
ファン歴の長い方に。狭軌時代の板谷峠を代表する車種、形式として何を挙げられるだろうか?
直流だった頃のEF64を出して来たら尊敬ものだ。その前のEF16だったら神である。ご健在ならぜひ当時の話を伺っておきたい。
順当ならEF71、ED78の交流機だろう。新在直通のための改軌工事、スイッチバック廃止の際には多くのファンを集めてアルバムに記録されていることと思う。
次は485系か。秋田への「つばさ」と山形への「やまばと」に運用された名車。8M4Tでモータを唸らせる走り。雪を着けて峠を行き交う姿は魅力的だった。
地味だけど455系もここを走っている。山形までの急行「ざおう」に充当されていたが、改軌以前に急行列車が縮小傾向に沿って峠を去った。自分が写した自分には山形まで定期1往復、季節臨1往復だったと記憶している。
季節臨は列車番号が6000、7000番台であり、8000、9000番台の臨時とは明確に区別されていた。違いは季節臨が予め設定されたダイヤであり純粋な臨時は多客期ごとにダイヤが引かれる点にある。そのため季節臨は「盛りスジ」と呼ばれた。
新幹線全盛の現代、在来線がスリム化されて季節臨はほとんど見かけなくなった。というより区分する意味がなくなったのだろう。例えば運転期間の長い「SLばんえつ物語」号はダイヤに記載されているが8000番台となっている。
ダイヤの説明で長い説明となったのは写真が季節臨の「ざおう」だからである。列車番号の7406Mはしっかり憶えているし写ってもいる。確か初めて峠駅付近で写そうとしていい場所を見つけられなかった。スイッチバック当時のホームが撤去されて、本線上にホームを設置するためスノーシェッド内に新設されている。写した時は旧駅のホームそばから階段で本線上に降りることができた。おそらく保守用のものだったのだろう。いきなり本線なのだから場所的に危険だ。そこから少し歩いて電柱の外側になる場所に三脚を立てて200ミリで写したようだ。カーブで6両編成が切れてしまったがグリーン車のサロ455が写ってくれた。
その上に少し写っている山桜も記憶にある。
名車たちの陰に隠れた455系だけど自分の中でサイドストーリーがある。冬の日に訪れた福島駅でEF71かED78の補機をつけた455系を見かけたことがあった。推測では4M2Tの編成がユニットカットされて2M4Tになったかで運転が困難になったのだろう。
ダイヤ上では運転可能な前提なのかと思うが積雪期の板谷峠では無理と判断したのかも知れない。いずれ必死にネガを探してみようと思う。
読者の方々には長文につき合っていただいた。感謝の気持ちに峠駅の入場券をプレゼントさせていただこう。

まさに撮った日のものだ。

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