国も経験したことのない高齢社会を迎えている」と述べられている[664]。2060年には65歳以上の高齢者が人口の約4割を占め、高齢者1人を1.2人で支える超高齢社会となる[665]。
少子化・育児・子育て一時は、明治以降の近代化の過程で、乳児の死亡率の低下や国力の上昇によって人口の激増が起こった他、戦後のベビーブーム(団塊の世代)により、若年層ほど多いピラミッド状の構成となった。しかし、高度経済成長以降、一人の女性が生涯に産む数(合計特殊出生率)も世界最少レベルの1.3近くまで低下した。その原因として、以下などの複合的な要因が指摘される[666]。
  • 医学・医療の向上による、死亡率の減少。
  • 教育水準の向上による、学費負担の増大。
  • 公的な育児支援の不足。
  • 長時間労働による育児のための時間の不足や、仕事と育児との両立の困難さ。
  • 核家族化による、祖父母からの扶助の減少。
  • 地域社会における相互扶助の希薄化。
  • 低所得者層の増大。
政府は、出生率の低下を深刻な問題とし、現在の人口を維持できる2.0〜2.1前後までの増加を理想とするが、有効な対策が成らず、その見通しも立たない。高齢化社会・介護経済的に豊かになったことや医学・医療の向上により、平均寿命・平均健康寿命が世界で最も高い国になったが、同時に、介護が必要な高齢者人口の増加にも至った。(育児と同様、)時間の不足や仕事との両立の困難さ、核家族化による祖父母の世代との別居や高齢者のみ(夫婦2人や1人)世帯の増加、地域社会における相互扶助の希薄化などが複合的な要因となり、伝統的に行われてきた家族による高齢者の介護が困難となったことから、2000年に介護保険が創設され、家族・行政・地域社会の協力による政策に転換した。


自殺

詳細は「日本における自殺」を参照
自殺は主要な死因の一つである。自殺率はOECDの中では第7位であり[667]、OECD平均と比べ未だ高い数値であるため明らかに要注意であるとOECDは勧告している[668][669]。世界保健機関 (WHO) の2010年統計によると、WHOに自殺統計を報告する104か国の中における自殺率の順位は高い方から第6位である(国の自殺率順リスト)。
自殺の原因については、宗教・死生観など日本人の様々な精神性が仮説として提示されるが、依然として解明されていない。政府は、先進国でも極めて高いこの自殺率を重要な問題と認識し、2006年に自殺対策基本法を制定したが、基本的な枠組みを規定するにとどまった[670]。OECDは精神保健政策の緊急の高度を要する課題を指摘している[669]。


教育・科学・技術

詳細は「日本の教育」および「日本教育史」を参照東京大学(ENSMPランキング2位)・2020年度世界大学ランキング36位[671]慶應義塾大学(ENSMP3位)・2020年度世界大学ランキング600位以下
根拠法として教育基本法が制定されており、文部科学省が所管している。1990年時点の識字率は、99.8%(男99.9%、女99.7%)。


教育段階

詳細は「義務教育#日本における義務教育」および「日本の高等教育」を参照
日本国籍を有する6歳から15歳までの9年間(学齢)を対象とする義務教育が実施される。一般には、小学校6年間、中学校3年間。特別支援学校については、小学部6年間、中学部3年間。中等教育学校については、前期課程3年間。なお、中学校を卒業した内の約96%が高等学校に進学する。
国民の25-64歳人口について、その53%がISCED-3レベル以上の中等教育を修了している[672]。なお第3期の教育の修了者については、タイプBが20%、タイプAが26%であった[672]。


