yesterday once more

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東北発。コレクションと旅日記です。

 赤岩駅が廃止となって5年になる。板谷峠の撮影に訪れた方々にとって懐かしい駅名も少しずつ遠い過去になりつつある。

自分が最初に撮影したのが1974年だからそれよりずっと前のことだ。スイッチバック廃止や新在直通による改軌工事など、構想もなかった頃の話。まだ高校生であり列車でこの駅に降り立った。

 この駅は写真のとおり米沢寄りがトンネルになっていて先に行くことができない。駅の配線が通過型のスイッチバックであり下り勾配でもあることから優等列車はかなりのスピードを出してくる。ホームから上りの「やまばと」を写した。サイドがつぶれてしまったが。

 東北新幹線開業前は山形行きが「やまばと」、秋田行きが「つばさ」であった。それがすべて「つばさ」に統一されて、山形新幹線にも引き継がれた。秋田県でも「つばさ」に愛着があり名前を取られたかたちになってしまったが特に不満の声は出なかったようだ。

 赤岩駅付近としては撮影ポイントは少なく、駅から福島寄りに500mほど行った松川橋梁が有名だ。駅を出てからそのあたりまで歩いてみよう。

 

 

 

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 ファン歴の長い方に。狭軌時代の板谷峠を代表する車種、形式として何を挙げられるだろうか?

直流だった頃のEF64を出して来たら尊敬ものだ。その前のEF16だったら神である。ご健在ならぜひ当時の話を伺っておきたい。

 順当ならEF71、ED78の交流機だろう。新在直通のための改軌工事、スイッチバック廃止の際には多くのファンを集めてアルバムに記録されていることと思う。

 次は485系か。秋田への「つばさ」と山形への「やまばと」に運用された名車。8M4Tでモータを唸らせる走り。雪を着けて峠を行き交う姿は魅力的だった。

 地味だけど455系もここを走っている。山形までの急行「ざおう」に充当されていたが、改軌以前に急行列車が縮小傾向に沿って峠を去った。自分が写した自分には山形まで定期1往復、季節臨1往復だったと記憶している。

季節臨は列車番号が6000、7000番台であり、8000、9000番台の臨時とは明確に区別されていた。違いは季節臨が予め設定されたダイヤであり純粋な臨時は多客期ごとにダイヤが引かれる点にある。そのため季節臨は「盛りスジ」と呼ばれた。

新幹線全盛の現代、在来線がスリム化されて季節臨はほとんど見かけなくなった。というより区分する意味がなくなったのだろう。例えば運転期間の長い「SLばんえつ物語」号はダイヤに記載されているが8000番台となっている。

 ダイヤの説明で長い説明となったのは写真が季節臨の「ざおう」だからである。列車番号の7406Mはしっかり憶えているし写ってもいる。確か初めて峠駅付近で写そうとしていい場所を見つけられなかった。スイッチバック当時のホームが撤去されて、本線上にホームを設置するためスノーシェッド内に新設されている。写した時は旧駅のホームそばから階段で本線上に降りることができた。おそらく保守用のものだったのだろう。いきなり本線なのだから場所的に危険だ。そこから少し歩いて電柱の外側になる場所に三脚を立てて200ミリで写したようだ。カーブで6両編成が切れてしまったがグリーン車のサロ455が写ってくれた。

その上に少し写っている山桜も記憶にある。

 名車たちの陰に隠れた455系だけど自分の中でサイドストーリーがある。冬の日に訪れた福島駅でEF71かED78の補機をつけた455系を見かけたことがあった。推測では4M2Tの編成がユニットカットされて2M4Tになったかで運転が困難になったのだろう。

ダイヤ上では運転可能な前提なのかと思うが積雪期の板谷峠では無理と判断したのかも知れない。いずれ必死にネガを探してみようと思う。

 読者の方々には長文につき合っていただいた。感謝の気持ちに峠駅の入場券をプレゼントさせていただこう。

 

 

 まさに撮った日のものだ。

 

 

 

 

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 この場所には二度訪れている。今では休止駅となってしまった大沢から少し歩いたところだ。何せ山の中なのでヒキのあるポイントが少ない。何だ、後追いかと思われるだろうけど正面だけの写真よりも重連らしさが出せたと思う。

 それにしてもEF71の重連はデカい。重連ならEH500より車体が長い訳で定数は650トンである。33‰が長く続くことを考えればすごい性能だ。仮にEH500が入線できたならどのくらい牽けるか想像してみるのはおもしろい。

 国鉄当時から比べれば「機関車」が壊滅的になり、これからこの趣味を持つ人にとっては「何だこれ。」となるだろう。

デカい機関車の重連が写せたのはよかった。

 

 

 

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 だいぶ前に写したもの。確か485系がいた頃だと思う。

ここは大笹生(おおざそう)地区から分かれて細い道を大平(おおだいら)地区に至る道から撮影した。

何せクルマ1台しか通れない。

向こうから来るとは思えないが、来たら悩むところだ。

 途中、クルマを止めながら線路を見下ろす場所を捜した。

それはいいのだけど、このあたりクマやサルがよく出る。

サイトでは出没情報が少ないが、要は人がいないから目撃されないだけの話。

 サルはよく出る。

サルは頭が良い。

自分の優位性をよく知っていて、群れの力を利用して人を威嚇する。自分たちの方が強いと思うと襲ってくる。猿知恵とはよく言ったものだ。サルよりおバカな人間も多いので危ない。舐めてかかったものではない。

