防衛大学校教授の倉田秀也氏

 

防衛大学校教授の倉田秀也氏

「安保3文書」が発表されてはや1年が経(た)とうとしている。そこで明記された敵基地反撃能力について、「矛と盾」とのメタファー(隠喩)で説明されることが多かった。今年3月、岸田文雄首相も参院予算委員会で、敵基地反撃能力の保有について米軍は「矛」、自衛隊は「盾」という日米同盟上の役割分担は変化しうると述べた。筆者自身、米国、韓国の安保専門家との敵基地反撃能力についての議論でこのメタファーを用いたことはあるが、常に違和感がつきまとっていた。

懲罰的抑止としての「矛」

冷戦期、敵基地攻撃論と呼ばれた議論は昭和31年2月、鳩山一郎内閣の船田中防衛庁長官が代読した首相答弁をもって嚆矢(こうし)とする。そこで「他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能」とされたが、「他に手段がないと認められる」場合とは34年3月の伊能繁次郎防衛庁長官答弁を借りれば「国連の援助もなし、また日米安全保障条約もないというような、他に全く援助の手段がない」という、日本の安全が国際社会から見捨てられる極限の状態を想定していた。

「誘導弾等の基地をたたく」能力は、敵の武力行使に対して耐え難い損害を与える懲罰的抑止力ではない。そもそも、敵基地攻撃の標的はその字義通り、「敵基地」であって「敵地」ではない。懲罰的抑止力は米国が担うものとされ、日本がこれらの兵器を持つことは、「自衛のための必要最小限度の範囲」を超えるため、許されないと考えられてきた。

これを最も端的に示すのが、63年4月の参院予算委での当時の瓦力防衛庁長官による答弁であろう。瓦氏はここで「相手国の国土の潰滅的破壊のためにのみ用いられるいわゆる攻撃的兵器」として、米国が持つ大陸間弾道ミサイル(ICBM)、長距離戦略爆撃機、攻撃型空母を挙げ、自衛隊がこれらの兵器を保有することは許されないと述べた。瓦氏がいう「相手国の国土」を「潰滅的破壊」にできる懲罰的抑止力を支える兵器を「矛」と読み換えるなら、それらを保有しない限り、日本が「矛」を持つことにはならない。

拒否的抑止としての「盾」

他方、冷戦終結後、北朝鮮の核、弾道ミサイル開発に対して議論されたのが、ミサイル防衛であった。これは「相手国の国土」を「潰滅的破壊」する兵器ではなく、拒否的抑止を支える兵器である。拒否的抑止も抑止の一形態である以上、敵の武力行使を無力化することで、それを躊躇(ちゅうちょ)させることを目的とする。ただし拒否的抑止は―懲罰的抑止とは異なり―抑止が破れたとき、敵の武力行使による損害限定に転化する。拒否的抑止が「矛と盾」のメタファーで「盾」にあたる所以(ゆえん)でもある。

その当時、ミサイル防衛という「盾」は地上配備のPAC―3による低層防衛だけでなく、海上から大気圏外で弾道ミサイルを迎撃するSM―3に拡充されようとしていた。ちなみに、海上でこのシステムを搭載するイージス艦は、ギリシャ神話の神ゼウスが愛娘アテナに与えた「アイギス」という盾の名に由来する。

興味深いことに、この時期、敵基地攻撃論はミサイル防衛とともに提起されていた。平成16年4月、自民党防衛政策小委員会と政務調査会が共同で行った提言は、ミサイル防衛が北朝鮮のミサイルを迎撃するには不十分として、日本が敵基地攻撃能力を持つべきと述べていた。大気圏外よりも、飛翔(ひしょう)速度が遅い発射直後にミサイルを無力化することで、迎撃の可能性を高めうると考えられていた。

したがって冷戦終結後、敵基地攻撃論は―冷戦初期の「見捨てられる」という懸念よりも―ミサイル防衛を補完する手段として議論された。敵基地攻撃論は、拒否的抑止力を構成すると位置づけられていたことになる。敵基地攻撃論には「攻撃」の一語が含まれているため、「矛」の一形態と捉えられがちではあるが、それは「矛」よりも「盾」に近い。そうだとすれば、日本が敵基地攻撃能力を拡充させても、「自衛のための必要最小限度」を超えるわけではない。それはミサイル防衛が拡充しても、それを超えることにはならないことと同様の文脈に属する。

前進する「盾」

こう考えたとき、日本が敵基地反撃能力を持つ意志を明記した「安保3文書」で、「矛と盾」の役割分担が変わったと考えるべきか。「安保3文書」によって、「相手国の国土の潰滅的破壊のためにのみ用いられるいわゆる攻撃的兵器」を日本が持つ道が開けたわけではない。そして現在、日本は「矛」にあたる懲罰的抑止力を支える兵器を保有していない。

「安保3文書」によって道が開けたのは、拒否的抑止の領域であった。敵のミサイルを無力化するための「盾」は 地上配備のPAC―3が迎撃可能な大気圏内から、SM―3が迎撃する大気圏外を経て、敵基地反撃能力を持つことで敵基地まで前進しようとしているとはいえないか。(くらた ひでや)産経新聞

 

安法3文書で不満なのは、比核三原則、専守防衛、必要最小限の防衛力ということである。敵に攻撃されたら、領土・領海・領空の外で、敵を壊滅することが近代戦である。拒否的抑止力では無理である。

 

日本は懲罰的抑止を持つべきである。それが、トマホークであり、12式地対艦誘導弾の能力向上型、事実上の弾道ミサイル、極超音速滑空体(HGV)であり、島嶼防衛用との名が付くが敵基地攻撃能力にもなり得ると考えられている。令和8年(2026年)度から射程数百キロのブロック1の配備を開始しするのだ。

 

2030年代から射程2,000キロから3,000キロで極超音速飛行が可能なブロック2Bの配備を開始する予定である。また対艦用途を視野に入れた性能向上や、潜水艦発射型の開発も検討されている。