台湾総統選で蔡英文氏が再選されたことを報じる12日付の台湾各紙(共同)

 朝イチでコンビニに行って、台北市の新聞を買いあさった。「蔡英文連任」「緑完全執政」といった見出しが躍っている。「蔡英文狂勝」と書いているのは、おそらく国民党系の新聞なのであろう。

 ≪香港情勢で反中意識高まる≫

 1月11日に行われた台湾総統選挙は与党・民進党の圧倒的勝利に終わった。蔡英文総統は史上最高の817万票を獲得して再選を果たした。同日に行われた立法委員(国会議会に相当)選挙でも、民進党が61議席を獲得して過半数を維持している。

 「台湾総統選を現地で見る」のは、筆者にとって長年の楽しみの一つである。4年に1度、訪れるたびに新たな発見があり、民主主義の進化に瞠目(どうもく)させられる。

 岡崎研究所の一員として、2004年に台湾を訪れたときのことを思い出す。3回目の総統選挙を控えた現地での講演会で、岡崎久彦元駐タイ大使は「初期の民主主義は失敗することが多い」と警告したものだ。「日本では原敬による政党内閣成立後に、藩閥政治の復活や軍部の独走を招いている。台湾もどうか気をつけてほしい」と。

 確かに民主主義が一度で定着する国はそう多くはない。英国でさえ、何度か揺り戻しを経験している。まして歴史の浅い国となれば、紆余曲折(うよきょくせつ)があって何の不思議もない。独裁政治、軍部によるクーデター、極端な愛国主義の高揚といった事例は、特にアジアでは枚挙にいとまがない。

 ところが岡崎元大使の懸念は、いい意味で裏切られた。李登輝総統の下で、初の民主的な選挙が行われてから今年で24年になる。総統選挙は今回が7回目で、政権交代も過去に3回ある。そのいずれもがスムーズなものであった。

 今回の選挙は、「香港情勢の悪化に伴う反中意識の高まりが勝因」と解説されている。台湾に「一国二制度」を強いる中国から、距離をおこうとする蔡英文総統の路線が支持され、それを批判した国民党が忌避されたのだと。蔡英文氏の勝利宣言直後の記者会見において、最初に指名された外国人記者が、「習近平氏にお礼を言うべきでは?」と冗談交じりに尋ねたのはご愛嬌(あいきょう)であった。

 とはいえ、民主主義とはすぐれて成果主義でもある。相手を非難するだけで勝てるものではなく、まして現職の政治家には有権者の厳しい目が注がれる。

 ≪過去4年間の執政が評価≫

 国際情勢もさることながら、今回の選挙戦は過去4年間の蔡英文政権の執政が評価された結果と受け止めるべきであろう。

 そうでないと、立法委員選挙における勝利の説明がつかない。4年前の民進党は文字通りの「勝ち過ぎ」で、今回はそこから7議席減らしている。ただし無所属に「隠れ民進党」が4議席あるからほぼ無傷との見方もできる。

 過去4年間の蔡英文政権は、(1)同性婚の合法化(アジアで初めて)、(2)税制改革(法人増税と低所得者向け所得税減税)、(3)年金改革(公務員や軍人向けの過度な優遇の廃止)などを実施した。いずれも支持者の期待に応える政策だった。対立候補の韓国瑜・高雄市長がとかく「言うばっかり」なのに対し、現職の安定感が支持されたことは認めるべきであろう。

 さらに言えば、昨年後半から半導体サイクルが底打ちし、台湾経済が回復基調にあったことも追い風となった。景気が悪かった18年秋の統一地方選挙では、民進党が大敗を喫している。時の勢いに左右されるのは、民主主義にとっての宿命といえるだろう。

 台湾総統選挙は、米国とそっくりに設計されている。4年に1度、うるう年に行われ、総統と副総統をコンビで選び、任期は2期8年までである。二大政党制であり、議会選挙とともに行われる。

 この制度は台湾社会に定着しつつある。むしろ米国の大統領選挙の方が、昨今は党派色が強くなり過ぎて機能不全に陥っている。今回の台湾選挙においても、国民党の韓氏のポピュリスト的な手法が話題となり、フェイクニュースも飛び交ったという。今日的な民主主義の課題とは、けっして無縁ではないのである。

 しかるに今回、韓氏の敗北宣言は堂々たるものであった。素直に負けを認め、勝者をたたえ、選挙後の統合を呼びかけた。米国の大統領選挙を今年11月に控えて、「良き前例」を残したと言ったら大げさであろうか。

 日本人が台湾総統選挙を語る際は、くれぐれも「上から目線」であってはならない。不在者投票も海外投票もない。ただ1日の投票日のため、有権者は生まれ故郷に大移動する。それでも投票率は、74・9%と今回も高かった。むしろ見習うべきではないだろうか。

 ≪「中国にお礼を言うべき」?≫

 さて、岡崎元大使の懸念はなぜ外れたのか。常に大陸中国からの圧力にさらされる台湾にとって、民主主義こそが最大の安全保障であった。だからこそ「民意」が研ぎ澄まされてきた。逆説的になるけれども、台湾における民主主義の成功は、「中国にお礼を言うべき」なのかもしれない。(よしざき たつひこ)産経新聞

 蔡英文総統の勝利を香港デモを述べる人が多いが、台湾経済が昨年後半から半導体サイクルが底打ちし、台湾経済が回復基調にあったことも追い風となったというのが正しい。