蒸気機関車の撮影、となると考えなければならないのは勾配だ。最大の特徴である煙を期待するなら駅の発車をイメージする。面白いもので現役の頃にも立派な機材で駅の発車をねらう人もいた。
それでも勾配区間だと見映えがする。磐越西線の電化区間でもカーブの向こうから黒煙が見えてくると胸がときめく。ということで会津線はどうなのか? 今は3セクも含めてローカル線は、ダイヤに接する機会がないのでよくわからないので鉄道ダイヤ情報誌の前身である当時の「SLダイヤ情報」を見てみた。大方の路線であれば線路の状況は国鉄時代と変わらないはず。駅名の変更があるにしても線路施設は駅構内を除けばそのままである。
会津線はどうか? 駅名は上三寄が芦ノ牧温泉、湯野上が湯野上温泉、楢原が会津下郷に改称されているので読み替えればいい。ただし上三寄と湯野上の間は大川ダムが造営されたため湖底に沈み、ルートが大きく変わっている。
地形としては若松から田島まで標高が上がっていくので上り勾配となる。会津盆地から山間に入る門田から坂道にかかる。
反対に田島から若松までは当時舟子といった大川ダム公園駅付近に25‰の上り勾配があったが路線の変更により解消されているようである。まあ上り勾配と言っても今回は客車3両にDE10が補機としてつくので駅間でどのくらいの煙量になるかはわからない。こんな情報でもお役に立てれば幸い。
おまけの話。当時のダイヤの一部が写っているが、田島発仙台行の急行「いなわしろ」が運転されているのがわかる。沿線にあった当時の役場とか田島の県の合同庁舎から仙台の国の機関などでの午後からの会議のために利用されたのかと夢のような想像をしてみる。
おまけのおまけで会津若松の標記の左にある半円は車両基地があることを示すマークであり、西若松、門田、田島の名前の左側のKマークは貨物の取扱いを示すマークである。
嗚呼、70年代は古き良き時代。









