麗澤大学特別教授、元空将・織田邦男氏

「2人のカール」の箴言

30年も前になる。米国留学中、亡命した中国人科学者に質問したことがある。「中国とはどういう国ですか?」。彼は即座に答えた。「2人のカールを愛する国です」と。

「2人のカール」とは「資本論」「共産党宣言」で有名なカール・マルクスと「戦争論」で有名なカール・フォン・クラウゼウィッツである。両者に共通するのは「力の信奉者」であることだ。

「戦争が止まるときは両者の武力が均衡したときだけである」「流血を厭(いと)うものはこれを厭わないものによって必ず征服される」「戦争は血を流す外交、外交は血を流さない戦争」など、「力の信奉者」は数々の箴言(しんげん)を残す。

 

「戦争が止まるときは両者の武力が均衡したときだけである」「流血を厭(いと)うものはこれを厭わないものによって必ず征服される」「戦争は血を流す外交、外交は血を流さない戦争」など、「力の信奉者」は数々の箴言(しんげん)を残す。

中国の習近平国家主席や北朝鮮の金正恩総書記、ロシアのプーチン大統領など独裁者に共通しているのは「力の信奉者」であることだ。戦争は国益争奪の政治の延長に過ぎないのであって結局は「力」が決める。「力」は経済、科学技術、外交、軍事など諸力の結集であるが、やはり決定的な「力」は軍事力である。

彼らの思考パターンは分かりやすい。相手が弱ければ強く出るし、強い相手であれば時を待つ。中途半端に譲歩しても、とどまるどころか更なる譲歩を求めてくる。

1992年、米海空軍がフィリピンから撤退するや、中国はフィリピン領有のミスチーフ環礁を占拠した。同時に領海法を制定し、南沙、西沙群島、そして尖閣諸島を自国領として明記した。

2013年、オバマ大統領は「米国はもはや世界の警察官ではない」と宣言した。半年後、ロシアはクリミア半島を併合し、中国は南シナ海埋め立てを始めた。

「力のない外交」は無力

ソ連崩壊後、ウクライナに残された核弾頭の撤去、核拡散防止条約加入を条件に米国、英国、ロシアがウクライナの「主権と領土の統一性を保障」する「ブダペスト覚書」が結ばれた。だがクリミア半島併合により「覚書」は一夜にして反故(ほご)にされた。「人民日報」はこう述べている。「西側世界は国際条約や人権、人道といった美しい言葉を口にしているが、ロシアとの戦争のリスクを冒すつもりはない」「約束に意味はなく、クリミア半島とウクライナの運命を決めたのは、ロシアの軍艦、戦闘機、ミサイルだった。これが国際社会の冷厳な現実だ」

ウクライナのゼレンスキー大統領は今でこそ「戦う指導者」として英雄である。だがロシアの侵攻直前まで「全ての問題は交渉で解決する」と公言していた。同盟もなく十分な軍事力も持たないウクライナが外交交渉に挑んでも、プーチン氏が聞く耳を持つわけがない。「力のない外交」がいかに無力であるか。皮肉にもゼレンスキー氏はウクライナ戦争で学んだ。

「力の信奉者」と対峙(たいじ)するには「力」で圧倒されないことだ。我々は「力」から目を背けてはならない。中国は国防費を30年間で39倍、10年間で2・2倍に伸ばした。通常兵器のみならず核兵器でも米国を凌駕(りょうが)しようとしている。オースティン米国防長官は、中国は2030年までに核弾頭を約1000発に増勢し、核戦力の三本柱(地上、潜水艦、戦略爆撃機)強化を目指していると述べた。

米国は10月に公表した国家安全保障戦略で、中国を「国際秩序を変える意思と能力を兼ね備えた唯一の競合国」と位置づけた。また「インド太平洋地域の米国の同盟関係を侵食」しようとしており、日本を含む同盟国や友好国との連携強化により、「我々の集団的な力をさらに強化する」とした。「我々は軍事力近代化と国内の民主主義強化に取り組む。同盟国もその種の能力に投資することや、抑止力を高めるのに必要な計画の立案に着手することによって、同じく行動するよう求める」と日本を含む同盟国に対し、強い口調で防衛力強化を促した。

戦えねば抑止力たりえぬ

中国はもはや米国でも一国では手に余る存在である。米国の悲鳴にも似た言辞を真摯(しんし)に受け止める必要がある。日本の安全のためだ。「台湾有事は日本有事」である。日米同盟を基軸とし価値観を同じくする友好国と共に、「力に裏付けられた外交力」で「台湾有事」を抑止しなければならない。

戦争が起これば犠牲は計り知れない。ウクライナ戦争をみれば明らかだ。「抑止」のための投資は、いくら高価でも戦争よりはるかに安価で安全である。次期中期防総額を、やれ48兆、30兆と「バナナのたたき売り」をやっている場合ではない。種々雑多な予算をかき集めて「GDP2%達成」に見せかけても決して「力」にはならない。政治は「力」に謙虚に向き合うべきだ。

今まで十分な予算がない中で身を削ってきた自衛隊は、気力だけで仁王立ちしている「弁慶」に等しい。戦えなければ抑止力たりえない。たとえ50兆円でも、戦争になるよりはるかに安価なのである。今求められるのは早急に「力」を回復させて抑止体制を構築し、平和を維持することなのだ。産経新聞

 

中国は力の信奉者である。毛沢東は銃口から政権が生まれたという。カール・マルクスとカール・フォン・クラウゼウィッツについて両者に共通するのは戦争は血を流す外交というものだ。

中国が力の信奉者である習近平の台湾侵略の野望は、日米同盟の強化で阻止すべきである。台湾は民主主義社会である。この台湾を守ることは日米の重大な責任である。そのためには、日本は防衛費を倍増すべきだし、米国も拡大抑止力を強化すべきである。