生涯学習・教育訓練

詳細は「生涯学習」および「教育訓練」を参照

この節の加筆が望まれています。


テクノロジー

「基礎科学」、「応用科学」、および「日本人のノーベル賞受賞者」も参照日本はアジアで唯一の国際宇宙ステーション計画参加国である(JAXA・きぼう)
世界的にも多くの分野で高水準のテクノロジーを有する。国際特許の出願数は、中国、アメリカ合衆国に次ぐ世界第3位[673]、特許収入もアメリカに次ぐ世界第2位の黒字国である。
環境・エネルギーに関連する技術世界的にも高水準の技術を有する。ディーゼルエンジンの特許の出願数は、世界第1位である。原子力発電システムを独自開発する技術を持つ国のひとつ。世界的に最も高水準の二次電池技術を有し、ハイブリッドカーや高性能な携帯情報機器の基盤となっている。バイオ燃料や燃料電池、太陽光発電など新エネルギーの研究も盛んだが、普及面で言えば諸外国に立ち遅れている。情報技術日本企業は半導体デバイスの製造装置で高いシェアを有する。かつてはハードディスクドライブ (HDD)、フラッシュメモリや液晶ディスプレイの生産で栄華を極めたが韓国、台湾、中国が追い上げ凋落した[674][675]。光ファイバーや結晶引上技術など素材に関する研究に厚みがあり、その基礎技術は、依然として優位である。ソフトウェア分野では、業務に関するシステムエンジニアや組み込みシステムの技術者の人数が特に多い。日本製ソフトウェアの世界的シェアは低く、オープンソースソフトウェアへの貢献も少ない。世界的に次の産業革命を引き起こすと期待されている人工知能技術に関しても、先進国の中では遅れを取っている現状がある。原材料・ナノテクノロジー特殊鋼、合成繊維、セラミックスなど幅広い分野で世界的にも高水準の技術を有している。特に複合材料を得意とし、自動車産業・造船・航空宇宙・防衛産業などを支える。先端計測技術磁力や近接場マイクロ波、中性子の利用技術、複合計測技術などは、高い水準にあるが、イオンやレーザー利用技術などは、低水準である。ライフサイエンス(生命科学)アメリカ合衆国、そしてヨーロッパ全体に次ぐ3番手の位置にある。幹細胞に関連する技術についても人工多能性幹細胞(iPS細胞)の技術で世界を先行するが、幹細胞に関連する技術の全体で言えば、特許の出願数の半分以上がアメリカ合衆国で、以下、EU、日本と続く。宇宙開発小惑星探査機はやぶさの小惑星イトカワからの帰還は近年最大の成功である。詳細は「日本の宇宙開発」、「宇宙航空研究開発機構」、および「宇宙基本法」を参照1970年に糸川英夫率いる東京大学宇宙航空研究所(現在の宇宙科学研究所の前身)が日本初の人工衛星「おおすみ」を打ち上げ、日本はソ米仏に続き世界で4番目に衛星を自力で打ち上げた国となった。以来世界有数の衛星打ち上げ国であり、現在ではH-IIA・H-IIBロケットやM-Vロケットなどの純国産化に成功したロケットの打ち上げがされている。2013年夏にはM-Vロケットの後継機となる新型の固体ロケットイプシロンロケットの打ち上げが予定されている。近年では2010年に小惑星探査機はやぶさが世界初となる月以外の天体からのサンプルリターンに成功し国内外から多くの注目を集めた。自国による有人宇宙飛行はまだ実現しておらず諸外国には立ち遅れている一方、毛利衛宇宙飛行士が1992年にスペースシャトルで宇宙に旅立って以来8名の宇宙飛行士が宇宙へ飛んでいる。国際宇宙ステーション計画には日本がアジアで唯一参加しており、独自の研究棟を保有している。宇宙ステーション補給機の開発・運用により宇宙ステーションへの物資運送の一翼を担っており、宇宙開発分野における国際貢献が進んでいる。


スポーツ

「日本のスポーツ」も参照国技館での横綱土俵入りMLBでプレーする大谷翔平
スポーツが盛んであり、古来から続く相撲は、日本の国技といわれることもある[676]。また日本伝統の武道として柔道や剣道、弓道、居合道などがあり世界的に有名で、世界各地で広く行われている。
野球は大衆の娯楽の一つとなっており、日本のみならずメジャーリーグベースボール(MLB)でプレーする日本人選手もいる。近年はサッカーも盛り上がりを見せており、1993年にJリーグが開始された他、2002年のワールドカップでは韓国と共催した。直近に行われた2018年のワールドカップでもベスト16入りを果たしている[677]。
日本でのオリンピック開催回数(4回、2021年開催予定の2020年東京オリンピックを含む。実は1940年にも東京オリンピックが開催決定されていたが戦争激化により幻の東京オリンピックとなった。)はアメリカ(8回)・フランス(5回)に次いで世界で3番目に多い。1964年の東京オリンピックは日本初のオリンピックであると同時にアジア初のオリンピック、さらには有色人種国家初のオリンピック開催となった[678]。その後、1972年の札幌冬季オリンピック・1998年の長野冬季オリンピックが開催されており、2021年には東京オリンピックが再び開催される予定である。