 ということで周りを気にしながら写した記憶がある。

ここで写すなら山形新幹線よりローカル電車の方が峠らしい絵になる。

 前述の通りだいぶ前だから樹木が成長して線路が見えなくなっているかも知れない。松川の清流の瀬音が印象に残っている。

車両も代わった。E723系5000番台というのが走り出した。格好良くて人気者のようである。

 

 

 

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 EF71が牽く50系客車。これも遠い過去になった。

 「庭坂の大カーブ」周辺を歩きながら場所を探してアウト側。

稲刈り後、藁焼きが晩秋の風景。白いものが落ちてくるのも間近だろう。

 風景だけでなくこの場所も変わってしまった。前に訪ねてみたら既に耕作放棄地で全く面影がない。

いつまでもあの日のままではなかったのだ。

情景も、列車も。

1枚の思い出を大切にしたい。

 

 

 

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 夏の終わりに写したもの。

もうDE10は来ない。貨物列車は健在なので行こうかと思うけど足が向かない。視野が狭いのかと思いつつご無沙汰である。

当時のキハ40系とDE10の組み合わせは絶品だった。もう時間は戻らない。置換えられた直後なら別にしてDE10の代走はあり得ない。

 鉄道雑誌を眺めても各誌貨物列車は人気のようだ。ローカル旅客列車では短編成が当たり前になったので「列車」らしい貨物にファンの目が向くようになったのかと思う。

それも以前なら古めの機関車を取り上げた雑誌も最近では新製機の写真をよく見かける。ファンが革新的になったのかそうでもしないとネタがなくなったのか。

 自分でもその答えは出ない。DD200かあ、と思いつつ。かつてのSLブームが終わった頃の鉄道ファンの気持ちが蘇る。

 

 

 

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 自分におけるニコンD300の「写し初め」になる。2009年のことだからだいぶ前のことで、カメラに詳しい方からみれば「今でも動いているのか。」ということになる。事実「今なお現役」である。

 写し初めということで近いところで石巻線。当時まだDE10が元気だった。このDE10、蒸気機関車のC11の後継である。置換えられたのは1974年のこと。以来がんばってきたわけだ。今なら試写としてはぜいたくな被写体と思う。

 ちょうど沿線で菜の花を見かけた。この路線は東西に延びているので北側からのいいアングルがあっても逆光になる。それでもせっかくだからと場所を決めた。

 あれからだいぶ時間がたち、あの場所でまだ春に花が咲くのかと思う。DE10ももういなくなった。今走るのはDD200だ。ここは同じような風景だろうか?

 

 

 

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 DE10がいなくなった石巻線はすっかり静かになった。

自分も含めた愛好者はどちらかと言えば保守的で新しいものを好まない。「なくなる」となると途端に人が集まるのはそういうことだろう。まあそれにしても後継のDD200のデザインはもう少し何とかならなかったかと思う。撮影者が集まって沿線住民に迷惑をかけないよう、誰も来ないように考えたのかと邪推してみる。

 石巻線はその在来車であるキハ40系が主体だったから貨物列車も含めて人気があった。自分はどちらかと言えばキハ40系をねらっていたのだが。例によって保守的な性格だからJR貨物の塗色に馴染めなかっただけということ。特に運用を調べていた訳でもないので出たとこ勝負だった。

 それにしても忘れられないのが霧にやられたこと。県内に住んでいて晴れの予報で出かけると見事にやられる。あまりに高い確率でやられる理由は不明。江合川がそばを流れているからとも思えるがそれだけではないだろう。田んぼばかりだからということでもないだろう。現地で溜息をつきながらそんなことを考えていた。晴天、順光で国鉄色、コンテナ満載という場面にはなかなか出会えなかった。

 ということで霧のDE10。まあこれはこれで。

 

 

 

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 あまり馴染みのない機関車だった。

たまたま沿線をうろついていた時に上り貨物がやってくる時間になった。

まだ場所探しをしていた時だったので枯れススキを添景にしてアングルを決める。

やってきたのは1120号機。写したのはこの時だけ。新鮮な感じがした。

その後出会った記憶がない。もしかして入換の運用が中心だったのかも知れない。

その後どうしたものか気になっていた。

 その後、仙台港の周辺をドライブ。その際に仙台臨海鉄道の留置線にナンバーを外された1120号機がいるのを確認した。

もしかして同線の部品取りなのかも知れなかった。

 姿を消す国鉄時代の機関車。

決して派手な存在ではなかったが歴史に名を残す機関車だったのだろう。

 

 

 

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 石巻線は何度も霧に泣かされた。まあ、無理に証拠を示して同情を買う気はないのだけれど。

場所は佳景山-鹿又間の無縁場踏切。ここは同線でも多く撮られているポイントだ。

特に佳景山方は長いストレートで10両編成で来る貨物列車を撮りやすい。踏切を横断する道路は狭いが線路沿いに農耕用と思われる割と広い砂利道があって楽に駐車できる。ということで写真をよく見かけるので自分も。

 DE10は原色だけど次位から空コンとは。濃霧がいい方に転んだか、機関車が浮き上がって見えるから決して失敗ではない。

まあこんな撮り方もあるということで。

 

 

 

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