yesterday once more

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東北発。コレクションと旅日記です。

 秋の復活運行。只見まで行ったC11は夕暮れ時に盆地に戻ってくる。ここも登り勾配になるのはほとんど下り列車であり上り列車であれば駅の発車以外は煙が期待できない。復活したC11は石炭がいいのかどこの線区でも蒸気をシューシュー上げるだけで「猛煙」にはならなかった。カマの調子もよかったのかも知れない。

ということで上りを迎え撃つ場所を考えた。それなら本郷と西若松の間の大川橋梁にしようと。

 ここはC11現役の頃、自分が中学生の頃に何度か写した場所だ。このあたりは大川(阿賀川)はまだ渓流であり橋梁の高さも低い。長さ400mくらいであり背後も抜けてくれる。通過がちょうど日没の頃だから夕陽ギラリにならないか?

 結果このとおり。列車が数分遅れたせいで秋の日はつるべ落とし。日没後の通過となった。おまけにほとんど無縁。橋にかかるところが登り勾配になっているが惰力をつけて登ってきて橋の上ではほぼ絶気となった。せっかく煙が上がることを期待して上を空けたのだけど...。いつの時代も蒸機の撮影はむずかしい。

 場所自体が好きなのだけど、もうC11を拝むことはできないのかも知れない。しょうがないのでディーゼルで我慢しようかと思っている。

 

 

 

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 だいぶ前の冬に運転されたC11。

後部補機にDE10を付けた列車が只見まで往復。

 現役時代を思い起こさせる姿を期待して多くのファンが集まった。あの凍結路面で追っかけをする人たちには驚いたけど。怖くないのかと。

 自分はヘッドマークを嫌い、サイドからということで滝谷川を訪れた。機関車の位置と編成の長さを考えて構図を決める。

実際どうなるか? 煙は吐いてくれるか? 補機よ隠れてくれ。

 結果は...。

中学生の頃、撮り始めた頃には只見線に客レは既になく。その思いをかなえる絵になった。

 

 

 

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 ディーゼルカーの合造車。

暖地形の車両が会津にいたのも不思議だ。

 とはいえ、会津で運用されるディーゼルカーは会津若松と郡山とで所属がかなり頻繁に替わっており、この車両が仙ワカと仙コリのいずれだったのかは不明である。

 当時の会津線、只見線、磐西線で運用されたものと思われるが、思うに郵便や荷物は運ぶ列車がある程度は決まっていたものと思う。

それでも合造車の数は限られているから、一般の車両で客室をカーテンで仕切って使っていたのだと思われる。

 確か現役時代のC11の撮影で、会津線でキハユニ26に乗ったことがある。

クロスシートのボックスが少ないので圧迫感があった。

 ところで降ろされた郵便物や荷物はどうなったのだろう?

荷物はたいがい駅前にあった日通(日本通運)に引き渡されたのかと思うが、郵便はその土地の郵便局が引き取りに来たものか?

積み荷まで興味をそそる夢のある車両だ。

 

 

 

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 東北新幹線開業前の東北本線はまさに特急街道。仙台以南であれば「はつかり」「やまびこ」「ひばり」が行き交った。まさに華があった。それに加えて青森からの「はつかり」であれば車窓に八甲田山、岩手山、栗駒山、蔵王山、吾妻山、安達太良山、那須岳と名山が望めるのも魅力だ。旅慣れた人であれば山を見ながら「ああ、ここまできた。」という思いを抱けただろう。

 ここは蔵王の麓。山頂までの距離も近く、連峰なので見ごたえのある車窓風景となる。ここから上野まで3時間半。東京はまだ遠かった。今なら「はやぶさ」が高速で飛ばしていく。自分にとってはなつかしい風景だけど今の人には583系と言ってもピンと来ないだろうかと思うのだ。

 

 

 

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 だいぶ前に写したもの。

引退したED75だが、その頃に当地には3両が生き残って事業用列車に使われていた。

時に日中の時間帯に走行しそれなりにファンを集めていた。後継と言われたキヤE195系の稼働前だったのでED75の稼働率も高かったのである。

 たまたま撮影で訪れた小牛田駅で遭遇してスナップした。広い構内での機回しは全盛時を思い起こさせる。ナナゴが構内を行き来するとはまさに昭和の風景だった。もうこの姿は見られない。

 

 

 

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 只見線にキハ40系がいた頃の話。快晴に恵まれて「第四」を訪れた。当時は自分ひとり。橋のたもとにポジションを決める。雲ひとつなく気持ちよく列車を待った。背景の山にもきれいに雪が載って只見線の代表的な風景になった。