国民

民族・国籍

詳細は「日本人」、「大和民族」、「琉球民族」、「アイヌ」、「日本の民族問題」、および「日本の外国人」を参照民族グループ[679]





日本人  
98.1%
中国人  
0.5%
朝鮮人  
0.4%
その他  
1.0%

大和民族の成立

「日本人#系統」も参照遺伝子構成(大和民族[注 39][680])





東アジア系  
89%
オーストロネシア系  
7%
フィン・ウゴル系  
2%
中央アジア系  
2%
大和民族の起源は、縄文時代以前から定住していた縄文人と、ユーラシア大陸から弥生時代以降に複数回にわたって移住してきた弥生人が融合して形成されたものである。移住してきた経路は時代によって異なる。
最初に主流になったのは、沖縄・南九州・北東北地方に多い縄文人[要出典]である。この時期、日本海経路で小規模ながら交易がおこなわれていたことが出土品から証明されている。その後、稲作文化とともに大陸からやってきた人々が、北九州から中部地方に多い弥生人の基盤となった。日本列島に移住してきた経路や、規模、時期の詳細については、定かでない部分が多く、諸説ある。
縄文人と弥生人では身体的特徴に違いがある。縄文人は古モンゴロイドに属し、目が丸く大きい、彫りが深い、骨太で筋肉質、歯が短い、髪が癖毛、ヒゲと体毛が濃い、耳垢が湿っている、などの特徴を持つ場合が多い。弥生人は新モンゴロイドに属し、目が細く小さい、彫りが浅い、長身ですらっとした体格、歯が長い、髪が直毛、ヒゲと体毛が薄い、耳垢が乾いている、などの特徴を持つ場合が多い。
島国という地理的な特性から、その後も日本には小規模な移住(漂着や密航など)が何度も繰り返された。また、近代までの日本は鎖国時代を除いて移民・難民の受け入れには比較的寛容でもあった[681]。16世紀中盤から17世紀中盤にかけては衰亡する明から逃れてきた難民を多数受け入れ、開国後の19世紀後半以降にも清、李氏朝鮮、ロシア帝国[682] からの移民・難民を大量に受け入れていった[681]。
こうして縄文人、弥生人(大陸人)、オーストロネシア人(ポリネシア人、マレー人など)といった複数の民族が互いに混血し、文化を取り込みながら発展したと推測される。それらの中から最大勢力として発展してきたのが自称として「和人」、あるいは近代的な民族意識の下で「大和民族」あるいは「日本民族」である。


