中村祐輔氏

 ≪なぜ国産ワクチン作れない≫

 「日本は科学力が高いはずなのにどうして新型コロナウイルスワクチンができないのか?」という質問が上がっている。これに対する答えは簡単である。日本の科学力は高くなくなったのだ。最も分かりやすい数字を例に挙げると、日本の医薬品の貿易赤字は2015年度以降6年連続で2兆円を超えている。2000年度の医薬品貿易赤字額は2千億円超だったので、20年間で赤字額が約10倍に膨らんだことになる。この数字だけでも日本の科学力の危機的状況を理解するに十分な数字である。

 日本国内でコロナワクチン開発ができていない理由はいくつかあるが、重要な2つの点を紹介したい。まずはバイオテロ対策である。2001年に米国で炭疽(たんそ)菌テロが現実のものとなり、ウイルスや細菌などの病原体テロを想定したワクチンを含めた研究や対策が欧米諸国で進められている。

 新型コロナ感染症では、事実や根拠が定かでないにもかかわらず「ある研究所から流出した」との噂が拡散した。バイオテロはドラマの世界だけの話ではなく、眼前の課題となっている。今や、ウイルスや細菌の遺伝子改変は技術的には容易なので、バイオテロ対策は国として不可欠である。太平を貪(むさぼ)っている日本は、あまりにも危機意識が欠落している。

 2つ目は、mRNA(メッセンジャーRNA)を利用したワクチン開発だ。現在、日本ではファイザー社とビオンテック社が開発したmRNAワクチンの接種が行われている。この技術はコロナ感染症対策として突然生まれたものではない。mRNAをワクチンとして使う基盤技術は、ビオンテック社のネオアンチゲン療法という新しいタイプのがん免疫療法のために開発されたものである。

 ≪接種もアナログな体制≫

 がん細胞で生じた遺伝子異常の情報を利用し、目印をmRNAによって作らせ、がん患者の免疫力を高める方法である。抗体を利用した免疫療法の働く仕組みを科学的に検証する過程で見つかったエビデンスに基づく。日本では「免疫療法は怪しい」という固定観念にとらわれて、科学的思考に欠けている人たちが、科学の進歩を妨げている。将来を見通せる目利きがいない日本で新しい革新的治療法が生まれるはずもない。

 多くの感染症専門家が、素早く新型コロナウイルスワクチンができたことに感嘆している。これは技術的な進歩を理解していないからにすぎない。その気になればウイルスの遺伝子情報が1~2日で入手できること、上述のmRNAを利用した医療への応用がすでに始まっていたことを考えると、短期間でのワクチン開発を驚く要因などどこにもないはずだ。この種のmRNAワクチンは、ウイルスが変異しても、簡単に新しいものに作りかえることができる。感染しやすく、重症化しやすいウイルスが出現しても月単位で臨機応変に対応できるという利点がある。

 PCR検査数は依然として途上国並みの数であるし、ウイルスゲノム解析も遅れている。ワクチン接種も昭和時代のようなアナログな体制で進められている。問診に1人10分を要すると仮定すると、1億人に対して10億分を費やすことになる。1人1日8時間勤務する場合に、5700人が365日休みなく働き続ける時間に相当する。これを紙ベースでやっていること自体、時代錯誤な感があり、日本の科学力の衰退、デジタル化の遅れが顕著に浮かび上がる。

 日本の科学力の低下は、論文数の推移を眺めても顕著だ。世界トップ10論文のランキング(科学技術指標2020)で比較すると1990年代後半には世界第4位であったが、2000年代後半には7位に下がり、2010年代後半には11位にまで低下している。

 ≪独創的発想促す公正な評価≫

 21世紀を迎えたころ、科学技術力強化が重要課題とされたが、博士号取得者数は漸減傾向となり、国立大学の法人化と事務作業量の増大によって実質的に研究に使える時間が減ってきたことも重なり日本の科学力が急速に低下してきた。若手研究者の独立が推進されてきたが、事務作業量の負担に若手が押しつぶされている状況となっている。さらに科学指標では、日本からの研究論文に占める国際協力の低さも指摘されている。

 日本人研究者の欧米への留学者数も減っているが、国際共同研究には人と人のつながりが起点となるので当然の帰結ともいえる。ゲノム研究など、多様な遺伝的素因やがんを国際協力で解明する潮流となっている。しかしこの十数年間ゲノム研究を軽視したため、国際協調から取り残されつつある。

 そして、競争力を失う最大要因が評価システムにおける公平性・公正性の欠如である。私は米国で11年以上生活したが、日本の研究費などの採否の審査制度が大きく劣っていると感じている。米国では評価した側も評価を受ける仕組みが存在している。若手研究者の独創的・革新的な発想を促すには、研究内容を正確に評価できる能力と時間が必要である。(なかむら ゆうすけ)産経新聞

 日本が科学力が高くないとは言えない。基礎科学の研究費を日本政府は充分に予算化すべき。日本の未来に投資することが大切である。ここにも財務省の緊縮財政だ。