ここで待ちながら思う。蒸気機関車C11の現役の頃もこうだったのかと。何も変わらない中で列車を待つ。そしてゆっくりと通過。水沼の駅が近いので落ち着いてシャッターを切れた。写し終えてまた風景を楽しめた。今でも変わらないであろう絶景だった。

 

 

 

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 明けましておめでとうございます。晴天の富士山のようにおめでたい絵柄が好まれると思うのだけどあまり絵葉書的な写真を撮っていないので別ヴァージョンにて新年のご挨拶を。

 写したのは確か1月2日。雪の少ない年で吾妻山にも積雪がべったりという状況ではない。それでも放射冷却でかなり寒かった記憶がある。場所は庭坂の大カーブだ。当時はまだ「庭坂-赤岩」と表記できたのが今では「庭坂-板谷」となる。板谷は山形県でもあるしここからはずいぶんと遠い印象だ。時代が変えたものは車両も同じで今は亡き400系で山形新幹線の草分けとなる電車。最高運転速度が240km/hとは今ではのんびりした感じがする。

ここで写そうとすれば時間を考えなければならない。あまり朝早いと山形からも東京からも新幹線はまだ来ないからだ。地形の関係で吾妻山に陽が射したけど築堤まではまだ回らない。ちなみにこの場所はあの頃からほとんど変わっていない。

 この場所で時代とともに変わったものがもうひとつあった。400系の時代にはクマが出たことなどない。赤岩から板谷を俯瞰できる「高津森山」にでも行けばいるという話を聞いたことがあるが去年もこのあたりで目撃されている。鉄道撮影とクマの出没は関係が深い。今年が午年ではなくクマ年になることがないよう、周囲を気にせずに写せる安寧の1年になるよう祈っている。

 

 

 

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 今年も暮れていく。鉄道界もいろいろあった1年。身近なところでは東北新幹線で連結器が外れる事故があり社会問題になった。それを含めて運転見合わせとなった回数も多く信頼性が不安視されたものだ。それが尾をひいた訳ではないと思うが年の暮れになって津軽鉄道でも連結器が外れた。有名なストーブ列車である客車をDCが牽引していたけど、自分でもどうかと思ってはいた。自動連結器とは言うもののDCとPCでは若干形状が違う。もともと回送列車などでも国鉄時代から連結したことはあったが特に問題はなかった。たまたまなのかどうか、国土交通省も黙ってはいないだろう。

 おまけにペルーのマチュピチュの近くでは列車が正面衝突した。単線で正面からぶつかるとは困ったもの。観光鉄道だから安心させてほしい。

 それでも自分の趣味としては撮影回数が増えた。これはよかった。来年はご無沙汰になっている磐越西線を訪ねたい。C57の流麗な姿を写すのが初夢である。

 今年最後の絵は田園地帯の冬。冷え冷えとした風景で遠くを電車が走る。少しロマンティックに仕上がっただろうか。

趣味界の皆さまにおかれてもいい年を迎えられることをお祈りしたい。

 

 

 

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 今では貨物列車の運転もなく、単一形式の電車で統一されてしまった仙山線。路線としては割と地味になってしまった。今年の話題と言えばクマやイノシシ、カモシカとの衝突が相次いだことか。よくもまあこれだけと思うくらい地元で報道された。落ち葉でスリップした話は聞かなかったけど。

 ここも奥羽山脈を越えていくので冬は雪に見舞われる。近年では雪が少ないが、一度降られると沿線の風景も一変。旧型客車なら味わいが増すであろう冬の列車。

電車に替わってどうだろうか?絵にするならモノクロ変換した方がいいかも知れない。

 県境付近は地形が急峻では立ち入れる場所がなく、しかもこの雪。駅撮りが精一杯。1時間に4本くらいは来るのだけれど写すたびに待合室に逃げ込む。雪の中で待ってこそ本物だろうと思われるが自分に負けてしまう。

そんなことでいい写真が撮れる訳はない。我こそは、という方は冬の東北にぜひどうぞ。

 

 

 

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 一昨日、同じ構図での455系をアップした。

今回はED75。ともに新幹線開通前のひとつの東北本線の姿。

 ここは学生時代の通学ルートであり、地形は十分すぎるほど頭に入っている。

仙台以南と違って、貨物列車はほとんどがED75が1両で牽引していた。これをカーブしてやってくるところをねらった。

 当時混在していたED71が仙台までしかこないので以北はED75の独壇場。

やってきたのはヒサシ付きだから長町区所属機か。

 

 

 

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