大和民族と先住・少数民族

北海道にはニセコアンヌプリといったようなアイヌ民族由来の地名が多く残されている
古代の日本は多民族国家であったと考えられている[683]。国の史書からも、大和民族のほかに、南九州には熊襲(隼人)、中九州には肥人、近畿地方と関東地方には国栖、関東地方と東北地方には蝦夷などがいた事が伺える。しかしこれらの部族・民族が具体的にどの人種・民族集団に属するかは緒論あり確定的定説はない[683]。
古墳時代、本州・四国・北部九州の各地方のうち、瀬戸内海の周辺地域を主とする人々は、大和盆地を本拠地とするヤマト王権のもとに統一され、倭人(和人)としての文化を形成する。飛鳥時代の律令国家、日本の国号と大和朝廷の確立に伴い、和人の文化的一体性がより糾合された。その後、朝廷の支配下に入るのが遅れた北東北(蝦夷)、南九州(熊襲・隼人)の人々を同化しながら文化圏の拡大を続け、平安時代までに本州・四国・九州の全域が和人の生活範囲となった。
江戸時代には、薩摩藩による琉球王国への侵攻、松前藩のアイヌ支配の確立により、北海道を含む日本列島と南西諸島の全域が和人の勢力圏に置かれた。これらの辺境地域は、弥生時代以降連綿として、本土との間で物的・人的交流が盛んに維持されてきた一方で、政治的枠組みとしては、「蝦夷地」と総称された現在の北海道・千島列島・樺太南部が日本に編入されたのは実に明治2年(1869年)の事であり、それまでは南部(渡島)の和人とそれ以外にアイヌ民族が広く居住する地であった所、明治以降の開拓で急速に和人との同化が進んだ。また、琉球侵攻により保護国的立場に置かれながらも、独自の国家の体裁を保ち続けていた琉球王国のかつての版図(南西諸島のうち奄美群島、沖縄諸島および先島諸島)は、1879年(明治12年)の琉球処分により名実ともに日本に編入または併合。奄美群島は鹿児島県に編入、沖縄・先島諸島には沖縄県が設置された。これ以降、急速に日本の近代化政策に組み込まれていくことになる。
現在、アイヌ語を第一母語とする人々は極めて少ないが、アイヌ文化振興法が制定されてアイヌ文化の保存・再興が図られている。なお、アイヌと共に南樺太にいたウィルタやニヴフの多くは、ソビエトの侵攻・占領の後、北海道や本州へ移住した。
また、小笠原諸島には、19世紀初頭にハワイからの移民団が史上初めて定住し、欧米系島民(ヨーロッパ系アメリカ人やハワイ人)による小規模なコロニーが形成されたが、明治維新の後に日本による領有が確定すると順次、彼らも日本国籍を取得して日本人社会に溶け込んでいった。
なお、アイヌ民族は、和人との交流の中で、中世から近世にかけて成立したとされるが、成立の詳細な過程については不明な点が多い(詳細はアイヌの項目を参照のこと)。


外国人・移民

2020年末時点で288万人の外国人がおり[299]、日本在住人口の約2.2%を占めている。2020年(令和2年)時点で中国籍、ベトナム国籍、韓国籍、フィリピン国籍、ブラジル国籍[299] の順に多く、韓国・朝鮮籍を除けば増加傾向にある。外国籍の増加の背景には外国人労働者の拡大がある。1990年の入管法改正でブラジルなど日系人向けの資格である定住者の新設、1993年(平成5年)の技能実習制度開始と外国人労働者を受け入れる政策を取っている。
全人口の97.7%が日本民族とされるが、日本政府は日本国籍を有する者を日本民族としてみなしているため、アメリカ合衆国やイギリス、カナダなど移民の多い国で一般的に調査される、民族・人種調査は国勢調査では行われていない。そのため、アイヌ人などの少数民族、渡来人や亡命ロシア人の子孫、外国からの帰化者や国際結婚の配偶者、さらにはその子どもなども97.7%の日本民族という項目に含まれている。これらの政策が単一民族国家的な価値観に基づいた同化主義であるという見方もある。
