yesterday once more

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東北発。コレクションと旅日記です。

 田んぼに水が張られているので今頃の時期だろう。

場所は通称庭坂の大カーブである。昭和の世代はあくまで「庭坂-赤岩」である。今でもそう書いて苦笑する。どうしても「庭坂-板谷」ではない。新トンネルが開通したらどうなるのか。「庭坂-関根」となるのだろうか? それは横暴すぎる。それは置いて。

 左下の列車は485系「つばさ」。写した時期はまだ新在直通の構想もなかった頃ではなかったか。淡々と福島から山形、新庄、秋田をつないでいた。新幹線乗継列車である。

 画面中央右側は吾妻山、左側は安達太良山になる。今でも桜の季節には勾配にかかるところを釣堀跡からE8系や普通電車をねらうファンで込むようだ。これを写した頃には誰に会うこともなかった。

 ここから写した絵を見たことがないから自分が開拓したのかも知れない。とりあえず登らねばならないがルートはうろ覚え。今でもカーブの中腹までクルマが入れる道がある。ここもいいポイントであり、大カーブを回った列車がストレートにかかったところを斜め前から写せる。行ったことのある方なら覚えているだろうか、ここで線路を横断して暗渠があり沢水が流れている。この脇から登り始め、山菜取りやキノコ採りの地元の方々が歩いたであろうはっきりした道がついていた。ここを登りついたところで眺望が開けた。ここまで高度を稼ぐと安達太良が望める。確か2、3回通ったかと。

 人にポイントを教えるのは気が進まないがここはこのくらいで。おそらく今は自然に還っていて直登しようとすれば藪漕ぎになるはずだ。それに、遭遇しても命の保証はできかねる奴がいる。今では大カーブのあたりでもクマが目撃されるようになったので。

チャレンジされる方は複数でと注意喚起させていただく。

 

 

 

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 大事となった山林火災も県内外から駆け付けた消防隊と雨のおかげで鎮火した。

人的被害や建物焼失もなくてよかった。

あちこちでお見舞いの募金などがなされている。

自分もどこかで、という気持ちで国鉄時代の硬券の画像をアップしておこう。

すっかり有名になった吉里吉里駅の硬券が見当たらなかった。買い漏らしたものと思う。

 

 

 

 

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 在来線の優等列車が少なくなったせいか新幹線の写真を多く見かけるようになった。

かつての0系、200系の時代からすっかり変わり、いろんな形式の車両が運用されるようになってそのデザインも楽しめる。

 それでも全体を写すアングルだけでなく、部分を切り取る視点も大切。ホームで残り少なくなったE2系を写していたら前照灯の微妙な色合いに惹かれた。

コンパクト・デジカメだけど今の機種は描写力がすごい。他形式が多くなって今や平凡に感じられるE2にもこんな表情がある。

 

 

 

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 SNSの普及で同好の皆さんのすばらしい作品に触れるのが楽しみ。

今の時期だと田植えで水が張られた田んぼでの水鏡とか朝晩の逆光で捉えた写真に魅せられることが多い。傾向として、今までは「無名撮影地」だったところが次々に開拓されていてその情熱もすばらしい。人と違う場所を探すというのは大変いいことだ、

 自分での今の時期の絵だとここ。明確にしないのは自分で独占しようとしているのではなく後述のようにもう入れないポイントなのである。その時は近くので畑仕事をしている人に了解をもらって三脚を立てた。

 ここで午後の逆光での撮影を楽しんだ。太陽が動くにつれて田んぼの輝きが変わる。時々風が吹くとさざ波のように光り輝く。晩春というのか、もう初夏と言っていいのか雰囲気を堪能できた。お礼を言って写し終える。

 時の流れは速いもの。その後20年もたってからあの場所が気になった。訪ねてみるとすっかり自然に還りあの時の立ち位置もわからなくなっている。アングルから思い返すと確かここだったのかという程度。あの時許可をもらった方もどこでどうしたかと。

やはりいい風景に出会えたならがんばってモノにしておくべきなのだと思わせる1枚。

 

 

 