中国籍の半分は永住者及び定住者であり定住者は中国残留孤児の家族である。
韓国籍、朝鮮籍、および台湾籍については、戦前の旧・日本領の出身者、および両親のうちいずれか(あるいは両方)がその出身である者の子孫が多く韓国籍、朝鮮籍に関しては、戦後になってから朝鮮戦争や貧困・圧政から逃れて渡来してきた難民[684] が一部含まれている。
1895年に台湾を、1910年に朝鮮半島を併合後、第二次世界大戦敗戦まで日本の一部として、台湾人、朝鮮人にも日本国籍を与えていたため、これらの地域にルーツを持つ人々が多く、順次、経済的に豊かであった本土に移住してきた者も少なくない[685]。明治の日本は西欧人の居住や移動、営業に関しては領事裁判権を認める代わりとして居留地制による制限を設けていたが、朝鮮人や中国人については制限がなく、日本国内の各地での雑居が認められていた。1899年に西欧各国との領事裁判権の撤廃が成り、居留地制度は一律に廃止され(内地雑居)たが、中国(清・中華民国:支那)人を含む外国人労働者には居住・就労の制限が設けられた(勅令第352号[686])。これはおもに華人(支那人)を規制する目的のもので朝鮮人には実質的に適用されなかったとされる[687]。台湾人もまた併合後は帝国臣民であり居住に制限はなかったが、台湾・朝鮮とも戸籍(台湾戸籍、朝鮮戸籍)の離脱は認められず、あくまで内地での寄留であった。台湾人の移住は戦前は少なく[688]、日本在住の台湾人は総じて学歴があり、華人(支那人)や朝鮮人とは異なり、オランダや明遺臣、清朝の植民地支配の歴史的経験があり、民族的な屈託がなく日本語(や外国語)に通暁しよく働くので厚遇された。華人(支那人)は三刀(料理人・理髪師・仕立屋)が、朝鮮人は労働者が中心で、移住規模も多かった[689][690]。
朝鮮人労働者の日本内地への移動は日韓併合の1910年に2600人であった移動者が1923年には13万人あまりと増加傾向にあり、1919年4月の「朝鮮人の旅行取締に関する件」(警務総覧部第3号)により朝鮮人の日本渡航への直接規制(旅行証明書制度)に転換し、移動制限を口実に実質的な居住規制に方針が転換された[691]。朝鮮半島領域では実施されていなかった参政権も普通選挙法(1925年)施行後の内地では認められており、希望を持ち移動し定住した者も多かったが生活は決して恵まれたものではなかった[注 40]。大戦中には軍人・軍属、あるいは就業目的として渡海した。また徴用労働者として800名以上が渡海した。
終戦の後、彼らの多くが祖国へ引き上げたが、各人の判断や事情によって日本に留まった者もいる。また、戦後相当の数の朝鮮人が祖国の混乱(朝鮮戦争)(国連による難民認定がされている)や韓国軍による虐殺(済州島四・三事件、保導連盟事件など)を逃れて日本に渡った。その後、サンフランシスコ平和条約締結によって彼らは日本国籍を喪失し朝鮮籍となったが、そのまま特別永住者として日本に在住し続けた。帰化して日本国籍を取得する者も多く[692]、在日コリアンは減少を続けている。近年では朝鮮籍から韓国籍に登録を変更する者が多数となっている。
アイデンティティと国籍の問題は明治の開国以来、日本が否応なく直面することになった人権問題であり、戦前から華僑・印僑の人々や様々な移住者、戦後ながらくは台湾・中国系日本人コミュニティの間で葛藤を生んできた。1990年代以降、ブラジルなどの日系移民2世3世の出稼ぎ労働や、東南アジア・中国からの「研修労働者」、不法入国(滞在)労働者の人権問題などが発生している。


言語

詳細は「日本の言語」、「日本における漢字」、「国語国字問題」、「日本語」、「日本語の表記体系」、および「日本語の方言」を参照日琉語族の方言

区分例
日本には公用語を明示する法令が存在しない[693][694] が、日本語がほぼ全ての国民の母語であり、慣習に基づく事実上の公用語である。全土で均質化された日本語による義務教育が行われている。識字率は極めて高い。日本に定住する外国人も多くは日本語を理解する。国会では、アイヌ語などが使用された例もある[695] が、憲法や法律は、日本語で記したものが正文である[注 41]。世界中の多くの言語が、他の言語からの派生を繰り返して生み出されてきたが、日本語に関しては派生元の言語が明らかになっていない孤立した言語とされるか、琉球語を別言語とみなし日本語とともに日琉語族を成すとされる。
近代以前の日本語は、文語と口語との乖離が大きかった。口語では京都方言(江戸時代中期以前)および江戸方言(江戸時代後期以降)が中央語と意識され広く通用したが、地域や階層による方言差が大きかった。明治維新による近代的な国民国家の創設に伴って言文一致運動が起こり、口語に近い文章語の確立が朝野の双方から推し進められた。東京方言を基盤に整えられた新しい文語や口語(標準語・共通語)は、教育・報道・行政・軍隊などを通じて国民に広く浸透し、国民的一体感の形成に寄与した。共通語の浸透に伴い各地の方言は衰退・変容を余儀なくされた。近年、地域文化・アイデンティティーとして見直す機運が高まり、教育現場においても共存が図られるようになった[696]。
日本は漢字文化圏に属し、日本語の表記には漢字とそれから派生した仮名を主に使用する。第二次世界大戦後、GHQの指導などもあって、政府は漢字の全廃を決定し、全廃まで当面使用できる漢字をまとめた「当用漢字表」を告示して漢字の使用を制限した。しかしその後、当用漢字よりも緩やかな「目安」として「常用漢字表」が制定され、漢字全廃の方針は撤回された。そうしたなかで、一部の漢字は正字体(旧字体)から新字体に簡略化された。固有名詞は別扱いであることから、人名・地名などでは旧字体や異体字の使用が続いており、異体字の扱いは現在もしばしば問題となる。仮名の正書法に関しても、終戦後、従来の歴史的仮名遣から現代仮名遣いに変更された。近年、コンピュータの普及や文字コードの拡張などに伴い、漢字の使用に関する制限は緩められる傾向にある。
日本語以外には、アイヌが用いるアイヌ語や、樺太から移住した少数住民が用いたニヴフ語・ウィルタ語がある。現在ではニヴフ語・ウィルタ語の母語話者によるコミュニティは消滅し、アイヌ語も母語話者が10人以下に限られる危機に瀕する言語であるが、アイヌ語再興の取り組みも活発である。琉球列島の伝統的な言葉は本土方言と違いが大きく、本土方言とともに日本語の二大方言の一つである琉球方言か、日本語とは系統の同じ姉妹語(「琉球語」)か、その位置づけには議論がある。琉球方言(「琉球語」)内部でも地域差が大きく、複数の言語の集合として「琉球語派」や「琉球諸語」と位置づける場合がある[697][698]。
その他の言語は、日本語に単語として取り入れられた外来語を除き、日本人同士の意思疎通にはほとんど用いられず、高等教育の教授言語としても常用されない。日本人にとって最も身近な外国語は国際語のひとつである英語であり、実務上での便益や諸外国人への配慮から、国際取引や学術研究の場で使用が奨励されることがある。義務教育の中学校の必修科目である外国語科では英語を扱うことが圧倒的に多く、それ以降の高等教育機関でも多くの日本人が英語を学ぶ。とはいえ、多くの日本人にとって、日本語から遠い系統の言語であるため習得が難しく、また日常生活や職務上での必要性が低いことなどから、帰国子女など特殊な例を除き、英語に堪能な者は少ない。
大学で学ぶ第二外国語としては、主にドイツ語・フランス語が選択されてきたが、近年は中国の経済発展に伴って中国語の選択が増えた。朝鮮語(韓国語)は日本人にとって比較的習得が容易な言語であるが、韓国朝鮮系の住民を除いて学習者は多くなかった。近年、韓国の大衆文化が盛んに輸入されていることに伴い、学習者が増加傾向にある。ロシア語の学習者は多くないが、冷戦崩壊後、極東ロシアとの貿易が活発化しているため、北海道や日本海側の都市で外国語表記に取り入れられるなどしている。安全保障上の理由から学ばれている言語は、米軍との意思疎通を図るための英語と、仮想敵のロシア語・中国語・朝鮮語が主である(予備自衛官補の語学技能枠で一般公募もされている)。
外国籍の住民および帰化外国人、日本に定住する外国人が用いる主な言語には、在日韓国・朝鮮人の一部が用いる韓国語、在日朝鮮語、在日中国人・在日台湾人を中心に約80万人が用いる中国語・中華民国国語・台湾語、在日ブラジル人を中心に約20万人が用いるポルトガル語、フィリピン人・欧米人を中心に約25万人が用いる英語などがある。


人口

詳細は「日本の人口統計」および「都道府県の人口一覧」を参照
日本は1950年以降急速な少子化、高齢化が進行している。そして、1970年に高齢化社会(65歳以上の人口割合が7%から14%)に、1994年に高齢社会(65歳以上の人口割合が14%から21%)になり、2007年には超高齢社会(65歳以上の人口割合が21%以上)となった。2015年の国勢調査では前回と比べ約93万3千人減少しており統計開始以来初めて人口が減少した。
日本の人口推移[699]時点日本人(日本国籍を持つ者)の数外国人の数総人口
2019年5月1日123,900,068
126,180,643
2019年2月1日[700]124,057,626
126,309,690
2019年1月1日124,193,600
126,317,168
2018年12月(平成30年末)[701]124,144,4382,731,093126,434,565
2018年7月1日[702]124,349,004
126,529,100
2016年8月1日[703]125,134,624
126,976,264
2015年10月1日[704]125,319,299
127,094,745