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 首都圏での運用範囲を広げる金太郎。
交直流の万能機として活躍の場が広がっているのはうれしいこと。
今後は有事を想定して上越線から日本海側への進出の機会をうかがう。
 当時の長町機関区で初めて見た時にはその大きさに驚いた。
重連なら線路の使用料が2倍になるところ、だったらつないで1両にしてしまおうという発想にも驚く。線路を貸す立場のJR東日本が反則技だと難色を示したという逸話もうなづける。
 今や全盛期を迎えつつあるEH500。
その姿を写すべく、思いっきり流してみた。
 
 
 

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イメージ 1
 「早起きは3枚の得」という言葉がある。
朝はドラマチックな絵になるから早朝撮影する人は多い。
 それでは早起きするならどの季節がいいのか。
「春はあけぼの」「冬はつとめて」というけど、さて。
実際にやってみると、できれば冬がいいのだ。
 特にローカルになれば、夏は日の出が早すぎて肝心の列車が来ない。
それに前の晩に早く寝ないと睡眠不足になってしまう。
 これに対して冬。
日の出が遅いので列車が選べる。
その代わり...寒いので起きるのはつらい。
 ということで阿武隈急行。
早春の頃に3時起きした。
地元だから天気は予想できる。
まだ朝は寒かったけどイメージ通りの絵になった。
 
 
 

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 快晴の天気に誘われて多摩川べりを散策。

地図を見て、稲田堤駅で下車してから10分くらい住宅地を歩くと堤防に出た。

青空にきれいなトラス橋が架かっている。いい場所だ。

 ここで数分おきにやってくる電車を写す。

最近はどの路線も相互乗り入れが多いので形式を特定するのが難しい。まずまずの絵になった。

 ところで多摩川にはここだけでなくいろんな路線の鉄橋がある。

すこしずつつぶしていく楽しみができた。

 

 

 

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 特に山を越える路線は新緑が美しい。

仙山線は愛子を過ぎると家並みが途切れ、郊外の路線へ。

作並からは峠越えの風景になる。

 田舎の風景は変わらない。

車両はED78の牽く客車から455系を経て、今はステンレスの電車になった。

古豪の魅力は失われたけれど、新緑に車体が輝くシーンも魅力的だ。

 

 

 

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 国鉄時代はこの色だったからなつかしい。

「朱色5号」が正式名称だけど「首都圏色」とも呼ばれた。

この塗装になった相模線のキハ10系が雑誌に紹介され、首都圏の新しいファッションのよう。そもそも首都圏にキハ10系がいたこと自体驚きだった。ちょうど、ユーミンの曲(天気雨)に「白いハウスをながめ、相模線にゆられて来た...」という一節が気に入って、わざわざ乗りに行ったことを思い出す。乗ってしまえば塗色は関係ないのだが。

 そんなこんなあったけど、キハ40系は新製時からこの塗色。リバイバル車は人気がある。もしかして今後また増殖するかも知れない。

「昭和」が消えたり復活したり。

 

 

 

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 自分は廃線跡を巡る趣味は今のところない。(将来はやるかも知れない。)

まあ廃線跡と言うと路盤が撤去されているからこそその痕跡を辿るのが妙味なのだろう。

 ここは宮城県北に存在したくりはら田園鉄道。3セクになる前は栗原電鉄といった。オールドファンにはなつかしい路線。電化路線であり貨物列車も運行され、国鉄時代には仙台から直通列車も運転されていた。「栗駒フラワー号」というネーミングだったか。

 それが今こういう風景に。この路線、線路が残されているので当時の姿が偲べる。線路敷を歩いてみた。歩いていいのかどうか習慣的に迷ったが実害はないはず。思わず苦笑する。稼働中の路線の線路はもちろん歩かない。

写真のとおり枕木の間隔が広くて自分のピッチと合わない。ここを国鉄のディーゼルカーが走ったのならスピードは抑えられたのだろうと想像する。

 そんなことも昔語りになった。線路端の花々が慰めてくれるいいところ。皆さまもぜひどうぞ。

 

 

 

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