年齢5歳階級別人口
2017年1月1日現在推計人口
総計 [単位 万人]
年齢人口
0 - 4歳 496
5 - 9 529
10 - 14 550
15 - 19 604
20 - 24 615
25 - 29 635
30 - 34 722
35 - 39 805
40 - 44 966
45 - 49 941
50 - 54 789
55 - 59 754
60 - 64 808
65 - 69 1024
70 - 74 742
75 - 79 661
80 - 84 520
85 - 89 329
90 - 94 150
95 - 99 39
100歳以上 7
年齢5歳階級別人口
2017年1月1日現在推計人口
男女別 [単位 万人]
男年齢女
254 0 - 4歳 242
271 5 - 9 258
282 10 - 14 268
310 15 - 19 294
316 20 - 24 299
325 25 - 29 310
367 30 - 34 355
408 35 - 39 397
489 40 - 44 476
475 45 - 49 466
397 50 - 54 393
376 55 - 59 379
398 60 - 64 410
495 65 - 69 529
346 70 - 74 396
294 75 - 79 366
210 80 - 84 309
113 85 - 89 216
39 90 - 94 111
95 - 99 32
100歳以上 6

  • データ出典:平成29年1月報 (平成28年8月確定値,平成29年1月概算値)
    (総務省統計局)

地域別人口分布

人口の地域(青)および都道府県(赤:人口大、緑:小)の分布[705]
三大都市圏のある関東首都圏、東海、近畿の3地域に総人口の約2/3が集中している。画像外部リンク
Views of the World による人口を加味した日本のカルトグラム
 Japan Gridded Population Cartogram 人口地図 地形
 Japan Gridded Population 人口地図
日本の各地方の人口は次の通りである。2015年10月1日に実施された国勢調査の速報値による[706]。
北海道地方:5,383,579人
北海道、(北方四島)
東北地方:8,982,080人
青森県、岩手県、宮城県、秋田県、山形県、福島県
北関東地方:6,866,004人
茨城県、栃木県、群馬県
南関東地方:36,126,355人
埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県
北陸地方:5,313,423人
新潟県、富山県、石川県、福井県
東海・東山地方:17,968,559人
山梨県、長野県、岐阜県、静岡県、愛知県、三重県
関西地方:20,728,079人
滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県
中国地方:7,622,402人
鳥取県、島根県、岡山県、広島県、山口県
四国地方:3,847,120人
徳島県、香川県、愛媛県、高知県
九州・沖縄地方:14,454,861人
福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県、大分県、宮崎県、鹿児島県、沖縄県
東京都 (2014年)
100万人規模以上の人口を有する大都市が各地方に点在しており、国民の多くはこれらの大都市、または、その周辺部で生活している。国土全体を対象とした人口密度調査においても領域国家として世界有数の高さを示すが、沿岸の平野部に都市部が集中していて、国土の1割に人口の9割が住む。また、日本海側に比べて太平洋側に人口が集中している。中でも特に東京を中心とした南関東の人口は、日本の人口の約4分の1を超え、世界最大の都市圏を構成する。そのため、都心部では土地の値段が高騰化し、ドーナツ化現象などの問題も起きている。しかし近年では、特に首都圏では、東京都心部の土地の値段が下落し都心回帰の現象も見られる。
2015年10月1日に行われた国勢調査の速報数を集計した結果、人口総数が500万人を超過する上位9都道府県は次の通りである[707]。
  • 東京都:13,513,734人(6,168.1人/km2)
  • 神奈川県:9,127,323人(3,778.2人/km2)
  • 大阪府: 8,838,908人(4,639.9人/km2)
  • 愛知県:7,484,094人(1,446.9人/km2)
  • 埼玉県:7,261,271人(1,912.0人/km2)
  • 千葉県:6,224,027人(1,206.8人/km2)
  • 兵庫県:5,536,989人(659.1人/km2)
  • 北海道:5,383,579人(68.6人/km2)
  • 福岡県:5,102,871人(1,023.4人/km2)
少子化のため、2040年には全国市区町村のうち約半数(896自治体=消滅可能性都市)の存続が難しくなり、かつ523の自治体は人口1万人以下になるとの推定がなされている(限界集落)[708]。

  • 最終更新 2021年6月18日 (金) 11:08 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。